青い鳥を追って
『おいでよ、早く。ここだよ。いるよ、いるよ。とうとうみつけた。なん千羽という青い鳥だ。』(モーリス・メーテルリンク『青い鳥』)
マリーは空を見上げた。
雲ひとつない青い空が広がっている。髪を揺らす風は優しく、乾いた空気が肌に心地よい。緑豊かな草原が続き、その先には山頂に薄く雲のかかった美しい山々が連なっている。
世界は平和だった。
戦争なんて起こっていなかった。
ペイジは嘘をついていたのだ。
爆弾が落ちてきたりもしない。
街が燃えたりもしない。
人が死んだりもしない。
だが、もうそんなことはどうでもよかった。
学園から出ることができたのだ。
なぜ、学園から出たかったのか、その理由さえ今は曖昧だ。
だけど、それもどうでもよかった。
世界は美しい。
世界は暖かい。
それで十分だった。
他の生徒たちはどうなってしまったのだろう。
ふいにそのことが気になったが、それもすぐに薄れていった。きっとペイジが助け出してくれている。みんな元気にしているはずだ。
ママに会いに行こう。
パパと一緒に暮らそう。
もう自由なのだ。
好きなように生きていけばいいのだ。
「マリー」
人のいない一本道を進んでいると、背後から、マリーを呼ぶ声が聞こえてきた。
マリーは振り返った。
ジョーだ。
学園に捕まったはずのジョーが大きく手を振りながらこっちに駆けてくる。
「ジョー」
マリーも来た道を引き返した。
真ん中のあたりで二人は向かい合い、手を取り合った。
「ジョー、あなた、無事だったのね」
「何とかね。そんなことより、君がやってくれたんだろう。君が学園を燃やしてくれたんだろう」
「ええ、そうよ。乱暴なやり方だったけど、それしか方法がなかったの」
「なあに、学園をぶっ潰せるなら、やり方なんて何だっていいさ」
「だけど、あなた、よく逃げ出すことができたわね。懲罰房に入れられたってペイジから聞いたわ」
「クリスだ」
「クリス?」
「ああ、クリスの奴が助けてくれたんだ。火の手が迫ってきて、もうダメかと思ったとき、あいつが突然現れて、懲罰房のドアを開けてくれた」
「クリスがそんなことを……」
「ああ」
「それで、クリスは?」
「一緒に逃げようって誘ったんだ。でも、あいつは来なかった。僕はここに残る、だってさ」
「そう……」
クリスは学園に残ることを選択した。あの学園で死ぬことを選択した。学園とともに滅ぶことを選択した。彼は、最後まで自分の考えを貫いた。彼らしい選択だとマリーは思った。
「最後まで何を考えているのか、よくわらない奴だったなあ」
ジョーはどこか抜けた調子で言った。
マリーにはクリスの気持ちがよくわかった。だが、それをジョーに教えたところで、彼には伝わらないだろうから、マリーは「そうね」と相づちを打っておいた。
「それで、マリー、君はこれからどうするつもりなんだい?」
ジョーが訊ねる。
「わたし、パパとママに会いに行くわ。パパとママのところに行って、もう一度、三人で暮らすの」
「そうか」
「ジョー、あなたはどうするの?」
「うん、俺も帰るよ。海の見える、俺の故郷にさ」
「ええ、それがいいと思うわ」
と、マリーが言ったとき、頭上から羽音が聞こえて来た。
ふたりは顔を上げて、空を見る。
「ジョー、モーリスよ!」
マリーは上空の鳥を指差した。
「モーリス?」
「ええ、幸せを運んでくれる青い鳥よ」
よかった。モーリスも無事だった。トランクから抜けだし、あの火事の中、学園から逃げ出すことができたのだ。
「ジョー、行きましょう!」
マリーは誘った。
「行く? 行くって、どこへ?」
「モーリスのあとを追うの。モーリスが、パパやママのところへ、海の見えるあなたの故郷へ連れて行ってくれるわ」
マリーは走り出した。
「本当なのか、マリー。だったら俺も行くよ。待ってくれ、待ってくれよ、マリー」
ジョーはそう言って、マリーのあとを追った。
ふたりの頭の上で、「カア、カア、カア」とその鳥が鳴いた。




