学園の謎
地下室の隅で、三人は固まっていた。
マリーはついにわかった。ロイタースの目的、仲間が死んだ原因、自分たちが入園させられた理由、その答えをようやく見つけ出した。
「それで、トミーはどうして殺されたんだ。なぜ、奴が死ななければならなかったんだ?」
ジョーが迫る。まだ目は赤いが、いつもの鋭い眼差しに戻っている。
「順を追って話していくわ」
「ああ」
「最初に質問させてほしいんだけど、ジョー、あなたは自分の誕生日を憶えている?」
「誕生日? もちろん憶えているが、それはどうした? 重要なことなのか?」
「ええ。とても重要なことよ。それで、あなたの誕生日はいつ?」
「……十一月二十四日。それが俺の誕生日だ」
「それじゃ、それは、何年の話? 当然、それも憶えているわよね? 自分の生まれた年だもの」
答えられて当たり前の質問に、ジョーの表情が曇りだす。
「あなたは何年前に生まれたの?」
質問を繰り返すが、ジョーは苦々しげに唇を歪めるだけだ。
「それじゃ、質問を変えるわ。あなたは、ここに来る前、海の見える場所で暮らしていたと言っていたわね」
「ああ」
「それは、どこ? 他にも家族はいた? そこで何をしていたの? いつからそこで暮らしていたの?」
マリーは立て続けに質問を投げかける。
ジョーは必死に思い出そうとしている。
「どう? ジョー何かひとつでも憶えていることがある?」
「ちょっと待ってくれ。今、思い出すから」
ジョーは目を瞑り、こめかみに指を押し当て考える。
だが、マリーにはジョーの答えが分かっていた。
「だめだ。思い出せない。俺がいつ生まれたのか、誰と暮らしていたのか、そんな当たり前のことを全く憶えていない」
「それじゃ、キララ、あなたはどう?」
マリーの質問がキララに向かい、キララは「えっ」と狼狽する。
「あなたは何か憶えている? ここに来る前、あなたはどこに暮らしていた? 誰と暮らしていた? 何をしていた? パパの名前は? ママの名前は?」
「えーと」とキララは瞳を揺らし、ジョーとおなじ答えを返した。「何も憶えていないわ……」
「俺たちは何も憶えていない。それに、俺の頭はどうにかなっちまってるのに、どうしてだろう……」ジョーは独白するように言った。「そのことを何とも思わない」
ジョーがマリーを見る。
「いったい、俺たちに何が起こっているんだ?」
「ジョー、その前にもう一つ教えてちょうだい」
まだ何かあるのか? ジョーの目はそう言っている。
マリーはかまわず、質問を続ける。
「あなたたち、こんな夢を見ない?」
「次は夢の話か?」
「ええ、夢の話よ。でも、夢の話とも言い切れない」
マリーの台詞に、ジョーとキララは、そろって怪訝な顔をした。
「飛行機が飛んできて、爆弾を落とす。街が焼け、人がたくさん死ぬ。そんな恐ろしい夢を、見ることがない?」
ジョーとキララは同時に喉を鳴らし、それから答えた。
「時々見るよ。本当に時々だけど」
「キララも見るわ。忘れかけた頃、突然、そんな夢を見る」
マリーは確信を帯びた表情で続けた。
「これはとても恐ろしい話よ。話しても、信じてもらえないかもしれない。そのくらい突拍子もないことをいまから話すわ」
「わかった。聞かせてくれ、マリー」
「わたしたちが見る夢、あの恐ろしい夢は、本当に夢なのかしら?」
「どういうことだ?」
「あれは夢ではない。外の世界で起こっている現実の出来事なのよ」
「何を言っているんだ、マリー」
ジョーは呆れた様子だが、キララは違う反応を示した。
「それじゃ、ペイジが言っていたことが……」
「そうよ、キララ。ペイジの言っていたことが正しかった。外の世界では街が燃え、人がたくさん死んでいる。わたしたちがここに入る前から、そして、今も続いている」
「それはつまり……」
ジョーがもう一度、さっきよりも大きな音を鳴らして生唾を吞み込む。
「戦争よ」
「そんな馬鹿な」
ジョーは両手で頭を抱え、吐き捨てるように言った。
「それが現実なのよ、ジョー」
「そんな話、信じられるわけがない」
「私たち三人ともおなじ夢を見る。ペイジもそう言っているわ」
「ペイジの話が何だって言うんだ。あんな外国人の言うことなんて信じられるか。キララが外に出たがらないよう、そんな話を吹き込んだだけだ。そうに決まっている」
ジョーが興奮気味に反論する。
「落ち着いて、ジョー」とマリーは諫め、話を続ける。「信じたくない気持ちはわたしも同じよ。わたしだって、こんな話信じたくない。だけど、そう考えると辻褄が合うの。すべてのピースが上手くはまるのよ。どうしてわたしたちが三人ともおなじ夢を見るのか。いえ、わたしたちだけじゃないわ。リンダもおなじ夢を見ていた可能性があるの」
「リンダも?」
「ええ。わたし、見たのよ。前にリンダの部屋に忍び込んだとき、彼女の描いた絵を見つけた。その絵には、わたしたちが見る夢とおなじものが描かれていた。飛んでくる飛行機。落ちてくる爆弾。燃え上がる家。逃げ惑う人々。つまり、戦争の絵よ」
ジョーは大きくひとつ息を吐いた。
「よし、わかった。いったん、君の話を受け入れよう。外の世界では戦争が起こっている。人が殺し合っている。街が焼かれている。それが事実だとして、なぜ俺たちはそのことを憶えていない? なぜ、俺たちは戦争の事実を知らないんだ?」
「それは実験のせいよ」
「実験だって? このロイタースで行われている実験のせいで、俺たちは記憶を失っているというのか?」
「そうよ」
「じゃあ何か、ロイタースでは記憶を消す実験でもやっているのか?」
「そうじゃないわ、ジョー。わたしたちが記憶をなくしてしまったのは、実験の結果のひとつに過ぎない」
「ということは、俺たちはすでに実験体にされているってことか?」
「そうよ。ずっと前からね。気づかないあいだに」
「じゃあ、リンダは実験に使われたからじゃなく……」
「実験の結果、死んでしまったのよ。ケンも、それから、トミーも」
「いったいここでどんな実験が行われているんだ?」
ジョーが目を見開き問い詰めた。
マリーは深呼吸し、それから、答えた。
「若返りよ」
「若返り?」
ジョーは素っ頓狂な声をあげた。
「そう、若返りの実験よ」
「ここで若返りの実験が行われているだっていうのか?」
「ええ、そうよ」
「そんな馬鹿な。そんなことができるはずがない」
ジョーは乾いた笑い声を上げて言った。
「そんな馬鹿げたことが、この学園で行われているのよ、ジョー」マリーは表情を崩さずに答えた。「わたしは、いえ、わたしたちは、かなり記憶が失われているから、推測も交えての話なんだけど、恐らく、外で起こっている戦争は、もう何年も続いている。気が遠くなるほど長い戦争よ。百年続いた戦争だってあったのよ。たぶん、今起こっている戦争もそれとおなじか、それ以上に長い。終わりの見えない戦争よ」
「それで?」
「戦争が長引けば、それだけ物資が不足する。武器、弾薬、燃料、食べ物……。あらゆるものが不足し始める」
「当然の成り行きだな」
「不足するのは物資だけじゃない。人も不足する。戦争で死んだり、出生率が下がったり、やがて、兵士も、働き手も、子供を産む人間も足りなくなる」
「それも当然の成り行きだ」
「そこで、実験が始まった。足りなくなった人を補うための実験」
「若返り……?」
「そう。死んだ人を生き返らせることはできない。だけど、年を取った人間を再利用することはできる。人間のリサイクルよ」
「と言うことは何か、俺たちは外の世界で一度年を取り、それから、学園に連れてこられて、それで学園の実験により若返っているっていうのか?」
「そうよ。誰がどこまで年を取ったかはわからない。老人だったかもしれないし、中年だったかもしれないし、もっと早い段階だったかもしれない。それは生徒によって異なると思う。でも、わたしはたぶんそこまで成長していないはずよ」
「なんでそう言えるんだ」
「だって、わたしにはパパとママがいた。わたしがどのくらい若返っているかはわからないけれど、パパとママの年齢から考えて、わたしは、そこまでは大きくなっていなかったはずよ」
「じゃあ、親の記憶のない俺は、本当は君たちよりもずっと歳を取っていて、この三年のあいだに子供に戻っちまったってことなのか?」
ジョーは自分の両方の掌を見ながら言った。
「ええ」とマリーは躊躇いなく答えた。「そう考えると、なぜ、あなたが建物の構造に詳しいのか、なぜ、トミーが鍵を複製することができたのか、なぜ、クリスはあんなに難しいことをたくさん知っているのか、その説明もつく。あたなたちは、外の世界で、一度、大人なった。その頃の記憶が断片的に残っているのよ」
「いや、ちょっと待ってくれ」ジョーが顔をあげた。「俺たちが見ている夢や、リンダの絵だけで、そんな突拍子もない話を信じることはできない」
「もちろん、夢の話だけじゃないわ。他にも証拠はある」マリーはキララのほうを向いた。「キララ、ミチルを貸してくれる」
マリーが頼むと、キララは黙ってミチルを差し出した。
「この人形は、キララが外で暮らしていたときから一緒だった。ずっと以前、外国から贈られた人形らしいわ。もしかしたらいま戦争している相手が、戦争になる前に贈ったものなのか、あるいは別の同盟国のような国が贈ったものなのかは、わからないわ。とにかく、背中に、贈られたときの年号が記されている。見てちょうだい」
キララに手渡された人形がジョーの手に渡る。ジョーはマリーに言われたとおり、背中の文字を読み、キララに返した。
「もしその話が本当なら、キララは墓場に片足どころか、両足を突っ込んでいることになる……」
ジョーが額の汗を拭った。
「それだけじゃないわ」
「まだ続くのか、こんな与太話が」
マリーの話を受け入れたくないのだろう、ジョーが投げやりに言った。
「最後まで聞いて、ジョー」
「……」
「ジョー」
「わかったよ。続けてくれ」
「わたしは正門に掲げられている銘板を初めて見たとき、妙な感じがした。その違和感はずっとわたしの中に残っていた。今の今までね。そして、やっとその違和感の正体が掴めた」
「いまの話と関係のあることなのか?」
「もちろんよ」
「で、その違和感ってのは?」
「銘板にはこう書いてある。『REUTERUS』。R、E、U、T、E、R、U、S」
マリーはロイタースの綴りを一文字ずつ口にした。
「ああ、確かにそう書いてある」
「だけど、これだとおかしいの。綴りが間違っているのよ。ロイタースの正しい綴りはこうよ。『REUTERS』」
今度は正しい綴りを口にする。
「確かに違うようだ。『U』が余計だ。だが、それがどうしたって言うんだ。ただの間違いじゃないのか?」
「ジョーはあの園長先生がこんな間違いを見過ごすと思う?」
ジョーは束の間考え、「いや、園長がそんな間違いを放っておくとは思えないな」と答えた。
「そうでしょ」
「じゃ、その間違った綴りには、どういう意味があるんだ?」
「わたしの知る限り、『REUTERUS』なんて単語は存在しないわ」
「それじゃ、やっぱりただのミスなんじゃないのか?」
「いいえ、そうではないの、ジョー。ひとつの単語として考えるのが間違いなのよ。この単語は組み合わせでできている」
「組み合わせ?」
「ええ。ずっと以前、あなたがまだ学園に捕らえられていたとき、こんな授業があった。『RE』から始まる単語を答えさせる授業よ。そのとき、先生はこう言った。『RE』には回帰する、戻るって意味があるって。『REUTERUS』は『RE』と『UTERUS』の組み合わせでできている」
「なるほど。で、『RE』には戻る、回帰するという意味なんだな。じゃ、『UTERUS』はどういう意味なんだ」
「『子宮』よ」
「『子宮』……」
ジョーはマリーが発した言葉を繰り返す。
「それじゃ、『REUTERUS』は『戻る』と『子宮』の組み合わせ、『子宮に戻る』って意味なのか。子宮に戻る、つまり……」
「若返りよ」
ジョーがあんぐりと口を開く。
「そんな、まさか、信じられない」
「わたしだって信じたくないわ。だけど、そう考えるとすべての謎が解ける。なぜ、この学園に鏡がないか? それは、わたしたちに若返る自分たちの姿を見せないようにするため。なぜ、行方不明になった生徒のことをみんな忘れるか? それは、若返るにつれて記憶を失うから。なぜ、廊下が長くなったり、階段が増えたように感じるのか? それは若返りによりわたしたちの身体がどんどん小さくなるから。なぜ、成績のよい生徒ほど数字の大きなクラスに入れられるのか? それは、若返りの進行度合いによってクラス分けがされるから。この学園はわたしたちを『子宮に戻らせる』ための施設、若返りの実験施設なのよ」
そう断言するマリーの顔をジョーが凝視する。
マリーはかまわず話を続けた。
「以前、猫目の職員に言われたわ。わたしたちは『特別な存在』だって。わたしたちは、若返りに必要な素養があるのよ。誰でも彼でも、若返るわけではない。わたしたちには、先天的なものか、それとも成長の過程で獲得したものなのかはわからない。けれど、若返りに必要な何らかの適性があった。そして、わたしたちは若返りの実験体として選ればれ、ここに連れて来られた」
「だが、いったいどうやって俺たちを若返らせてるっていうんだ? 俺たちは何をされたんだ……」ジョーは呟き、その直後、何かを閃いたようにカッと目を見ひらいた。
「どうしたの、ジョー?」
「あのお菓子」
「お菓子って……?」
「飯にいつも付いている甘いお菓子だよ」
「棒砂糖のこと?」
「ああ。今、わかった。前にクリスと実験室に忍び込んだだろう。あのとき、棚に白い粉が並んでいた。俺はあの粉を舐めた。すごく甘かった。おなじ味がしたんだ。いつも俺たちが食べているあのお菓子と」
「そうよ、ジョー。間違いないわ。実験室にあったあの粉がわたしたちを若返らせる薬で、お菓子に見せかけ、気づかないうちに摂取させられていたんだわ」
マリーが勢い込んでそう言うと、実験室に続く通路のほうから、パチパチパチと手を叩く音が聞こえてきた。
三人は同時に振り返った。
「よくそこまでたどり着いたね、マリー。さすがは僕が見込んだ人だ」
そこに、クリスが立っていた。




