学園生活
学園生活は極めて単調だった。
朝七時に起床し、八時に朝食。朝食のあとは午前の授業を受け、それから昼食。昼食が終わったら、午後の授業があり、それが終わると、就寝まで自由時間となる。就寝時間は十時。十時になるとベッドに入り、また朝が来ておなじ一日が始まる。
何も起こらない。
何も変わらない。
昨日と同じ今日が始まり、今日と同じ明日がやって来る。
なぜこの学園に来たのか?
マリーは、いつしかそのことさえ疑問に思わなくなってきた。
「ねえ、キララ、わたしたちはなぜこの学園に来たのかしら?」
一度、キララに訊ねたことがあった。
すると、キララはきょとんとした顔で、「さあ、考えたこともないわ」とマリーと同じように、ぼんやりとした答えを返しただけだった。
そうなのだ。なぜこの学園に入ったのか、なぜパパとママが自分をこの学園に入れたのか、この学園は何のために存在しているのか、そういう本来考えなければならないことが、どうでもよくなってきている。ずっと以前からここにいて、これから先もずっとここで平穏に暮らす。そんな感覚が当たり前のものとなり、いま置かれている状況を異常と思わなくなってきているのだ……。
午後の授業が終わり、マリーはキララとともにレクレーションルームにいた。
マリーやキララに限らず、多くの生徒が自由時間をここで過ごす。レクレーションルームには、年少の生徒向けに積み木や絵本、お人形が、年長の生徒向けにチェスやコミック、トランプなどが用意されている。寝転んで本を読もうが、お人形遊びをしようが、トランプでタワーを作ろうが、何をしても咎められることはない。ただし、騒いだり、大声を上げたりするは厳禁だ。そんなことをしようものなら、職員がおっとり刀で駆けつけ、力ずくで取り押さえられる。規則を守りさえすれば基本的には自由なのだが、ほんの少しでも規則から逸脱したら、学園はすぐにその本性を表し、力で生徒をねじ伏せようとする。そんな、抑圧と隣り合わせの自由に、マリーは時折えも言われぬ息苦しさを覚えることがあった。
キララは積み木でお城を作っている。青い目の人形、ミチルのお城らしい。マリーは手伝うだけで、積み木遊びには加わらず、ママにでもなったような気分でキララを見守っている。
「わたしたちは、いつまでこの学園にいるのかしら?」
マリーはお城づくりに夢中なキララに何気なく訊いてみた。
キララは手を止め、「何か言った、マリー?」と訊き返す。
「わたしたちって、いつまでこの学園にいるのかしら?」
マリーはおなじ質問を繰り返した。
「さあ、知らないわ」
キララは興味なさげに答えた。
「学園を卒業した人はいるの?」
マリーは続けて訊ねた。
「どうだったかしら。いたような気もするけど、憶えていないわ」
キララの答えを聞いてもさほど驚かない。そういうものなのだろうと自然に受け入れている。むしろ、そのことに少し戸惑う。
こういうとき思い出されるのが、クリスの言葉だった。
自分を保たなければならない。
もしかすると、現状を当たり前のものとし、疑問を抱かないいまこそ、自分を保てていない状態なのかもしれない。
「パパやママは、キララに会いに来てくれるの?」
ほん少しだけ危機感を抱いたマリーはさらに問いかけた。
「一度会いに来てくれたような気もするけど、はっきりとは憶えていないわ」
キララは少々煩わしげに答えた。
「はっきりと憶えていないの?」
「ええ」
「キララはママやパパには会いたくないの?」
「どうかしら」キララは少し考える。「会いたいけれど、キララにはどうしようもないわ」
キララは素っ気なく答え、積み木遊びに戻った。
その小さな背中はそれ以上の問いかけを拒んでいるように見えた。
それで、マリーは「そう」と小声で答えた。
これでいいのだろうか? と、マリーは思う。
本当はもっと真剣に考えなければいけないような気がする
キララにもっと質問を続けたほうがいいような気がする。
でも、どうしてもそういう気になれない。
いまクリスが忠告した危険な状態にいるのだとしても、それならそれでいいと受け入れてしまうのだ。
「マリーはパパやママに会いたいの?」
いつもと様子の違うマリーに、今度はキララのほうが訊いてきた。
「えっ」と答え、マリーは少し考える。
パパやママに会いたいのだろうか?
学園に入ったばかりのころは会いたくて仕方がなかった。けれど、その気持ちもだんだん薄れてきている。キララとおなじように、自分ではどうしようもない、そんなふうに思っている。
いまキララに訊かれ、マリーはあらためて自分に問うてみた。
パパとママに会いたいのだろうか?
ロイタースに入園した日、マリーはひどく心を痛めた。パパとママに捨てられたと思った。だがそれは、以前のふたりと、あの日のふたりとのギャップを上手く埋めることができず、その歪みが痛みとなって現れたからだ。
それまでふたりはとても優しかった。マリーのことを大切にしてくれた。マリーのことを愛してくれていた。それは紛れもない事実で、そのことが嘘だったように思えて悲しくなったのだ。
「会いたいわ」
しばし考えた、マリーは答えた。やはりパパやママに会いたい。優しかったパパとママと、もう一度一緒に暮らしたい。それがマリーの本当の気持ちだった。
「大丈夫よ、マリー。いつか必ず会えるわ」
キララが励ますようにそう言った。マリーよりも幼いはずのキララがやけてに大人びて見えた。
「ありがとう、キララ」
「いいえ」と笑うキララはいつもの可愛らしい女の子に戻っている。
「さあ、早くミチルのお城を作ってあげましょう」
マリーは気を取り直して誘った。
「そうね」
キララが答えたそのとき、誰かが作りかけのお城を蹴り飛ばした。
お城が激しい音を立てて崩れた。




