ひらめき
ここにきて初めて予定が狂った。
予定では、実験体に選ばれたトミーがここに横たわっているはずだった。
実験室のベッドにいない以上、考えられる可能性はふたつ。ひとつは、トミーは実験室ではなく、懲罰房に連れられた。だが、トミーの部屋には、天使のぬいぐるみが置かれていた。と言うことは、実験体に使われているはずで、懲罰房行きは考えにくい。となると残されたもうひとつの可能性。実験を終え、地下室に運び込まれた。つまり、トミーはすでに遺体となって地下にいる。
恐らく、ジョーもおなじことを考えたのだろう「地下に行こう、マリー」と表情を強張らせて言った。
「ねえ、マリー、この部屋は何なの?」
地下室への入り口に向かっていると、キララが声を震わせて訊ねた。
「ここは実験室よ。この学園は、ここで人体実験を行っている。わたしたちを使ってね」
「実験室……」
キララは呟き、あたりを見回した。
「そうよ」
「あなたの話は本当だったのね、マリー」
「ええ」
「怖いわ、マリー」
キララがマリーにしがみついた。キララの身体は小さく震えている。
「怖がらなくても大丈夫。わたしたちがついているわ、キララ」
マリーはキララを抱きしめた。
「キララ、こんなところにいたくない」
「そうよ、キララ。一刻も早く、ここから逃げるのよ」
マリーはキララを肩を抱き、地下に続く扉に向かう。
先を歩いていたジョーが、壁に手を這わせ、地下に続く扉を押し開けた。
扉の向こうから湿り気のある風が吹きつけてきた。
「今度はどこに行くの?」
キララが不安そうに訊ねた。
「地下室よ。そこから外に出るの」
マリーが教えると、キララは「お外まで、まだ遠いのね」とがっかりした声で言った。
「もう少しの辛抱よ」
マリーは怯えるキララを慰めた。だが、当然ながらマリー自身、もう少し、で済むのかどうかわからない。
「行こう」
ジョーが声をかけ、階段を下りた。
マリーとキララは身体を寄せ合い、ジョーに続いた。
階段を下り、通路を進むと、ベッドが並ぶ地下室にたどり着いた。
六台あるベッドの一台に、人が横たわっている。
ジョーが駆け寄った。ベッドを覗き込むと、そのまま床に膝をついた。
マリーもベッドに近づき、横たわる人物を見た。
トミーだった。
当たってほしくなかった最悪の予想が当たってしまった。
トミーは実験に使われ、そして、死んでしまったのだ。
地下室に、ジョーのすすり泣く声がもの悲しく響いた。
「ジョー」とマリーはジョーの背中に声をかける
「トミーは俺の親友だったんだ。ケンも殺され、トミーも救えなかった。もっと早くこうしておけばよかったんだ。実験室に忍び込んだあの夜、トミーを救いに戻るべきだったんだ」
ジョーが後悔の言葉を口にした。
「あなたは何も悪くないわ」
マリーは慰めの言葉をかけたが、ジョーには届きそうになかった。
「俺が悪いんだ、俺がトミーを見捨てたばっかりにこんなことになってしまった」
「ジョー……」
マリーは呟く。その先の言葉が見つからない。
ジョーはがっくり肩を落としたままその場から動こうとしない。
ジョーが立ち直るには、もう少し時間が要りそうだ。
ぐずぐずしている場合ではないが、いましばらくはそっとしておくことにして、マリーはキララの手を取り、部屋の隅に移動した。
ずっと緊張しっぱなしだったから、酷く疲れていた。キララもそのようで、マリーとキララは並んで床にお尻をおろし壁にもたれかかった。
「あの人、死んでいるの?」
キララがトミーが横たわるベッドを見つめて訊いた。
「ええ」
「気の毒ね」
事情を知らないキララは、純粋に憐れみの声で言った。トミーのことはもう忘れてしまったらしい。
「そうね」
「キララもああなっていたのね」
キララが言った。
「そうよ、キララ」
マリーは答えた。
「マリーのおかげでキララはあの子みたいにならずにすんだのね」
「ええ」
「よかったわ、マリー」
キララが言った。
ようやくキララが自分の話を信じてくれた。嘘をついて強引に連れ出し、ずっと胸の奥に蟠りがあった。だが、ようやく自分の思いがキララに通じ、マリーは少しだけ報われた気がした。モーリスを捕獲したことも間違っていなかったと思えた。
「ママ……」
そのとき、苦しげな声が聞こえてきてマリーはぎょっとした。
周囲を見回す。発信源は見あたらない。
「ミチルだわ」
キララが言った。
「ミチル?」
「ええ。もともとミチルはお喋りができる子だったの。ずっと前に喋らなくなってしまったのに、いきなりどうしたのかしら?」
キララは不思議そうに首を捻った。
「見せてもらってもいい?」
マリーが訊ねると、キララは「ええ、かまわないわよ」と気安く応じて、ミチルをそっと差し向けた。
マリーはミチルを受け取り、抱え上げる。
どうやら、いくつかの言葉を発する機能が備わっていたらしい。ずいぶんと前に壊れていたものが、何かの拍子に一時的にその機能を取り戻したようだった。
よくできた人形だとマリーは思う。そして、また思う。どこかで見たことがある。
マリーはミチルを持ち上げ色々な角度から眺めた。何か思い出すのではないか。そう思ったのだが、記憶の扉は閉ざされたままだった。
「外国製の人形なのね」
マリーは訊ねた。
「ええ。キララがまだお外で暮らしていたころ、外国の人が、キララたちの暮らす国とお友だちになるために、ミチルとおなじお人形をたくさん贈ってくれたんですって。そのうちのひとつがキララのところに来たのよ」
「そうなの」と言いながら、ミチルの背面を見たとき、マリーの目が点になった。
『For Peace』というメッセージの下に、この人形が贈られたのであろう年号が書き添えられている。
この年号は……いったいどういうことだ?
「キララ、確認させてくれる」
マリーは訊いた。無意識のうちに声が震えていた。
「どうしちゃったの、マリー。急に怖い顔をして」
「ねえ、キララ、ミチルは、キララがお外の世界で暮らしていた頃にやって来たのよね?」
「ええ、そうよ」
「ずっと一緒なのよね?」
「そうよ……」
不安げに答えるキララの答えを聞き、マリーの頭の中ですべてが繋がった。
いままで集めたピースが、ひとつ残らず上手く収まり、一枚の絵が完成した。
なぜ、窓があんな高い場所にあるのか。
なぜ、鏡がないのか。
なぜ、生徒が行方不明になるのか。
なぜ、生徒は他の生徒を忘れるのか。
なぜ、ロイタースの銘板を見たとき、違和感を覚えるのか。
そのすべてに、答えが出た。
この学園では信じられないことが行われている。あまりに突拍子がなくて、自分でも受け入れがたい。だが、そう考えると、何もかも説明がつく。ほころびのない推論が成立する。
「わかったわ……」
マリーは前方を見つめたままゆっくり立ち上がった。
「どうしたの、マリー?」
キララがマリーを仰ぎ見て、心配そうに訊く。
「わかったのよ、キララ。この学園が何をしているのか。なぜ、わたしたちが学園に連れて来られたのか。なぜ、わたしたちがこんな目に遭わなければならないか。それがようやくわかったのよ」
マリーはキララに向かって言うが、キララのほうは、ますます困惑気味に首を傾げるだけだった。
「ジョー」
マリーはジョーを呼ぶ。
まだ傷心から立ち直れないジョーが、気怠そうに顔を持ち上げる。
「わかったわ、ジョー」
ジョーは何も答えない。
「わかったのよ、ジョー。この学園のことが。なぜ、トミーが殺されたか」
トミーが殺された、という言葉にようやくジョーが反応した。
「本当なのか、マリー」
「ええ。わかったわ、全部……」
マリーは独り言のように答えた。




