さよなら、ロイタース。そして始まる誰かと誰かの会話
マリーは正門に向かって歩いていた。
背後では校舎が燃えている。
火の手はあっという間に校舎全体へ広がった。天まで届きそうな火柱が夜空に立ち上り、あたりを煌々と照らしていた。
やがて、正門が見えてくる。
銘板が目に入った。
『REUTERUS』
『子宮に帰る』
若返りの実験を行うための施設。それがこの学園の正体だった。
マリーは、その正体を暴き、崩壊させ、そして、いま、学園から出て行こうとしている。正門から、堂々と、胸を張って。
マリーは門を押し開けた。
鍵はかかっていなかった。きっとペイジが開けておいてくれたのだろう。
門を出る前、マリーは最後にもう一度燃えさかる校舎のほうを振り返った
長かった。
辛かった。
悲しかった。
やっと、それが終わるときが来たのだ。
深い感慨に浸りながら、いまにも崩れ落ちそうな校舎を眺めていると、二階の窓からこちらの様子を窺う人影が目に入った。炎を背景に、その人は影絵のように浮かび上がっていた。
マリーはそれが誰かすぐにわかった。
クリスだ。
クリスが、マリーのことをじっと見つめている。
ふたりの視線が交わった。
ふたりはしばらく見つめ合った。
クリスはゆっくり右手を挙げ、それから、左右に振った。
その姿を見ているうちに、マリーの目から涙がこぼれた。
誰よりも信頼していた人。
なのに、わたしを騙した人。
彼なりにわたしを守ろうとした人。
わたしを愛した人。
かつて、いつか、どこかで、わたしが愛した人。
さようなら、クリス。
心の中で呟き、うっすらと浮かんだ涙を拭った。
マリーはクリスに背を向けた。
もう立ち止まらない。
もう振り返らない。
前だけを見て歩く。
マリーはロイタースの門を出た。
この先に何が待っているのか想像もつかない。救助されるかどうかもわからない。マリーの話を信じてもらえないかもしれない。何しろ、外の世界は戦争の真っ只中なのだ。あるいは、学園で暮らすよりも遙かに苦しい生活が待っているかもしれない。
だが、マリーは恐れない。
後悔もない。
不安もない。
これが自分の選択なのだから。
これが自分で選んだ生き方なのだから。
マリーは力強い足取りで、夜の世界に向かって歩いて行った。
◇ ◇
「以上が、福井県竜照市にある高所得者向け特別養護老人ホーム『竜照苑』で、昨年起こった火災事件の概要です。間違いありませんか? ……ペイジさん」




