虎の影と歳月
久しぶりの投稿となってしまいました……リアル忙しくて……
皇帝暦1895年7月25日。
ワットラン地方、ワットラン侯爵執務室。
「一体、どうなっているというのだ!?」
割れんばかりの怒号が室内に木霊した。額に青筋を浮かべ、目を血走らせている男は、三大諸侯の一角にして屈指の軍事力を誇るワットラン侯爵、ワットラン・リンク・ランクである。
「ワットラン様、これが上がってきた事実でございます……」
老執事が震える手で差し出したのは、我がセイラント領の月間収支報告書だった。
「なぜだ! なぜ、あの没落寸前だったセイラントが、我が領土よりも多くの税収を上げている!? 農業用地を減税したのだろうが!」
「はっ……。新たに導入された『累進課税』とやらが、想定以上の経済効果を生んでいる模様で。なんでも、皇帝陛下がお気に召しているという、あの4歳の神童が考案したとか」
「狂ったか! 4歳のガキに国家規模の税制が作れるわけなかろう!」
ワットラン侯爵は吐き捨てるように書類を叩きつけた。しかし、セイラントが急速に発展しているのは紛れもない事実。彼は忌々しげに窓の外を睨みつける。
「フン、まあよい。我が領土の圧倒的な軍事力の前には、金などただの紙切れよ。次の皇帝の座には、我が息子を就かせる……。セイラントのガキごと、力でねじ伏せてくれるわ!」
彼の過剰なまでの自信に満ちた声が、不穏な余韻を残して響いていた。
四年の歳月が流れ
皇帝暦1899年2月30日。
「アクルよ! お前もついに9歳となり、本日をもって社交界デビューだな!」
我が父ドットは、まるで自分の手柄のように自慢げに胸を張った。
「はい、父上。本日の宴には、国都から皇女殿下もお見えになると伺っております。セイラントの名に泥を塗らぬよう、万全の作法で臨みます」
「ハッハッハ! アクルのことだ、心配など微塵もしておらんぞ!」
相変わらず都合のいい頭をしている。だが、この4年間、私がただ遊んでいたわけではないことは、父上が一番よく知っているはずだ。
この4年間の情勢を振り返ってみる。
私が5歳になる頃、我が領の躍進を恐れたワットラン侯爵領から、「作物の輸出制限」という経済制裁(嫌がらせ)を受けた。だが、私は即座に商業組合のカインドと会談。領内に新しく「農商業大臣」のポストを設置し、実務のプロであるカインドをそこに引き込んだ。
官民一体となった農業改革の結果、我が領は完全な自給自足を達成。ワットランの経済制裁は完全に不発に終わった。その後も不要な旧法の改正を続け、今やセイラント領は帝国で最も先進的な地へと変貌を遂げている。
そして、もう一つ。第一皇女のサンが、なぜか私をひどく気に入り、1、2ヶ月に一度はわざわざ国都から私に会いに来るようになっていた。
同日。セイラント邸へと向かう、豪華な王家馬車内。
「お父様! 今日はついにアクル様の9歳の生誕宴ですわ!」
嬉々として父親に語りかけるのは、ワント・カント・サン皇女。
「ああ、そうだな。だがサンよ、お前は毎月のようにアクルに会いに行っているのだろう? なぜそこまで浮き足立つ必要がある」
冷静に諭すのは、現皇帝ワイント・カント・ラップ5世。
「だって、お父様! アクル様は、わたくしに対していつも冷たすぎるのですもの!」
サンは不満そうに頬を膨らませ、潤んだ瞳で父親を睨む。
「そんなことはなかろう。彼のもてなし、作法、弁舌……どれをとっても全貴族の成人男達を凌駕している。私への態度も完璧だぞ」
「それは『完璧な臣下』としてですわ! わたくしが9歳になったら、あの方は私の『婚約者』になる男なんですのよ?」
サンは国家機密級の決定を口にした。いかに名君の娘とはいえ、恋する少女にとっては政治の機密など二の次らしい。
「これ、サン。それはまだ公式には秘密だ。お前の誕生日は4月12日。この国には東国のような早生まれなどという概念はないのだから、あと60日は大人しくしていなさい」
「ですが……!」
「わかっている。婚約の話はすでにドットにも通してある。向こうも涙を流して了承済みだ」
皇帝がそう告げた瞬間、サンの瞳が宝石のように美しく輝いた。
「お父様……!」
それ以上の言葉は不要だった。馬車が速度を落とす。
窓の外には、愛しい「未来の婚約者」が待つ、美しく洗練されたセイラント侯爵邸が佇んでいた。
ありがとうございます!不定期ですがよろしくお願いします




