ペイジと男の長い会話
「ええ、その通りよ」
「この大火事により、入居者、職員の大半が亡くなり、苑自体も閉苑となりました。我々は現在この事故、とも言い切れないのですが、未曾有の大火災について再度調査しており、あの火災の生存者たちに話を聞いて回っている、というわけです。ペイジさん」
「それはさっき聞いたわ。で、調べるって何を知りたいの?」
「ええ、いま述べたとおり、この火災を事故の線で片づけるには、少々不審な点が残されていましてね、我々は独自にそのことを調べているんです」
「知っていることはもう全部警察に話したわ」
「警察とは一切関係ございません。ただの取材です」
「取材?」
「ああ、失礼しました。自己紹介がまだでしたね。わたしはこういう者です」
「雑誌社の人?」
「ええ、まあ、雑誌と言っても、都市伝説だとか、芸能人のゴシップだとか、裏社会の噂だとか、そういうものを扱っている三流雑誌です。ですが、謝礼はきちんとお支払いしますので、その点はご安心ください」
「ちゃんとお金をくれるなら、あたしはどんな雑誌だってかまわないわ。だけど、早くしてね。あたしは忙しいから」
「ええ、お時間は取らせません」
「それにあたし、日本語、得意でないから、ちゃんと答えられないかもしれない」
「おわかりになることだけで結構です」
「わかったわ。ああ、それにしても暑いわね。あたし、喉が渇いたわ」
「これは失礼しました。では、何か飲み物を注文しましょう。何がいいですか?」
「冷たくて甘いものがいいわね」
「それじゃ、このメニューから選んでください」
「ありがとう」
「何になさいますか?」
「……ああ、この喫茶店はダメね。フルーツジュースが置いてない。やっぱり飲み物はいらないわ。その代わり早く終わらせてね。このあと、お友だちとご飯だから」
「承知しました。では、早速、質問に入らせてもらいます」
「ええ」
「ペイジさん、あなたはいつから『竜照苑』で働くようになったのですか?」
「えっと確か、り、りゅう、てら、ああ、発音が難しいね」
「あなたの言いやすいように発音してください」
「それじゃ、あたしが、|『REUTERUS』で働くようになったのは、今から五年くらい前よ」
「そのころ、確かあなたのお国では……?」
「ええ、クーデターが起こって大変な時期だったわ。最近になって、ようやく落ち着いてきたけど、あの頃は、爆弾は落ちてくるし、銃弾が飛んでくるし、街は燃えるし、酷い有様だった。仕事なんて全くなくて、生きていくのも大変だった」
「我々の国でもかつてそういう時代がありました。『竜照苑』の入居者たちはみんな戦争を経験された方々です。きっとあの人たちも苦しい時代を乗り越えてきたのでしょうね」
「ええ、そうね。『REUTERUS』のおじいちゃんやおばあちゃんはよく言っていたわ。戦争時代のことは忘れたくても忘れられない、今も夢に見るって。中には、絵に描いているおばあちゃんもいたよ。あの人たち、とっくにボケちゃって、前の日のことも、その日食べた朝ごはんのことも忘れちゃうのに、戦争のことはよく憶えていたわ」
「そうですか」
「あの頃の恐ろしい記憶を消すことはできない。わたしも夢に見ることがあるわ。で、ちょうどその頃よ。日本という国でお金になる仕事があるから行っていみないかって持ちかけられたのは」
「確か、ペイジさんはお母さんがご病気だとか……」
「ええ、そうよ。お母さんの入院費用をかせぐためにやって来た。だけど、来てみると嘘ばっかり。給料は安いし、物は高いし、こき使われるし、休みもないし、家族への仕送りを済ませたら、食べるものも食べられない生活だったわ。これじゃ国にいた頃と何も変わらない」
「それに関しては、日本人の一人として大変申し訳ないことをしたと思います」
「あなたには関係のないことよ」
「まあ、そうかもしれません。が、しかし、安価な労働力に手を出した国は後で必ずその代償を支払うことになる。我が国もいずれ報いを受けることになるでしょう。いや、もうすでに受けているのかもしれません」
「何の話?」
「いえ、こちらの話です」
「嫌な感じね」
「失礼しました。では、今回の事故、及び、『竜照苑』の内情についていくつか質問させていただきます」
「わかったわ。だけど、早くしてね。さっきも言ったけど、あたし、あんまり時間ない」
「承知しました。では、最初の質問です」
「ええ」
「大変ショッキングな話なんですが……」
「何?」
「実は『竜照苑』では日常的に、入居者に対する虐待が行われていたのではないかという噂があるんです」
「虐待?」
「はい、職員による入居者への暴力です。入居者の身体に痣ができていただとか、入居者の悲鳴を聞いたことがあるだとか、入居者を殴っているところを見ただとか、元職員や入居者の家族に取材したところ、そんな話がたくさん出てくるんです。ペイジさん、そのことについて何かご存じではありませんか? 例えば、暴力の現場を見ただとか、同僚からそんな話を聞かされただとか」
「さあね、見たこともないし、聞いたこともないね」
「そうですか」
「だけど、あたしは園長先生や他の職員が何をやっていたか、全部を知っているわけではないわ」
「あなたの知らないところで、虐待が行われている可能性はあった、ということですか?」
「そうは言っていない。だけど、ボケてしまったおじいちゃんやおばあちゃんはみんな我がまま。子供とおなじ。言ってしまえば、大きな子供よ」
「大きな子供ですか?」
「ええ、大きな子供。みんな強情で身勝手」
「ずいぶん難しい言葉をご存じなんですね」
「他の職員が言ってた」
「そうですか」
「ええ。だから、ルールを守らせるため、少しくらいの躾けはあったかもしれない」
「なるほど」
「だけど、あたしは何も知らない。このことは、他の人に聞いてもらったほうがいいと思うわ」
「わかりました。ではこの件はこのくらいにして、次の質問です。『竜照苑』では、園長の方針で、どうも、身寄りのないお年寄りや、ご家族が介護に無関心な老人なんかを積極的に入居させていたらしいんです」
「そうなの」
「はい。そして、入居者が死亡すると、そのことを隠蔽していたようなのです。死亡を隠蔽し、入居者の死後も、入園費を不正に受け取っていた、それだけではなく、国の助成金まで不正に受給してた疑いも持たれています。その証拠に、『竜照苑』の病床数は七十であるのに対し、火事が起こる前の入居者数は百五十七名となっている。この差はいったい何なんでしょうね?」
「あたしにわかるはずないよ」
「まあ、そうかもしれませんが、話だけは聞いてください。実は、この話、これだけは終わらないんです。入園費や助成金の不正受給だけでなく、これらの金員を得るため、入居者を殺害していたのではないか、そんな疑いまであるんです。その可能性を示唆するのがこれです。これは、とある幹部職員のアパートから見つかった手記です。独自のルートで入手しました。どうやら彼は、園長の片腕のような存在だったらしいですね」
「ああ、その人ならあたしもよく憶えているわ。目つきが悪くて、不気味な人だった。あたしも怖かったよ。ボケたおじいちゃんやおばあちゃんを、ネズミを狙う猫みたいな目で見ていたよ」
「そうでしたか。で、その彼の手記にはこう書かれている。ご興味はおありでないかもしれませんが、お聞きください。では、読みあげます。
『死は個人にとっては悲劇だ。だが、種にとっては必要なことである。種の進化には、それを構成する個の死が不可欠だからである。かつて、この世に生命が誕生したとき、その小さな生命体は、永遠の命を放棄し、死を選択した。個の命を捨て、種の進化を選んだのだ。それがアポトーシスだ。太古の昔、原初生命体は、種の発展、生命の進化のために自らの命を差し出した。その対価として、進化が起こり、多様性が生まれ、我々は誕生した。数え切れない尊い死の上に、我々は生きているのである。
であるのに、この尊い犠牲に唾を吐きかける輩がいる。そうだ、あの年寄りどもだ。あの年寄りどもは、とっくの昔にその役目を終えているにもかかわらず、ただ、死なない、という理由だけで、いつまでの生きながらえている。皮膚にへばりつく垢のごとき存在なのに、生に執着し、死を拒んでいる。これは、生命への冒涜である。種のために死を選択した生命への侮辱である。原初生命体でもできたことを、あの年寄りどもはやろうとしない。あの年寄りどもはいつまでの生にしがみついている。それこそ、生を冒涜してるのだとも気づかずに……。
俺は、やつらに生の尊さを教えなければならない。死を与えることによって、逆説的に生命の尊さを教え込むのだ。やつらを殺すこと、それが、この歪みきった社会をあるべき姿に是正し、発展させ、ひいては生命の進化に寄与することになるのだ。やつらは死ななければならない。適切な個の死が種の進化をもたらしたことは、生命の歴史が証明しているではないか。俺はそれが自らの使命だと悟った。俺は俺の使命を全うする。社会のため、人類のため、生命のため、俺は俺に課された大いなる使命を遂行する』。こう書かれています」
「何のことだか、さっぱりわからないね」
「まあ、この男が何を考えていたのかはこの際どうでもいいんですが、特別養護老人ホームの、しかも幹部にこんな危ない考えの男がいた、という事実が重要なんです。無論、わたしはこの男と面識などないのですが、わたしはこう睨んでいます。この男が『竜照苑』で行われていた大量殺人の実行犯で、園長とは共犯関係にあった。この男の歪んだ思想と、園長の利害が一致し、ふたりは手を組んだ。結託して、幾人ものお年寄りを殺害したというわけです。片方は金のため、もう片方は自らのふざけた思想のためにね。
例えば、この方たちなどは、その死因に不審な点が認められます。まずは、林田純子さん、九十一歳。この人はいくつもの美容院を経営されていた方です。それから、富井裕一郎さん、八十八歳。彼は、元は町の鍵屋だったんですが、バブルの頃、持ち家の土地が高騰し、それを売却して得た金を元手に投資家に転身した資産家でした。それに、山下健さん、八十九歳。山下さんは大手電機メイカーの役員をされていた方です。
この人たちの遺体から、『Dulzin』という薬物が検出されたんです。『Dulzin』は、かつては人工甘味料として使用されていたこともあったのですが、今では毒物認定されている薬品です。人工甘味料に使われていたくらいですから、非常に甘味が強く、飲まされたほうは、それが毒だと気づかない危険な薬物です。園長やその右腕の職員は、この『Dulzin』を用いて、こっそり入居者たちを殺したいたのではないか、わたしはそう睨んでいます。この点に関して、ペイジさん、何か思い当たるようなことはありませんか? 職員がこっそり入居者に薬を飲ませていたとか、食事に変なものが混じっていたとか?」
「さあね。あたしはただの雑用係。食事には関与していないし、薬を扱うことも許されなかったわ。それに、あなたの話が本当だとしてもあたしには関係ないことよ」
「まあ、確かにそれはそうかもしれませんね」
「なに? あなた嫌な目つきをしている」
「いえ、何でもありません。では、次の質問です。この園長先生と片腕だった男も、火災で死んでいるんですが、どうも、彼らの死因にも不審な点が認められるんです。遺体の頭部に何か重たいもので殴られたような痕跡があったんです。もしかしたら、仲間割れしてしまったのかもしれませんが、お互いに後頭部を殴り合って死ぬ、なんてのは考えにくい。やはり、別の第三者に暴行された、と考えるのが妥当です。そうは思いませんか?」
「火事で慌てて、ふたりして転んで、頭をぶつけたんじゃないの?」
「あなたはそういうふうに考えるんですね」
「あなたさっきから何が言いたいの? わたし、怒るよ」
「ああ、失礼しました。質問を続けさせていただいてよろしいですか?」
「全く、早くしてよ」
「では、続けさせていただきます。ペイジさん、あなたはこの写真の人形をご存じですか?」
「何、その汚い人形は?」
「これは、『青い目の人形』といって、大変希少なものなんです。戦前に、アメリカと我が国とのあいだで移民問題を巡って関係がこじれたことがあったんです。そのとき、両国の関係を改善しようと、ギューリックというアメリカ人の教育者が日本全国の子供たちに人形を贈った。それが『青い目の人形』です。現存する人形は、わずか数体だけで、そのうちの一体がこの場所で見つかった。先の大戦を乗り切り、今回の火災でも無事だったんですから、よほど幸運な人形のようだ。で、話はここからなんですが、この人形の持ち主は、片平澄子さんという女性で、この方は以前、片平綺羅々という芸名で女優をなさっていました」
「ああ、思い出したわ。そういえば、いつもそのお人形を抱いている可愛らしいおばあちゃんがいたわね。あたしも何度か話したことがあるわ。時々、思い出したように英語を話すおばあちゃんだった」
「海外に住んでいたご経験もおありのようでしたから」
「おもしろいおばあちゃんだったわ。『カラス』のことを、『青い鳥』といって可愛がっていた」
「歳と取ると、色の区別がつきにくくなる、特に、黒と青の区別が難しくなるんだそうです。ほら、時々、頭を紫色に染めているお年寄りを見かけるでしょう。あれは、黒と青の区別がつきにくくなっているからだ、と言う医学者もいます」
「何の話かあたしにはわからないわね」
「ああ、余計な話でしたね。で、その片平さんなんですがね、どうやら、彼女、火事が起こる直前に警察に電話をかけたみたいなんです。職員室にある電話機から。そのとき、彼女は自身の姓名を名乗ってから、こう言ったんです。『園長先生が殺されるところを見た』とね」
「ボケたおばあちゃんの言うことでしょ」
「まあ、それはそうかも知れませんが、痴呆症の老人が何かのきっかけで一時的に正気を取り戻すってのはよくあることなんです。ほら、あなた自身、さっきおっしゃったでしょう、片平さんが、時々思い出したように英語で話しかけてきたって」
「それといまの話は違うでしょう」
「そうですね。ただ、そういうことも起こりえるってことです。で、この片平さんの遺体にも不審な点があるんです。遺体の首に紐で絞められたような跡があったんです」
「怖い話ね」
「他人ごとですね」
「他人ごと? 他人ごとって何? あたし、その言葉の意味わからないよ」
「そうですか、なら結構です。ところで、さっきから手に持っておられる、それはいったい何ですか?」
「これはお守りよ。あなたが怖い話ばっかりするから、落ち着かないのよ」
「ああ、それは、笏谷石ですね。福井県で採れる石です。青石とも呼ばれ、水に濡らすと青みが増す珍しい石です。そんなものどこで手に入れたんですか?」
「『REUTERUS』のおばあちゃんにもらったの。英語で話しかけてくる、変わったおばあちゃんだったわ。『REUTERUS』できちんと英語を話せるのは、このおばあちゃんと、もうひとりおじいちゃんがいて、そのふたりだけだったわ」
「ああ、そのおばあちゃんのほうはたぶん渡会真理さんですね。この方は資産家のご令嬢で、ご本人は英語の教諭をされていました」
「あのおばあちゃんはどうなったの?」
「気になるんですか?」
「ちょっとだけね」
「渡会さんは現在も行方不明です。苑内では発見されていないので、恐らく火事のときに、外に逃げ出されたのでしょう。苑の塀はせいぜい一メートルくらいだ。身体の弱った老人には乗り越えるのが難しい高さかもしれませんが、まあ、少し元気な人なら超えることもできます。しかし、火事の夜からずいぶんと日も経っていますから、今頃はたぶん……。それほど遠くまで行けるとは思えないのですが、何しろ、お年寄りにはたった数十メートル、それこそ廊下程度の距離でも何百メートルに感じるらしいですから。渡会さんの娘さん夫妻もえらく憤慨されていましたよ。とんでもないところに母を入れてしまった、ってね。まあ、実際のところはどうかわかりませんが」
「そう……」
「どうされましたか?」
「何でもないわ」
「この方と、もう一名、城恭一さん、この人は元は一級建築士なんですが、城恭一さんと渡会真理さんのおふたりが、いまも行方不明です。遺体も発見されていません」
「ああ、そのおじいちゃんはよく憶えているわ。入所したときは、とてもボケているとは思えないくらい、元気だった。なのにあっというまにボケちゃったわ」
「そうなんですよ。実はね、痴呆症の薬で、『Donepezil』というものがあるのですが、これは初期レビー小体型には一定の効果が認められるものの、その他の型の認知症には効果が薄いと言われています。それどころか、『Donepezil』を使用により、痴呆症の進行を早める可能性さえ指摘されているんです。『竜照苑』でも『Donepezil』が使用されていました。もしかしたら、『Donepezil』の過剰摂取により、認知症の進行が早まったのかもしれません」
「そう」
「それから、もう一人、英語を話すお年寄りがいたっておっしゃったでしょう」
「だけど、あの人は日本人じゃなかったわ」
「ええ、その方はクリス・ライアンさん。イギリスの方です」
「イギリス人だったの」
「はい。クリスさんは元々英国の大学で教授をなさっていたのですが、三十年ほど前に、日本に移住し、こちらの大学で教鞭を執っていました。専門は文化人類学で、日本文化のことを研究なさっていたようですね。彼の自伝に目を通してもみたのですが、どうやら、彼、戦後間もなくの頃に日本に来たことがあったらしいんです。彼の父親が軍医で、進駐軍の一員として日本に渡り、クリスさんも父親に同行して一時期こっちで暮らしていたようなんです。敗戦直後の瓦礫だらけの日本で愉快な思い出あったとも思えないんですが、どういうわけか、向こうの大学で教授になったのち、定年を迎える前に大学を辞めて再来日されています。本国で暮らしていればこんな火災に巻き込まれることもなく、幸せな人生を送れただろうに、どうしてわざわざ日本にやって来たのか……案外、子供の頃、こっちの女の子に恋をしたとか、そんなロマンチックな話があったのかもしれませんね。彼、生涯、独身でしたし」
「そんな話、興味がないね」
「そうですね。また、余計な話をしてしまった。さて、ずいぶんと話が脱線してしまいましたが、ようやく本題です」
「あなた無駄話が多い」
「すみません、性分なんですよ。で、本題なんですか、わたしは、最初に今回の火災は事故ではないかもしれないと、申しました」
「そんなこと言ったっけ?」
「はい。学園で不審死なさった方々の話とは別に、今回のこの火災自体にも不審な点が残されているんです」
「あなたさっきから、ふしん、ふしん言ってるけど、ふしんてどういう意味なの?」
「疑わしい、ってことです。つまり、事故ではない、誰かの手によって火を放たれたのではないか、ということです」
「それがどうしたの? そんなことあたしに言われてもわからないわ」
「まあ、聞いてください。まず、今回の火災の出火原因なのですが……、それはご存じですか?」
「ガス漏れと聞いているわ」
「よくご存じですね。どこでお知りになったんですか?」
「ニュースでそう言っていたわ」
「日本語は不得意だったのでは?」
「友だちに教えてもらったのよ」
「そうですか、わかりました。出火原因は、おっしゃるとおり、漏れたガスに引火したためなんですが、ガス漏れなんて、そう簡単に起こるものじゃない。そう思いませんか?」
「さあ、わからないわ。古い建物だから、ガス管も古くなっていたんじゃない」
「歴史ある建造物を改築した建物ですから、ガス管が古くなっていたのも事実なんですが、どうも、経年劣化だけが原因ではないようなんです。ガス管に傷がつけれていたらしいんですよ。誰かが人為的にガスを漏らしたということです」
「あっそ」
「わたしは、『竜照苑』で、入園費用、助成金の不正受給目的で殺人が行われていたかもしれないとも言いました」
「だから、わたしには関係ないわ」
「『竜照苑』で殺人が行われていて、それが明るみに出そうになったため、誰かが火を放った、とも、考えられるのですが、それにしては、首謀者であると目される園長やその片棒を担いだ男性職員も死んでいる。しかも、不審の残る死に方で。これは、わたしの想像など及びもつかない、とんでもないことが起こっているのではないか、そう考えたわけです」
「それは大変ね」
「こういう奇っ怪な事件に関して、まず疑うべきは、もっとも利を得た人物なんです」
「奇っ怪? 利を得た? どういう意味? わからないね」
「ペイジさん、あなたには今回の火事で多額の労災保険が下りたそうですね」
「当然の権利よ」
「それだけじゃない、あなたは、日本の劣悪な労働環境に苦しめられた外国人労働者として、多数のテレビ番組に出演し、各地で講演会を行い、さらに、最近では本まで出版された。お国のほうではでは、外国の資本家と戦った英雄、いや、女傑か、として大人気だそうじゃないですか?」
「あなた何が言いたいの?」
「この写真を見てください。これは出火現場近くに落ちていたマッチ箱です。このマッチはあなたの国で作られたものですね」
「外国のマッチなんてこっちでも買えるでしょう」
「それはそうかもしれません」
「火事のとき、あたしは宿直室にいた。そのことは生き残った他の職員が証言しているわ。警察もそれで納得している。勝手な推測で変なことを言わないで。あたしは無関係よ」
「本当に無関係ですか?」
「もちろんよ」
「推測の話を続けさせてもらいます」
「もう結構よ」
「最後まで話を聞いてください」
「言ったでしょ、あたしは忙しいの」
「あなたじゃないんですか? ペイジさん」
「大声で馬鹿なこと言わないで」
「あなたがさせたんじゃないですか。何もわからなくなった痴呆症の老人をそそのかして、苑に火をつけさせた。お金のためか、あるいは、『竜照苑』に仕返しするため、そのために、あなたが放火させたんじゃないですか」
「勝手に言ってなさい。あたしはもうすぐ自分の国に帰る。もう二度とこの国に来ることもない。こんな国ともさようなら。あなたともさようなら」
「入居者のほとんどが焼死しているんですよ。あなたはなんとも思わないんですか」
「お気の毒ね。だけどそれは、火事に巻き込まれただけ。あたしには関係のない話よ」
「ちょっと、ペイジさん、待ってください。まだ話は終わってないんです」
「さようなら」
「ちょっと、ペイジさん、ペイジさんって……」




