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嵐の夜

 いつの間にか火の手はなくなり、瓦礫も撤去されていた。

 ぽつぽつと家が建ちはじめている。

 次第に、街に活気が戻りつつある。

 季節は夏に変わった。

 マリーは男の子とふたり、並んで歩いていた。

 母さんはいない。

 男の子が何事か伝えてから、袋に入ったお菓子を差し出す。

 見たこともないお菓子だ。

 マリーは袋を破り、中身を取り出し、口に運ぶ。

 とても甘い。

「これは何?」

 マリーは訊いた。

「んー、いっ……」

 男の子が答えようとしたとき、別の声が聞こえてきた。


                   


 マリーは目を覚ました。

 セントラル給湯室にいる。

 あちこちからぴちょりぴちょりと雨漏りの音が聞こえる。

「起きたかい、マリー?」

 隣に座っているジョーが訊いた。

「ええ。いつの間にか眠っていたのね」

「休める間に休んでおいたほうがいいと思って、寝かせておいた」

「ありがとう。お陰さまで、身体の調子はいいわ」

「それはよかった。これからが本番だからな」

 ジョーはそう言って、立ち上がろうとする。

「ねえ、ジョー、あなた……」

 マリーは言いかけて、言葉を吞み込む。

「ん?」

「いいえ、何でもないわ」

「何だよ、言いたいことなら何でも言ってくれ」

 ジョーが座り直した。

「わたし、夢を見たの」

「夢?」

「ええ。ここに来る前の夢よ」

「ここに来る前……」

「あなた、ここに来る前のこと憶えている?」

 マリーが訊ねると、ジョーが眉間を寄せた。

「ごめんなさい。あなたのことを探ろうというわけじゃないの。言いたくないのならそれでかまわないわ」とマリーは言い繕った。

 クリスが言っていた。ジョーは十年前から学園にいる。なのに、そのことを隠していた。なぜ、そんなことをしたのか、マリーはずっと引っかかっていた。

「海の見える場所にいたよ」

 ジョーがぽつりと答えた。

「海の見える場所……?」

 マリーはジョーの言葉をなぞった。

「ああ。暖かいところだったよ。そこで俺は、静かに暮らしていた。釣りをしたり、鉱物を集めたりしてね。そんなある日、いきなり大勢の大人たちがやってきて、俺を連れ去った」

 ジョーは辛そうな表情で言った。

「そうだったの。嫌なことを思い出させて、ごめんなさい、ジョー」

「いや……もう三年も前の話だ」

「三年?」

「ああ、三年前の話だ。それがどうした?」

「クリスの話と違うわ」

「クリスの話? あいつが何を言ってたんだ?」

「ジョーは十年前からこの学園にいる。そう、クリスは言ったわ」

 マリーが言うと、ジョーは、ははは、と笑い声を上げた。

「そんなことあるはずがない。だって、俺がここに来たとき、すでにあいつはいたんだから」

「だけど、クリスに見せられたファイル、わたしたちの個人情報を集めたファイルには、確かにあなたは十年前に入園していると記載されていたわ」

「そんなファイルくらい、いくらでも改ざんできるだろ」

「そうかもしれないけど……」

「何にせよ、俺がここに来たのは三年前だ。嘘はついていない」

「それじゃ、クリスが嘘をついたってこと?」

「俺に言わせればね」

 ジョーは答えた。

 ジョーが嘘をついているようには思えない。かといって、クリスの話を嘘と言い切る証拠もない。そもそも、クリスがそんなことをする理由もわからない。

「どっちを信じるのも君の自由だ」とジョーはマリーに判断を委ねた。「ただ、俺は嘘を言っていない。だいたい、この俺がこんな場所で十年も我慢できるわけないだろう。とっくに逃げ出しているよ」

 ジョーはそう軽口を叩いて、口もとを歪めた。

 ジョーは裏切り者なのか。

 クリスが嘘つきなのか。

 答えはわからない。

 だが、いまはそのことに拘泥している場合ではない。このまま先に進めば、いずれ答えも見えてくるはずだ。

 引き返すことはできない。

 突き進むしかないのだ。

「わかったわ、ジョー。あなたを信じるわ」

 とりあえず、いまは……。という続きは口に出さず、マリーは答えた。

「よし、じゃ、マリー、行こうか。もう夜は更けた」

 そう言って、今度こそジョーは立ち上がった

「ええ」と答え、マリーも立つ。

「こんなところ、さっさとおさらばしてしまおう」

 ジョーが言うと、脱走がとても簡単なことのように思える。

「そうね。明日の今頃は、わたしたちは外の世界にいるわ」

「ああ、その通りだ」

 ジョーが頷いた。

 ふたりはセントラル給湯室を出る。

 ジョーが先にハシゴを登り、丸い鉄蓋を押し上げた。

 蓋が開くと同時に、激しい雨と風が流れ込んできた。

「すごい嵐だ」

 ジョーが大声で言うが、その声はほとんど暴風に掻き消され、かすかにマリーの耳に届いただけだった。

「さあ、マリー、来るんだ」

 先に出たジョーが、顔を覗かせ叫ぶ。

 マリーは梯子に手足をかけ、吹き込む突風に顔を顰めながら、一段一段登っていく。

 外に出ると、身体ごと飛ばされてしまいそうな強風が吹いていた。

 塀の向こうで、太い木々が右に左に大きく揺れ動いていた。

「大丈夫かい、マリー」

 ジョーが腕で顔を覆いながら訊いた。

「ええ、大丈夫よ」とマリーは声を張り上げる。

「よし、じゃあ、まずはキララのところに行こう」

「ええ」

 ふたりは風に飛ばされないよう姿勢を低くして、生活棟に向かった。向かい風に押し返されたかと思うと、突然、追い風に変わり身体をよろめかせる。ふたりは、強風にもてあそばれながら、一歩、また一歩と足を進めた。

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