不協
物置小屋には、すでにジョーがいた。
木箱にもたれかかって呑気に鼻歌を歌っている。
ふたりに気付くと、無言で右手を挙げた。
その何気ない仕草も、マリーには妙に芝居がかって見えた。
「待たせたね」
クリスは、ジョーに対する疑念を微塵も表に出さず、ごく自然な調子で言った。
マリーには、同じように振る舞えるか自信がなかった。
「何かわかったことはあるか?」
ジョーがさっそく訊いた。
「いや、まだ調べているところだ」
クリスが答えると、ジョーが片眉をつり上げた。
「あれだけの危険を冒して、トミーという犠牲まで出して、それで、何もわかりませんでした、じゃすまないからな」
ジョーが釘を刺すように言う。
「もちろんだとも。何かわかり次第、君たちにも伝えるよ。もう少しで、何か掴めそうなんだ」
「もったいぶらずに、わかったことだけでも教えろよ」
「確証を得てから教える」
クリスが含みのある言い方をした。
ジョーはつまらなそうに口をすぼめた。
「で、今日、急に呼び出したのはいったいどういう用件だ?」
「取り急ぎ、君たちに伝えておかなければならないことがある」
「実験室の件とは、別のことか?」
ジョーが訊くと、クリスは「そうだ」と頷いた。
「何があったの、クリス?」
マリーが隣から口をはさんだ。
「学園が僕たちのことを気づき始めた」
クリスが言うと、ジョーは、「何?」と身体を起こした。
「今日、園長先生にいきなり、こう訊かれたよ。『あなた、何かしているの?』ってね」
「考えすぎじゃないのか?」
「わたしも訊かれたわ」マリーも続いた。「わたしのほうはもっと具体的だった。実験室に忍び込んだ夜、何をしていたのか、とか、いつもクリスたちと一緒に何をしているのだ、とか。それに、わたしの場合は、もっと脅迫的だった。その場で取り押さえられるんじゃないかって思うくらい。わたしも今日そのことをあなたたちに伝えようと思っていたの」
「そうか……」
ジョーもようやく事態を深刻に受けはじめたようで、神妙につぶやいた。
「そこで提案なのだが、しばらく調査を中断しようと思う」
クリスがそう言うと、ジョーが勢いよく振り返った。
「何言ってるんだよ、クリス。本気なのか?」
「無論だ」
「だったら、あの潜入は何だったんだよ。危険を冒して実験室に忍び込み、そのためにトミーが……トミーが犠牲になったっていうのに、お前は、いま、このタイミングで調査をやめろと言うのか」
「ああ、そうだ。犠牲になったトミーのためにも、計画を確実に進めたい。いま学園は僕たちに対して非常に神経質になっている。ここで下手に動けば、今度こそ学園に悟られる可能性がある。それに、なにも計画を中止しようというわけじゃない。安全を期すために一時的に中断しようって言ってるだけだ」
「だけどよ、それじゃなおのこと、急がなければならないんじゃないか。学園が疑っているからこそ、早くケリを付けるべきだろう」
ジョーが進言する。この点については、マリーも同意見だった。
「違うよ、ジョー。こういうときだからこそ、より慎重に行動すべきだ。職員や先生だってそれほど暇じゃない。いつまでも僕たちにばかりかまってはいられないはずだ。しばらく大人しくしていれば、いずれ警戒も緩む。ほとぼりがさめてから、本格的に調査を再開すればいい。それだけの話だ」
「納得いかない。それじゃ、トミーが浮かばれねえ」
ジョーは堅く腕を組み、クリスの意見をはねのける。
「僕に時間をくれないかって頼んでいるんだ、ジョー。言っただろう、もう少しで何か掴めそうなんだ。そのために考える時間が必要なんだよ。必ず近いうちに僕が答えを見つけ出す。実験室から持ち出したファイルにヒントが隠されているはずなんだ」
クリスの言葉に、ジョーは苦々しい表情を浮かべる。
「トミーの敵は必ず取る」
クリスが言い加えると、ようやくジョーは「わかったよ」と仏頂面で応じた。
「マリー、君はどう思う?」
クリスがマリーに訊ねた。
マリーとしては一刻も早く計画を前に進めたかった。だが、ここで意見していたずらに波風を立てるようなことはしたくない。それに、クリスがここに来る途中で打ち明けた話——ジョーが裏切り者かもしれない——それを踏まえてクリスはこう提案をしているに違いなかった。
「わたしもクリスに賛成よ」
マリーは答えた。
「では、これからしばらくは調査を中断する。僕がいいと判断するまで、目立つような行動は慎んでくれ。ここに集まるのも、よほどのことがない限り控えよう」
クリスの指示に、マリーは「わかったわ」と応じた。
ジョーは鼻から息を吐き出して、「わかったよ」と答えた。
「頼むよ、ジョー」
クリスが念押しする。
「わかってるって」ジョーは乱暴に答えて立ち上がった。「じゃ、俺は先に帰るぞ。学園が俺たちのことを疑ってるってのなら、一緒にいるところを見られるとまずいからな」
そう言って、立ち去ろうとするジョーを、「なあ、ジョー」とクリスが呼び止める。
まだ何かあるのか。
振り返ったジョーの顔にはそう書いてある。
「ひとつ君に教えてもらいたいことがあるんだが」
「何だよ」
「君はこの学園に来る前、何をしていたんだい?」
いきなりの直球にマリーは息をのんだ。
「何を言い出すんだ、突然?」
ジョーは戸惑いよりも不審を滲ませ訊き返す。
「いや、ちょっと気になったんだ。君とは学園に来たときからの付き合いだけど、そんな話をしたことはいままで一度もなかったからね」
「いま話すべきことなのか?」
「あるいは、ね」
「何だよ、それ」
「で、君は何をしていたんだい?」
ジョーは眉間に皺を刻み、しばし黙り込んだ。
そして、答えた。
「憶えてねえよ」
憶えていない?
ここに来る前のことを憶えていない。
そんなことがあり得るのか?
マリーには、にわかに信じがたかった。
「そうか」
クリスはあっさり退き下がるが、何かを察したような口ぶりだった。
「全く何なんだよ、いったい。今日はふたりとも様子がおかしいぜ」ジョーは捨て台詞のように吐き出し、小屋のドアに手をかけた。
「じゃあ、また何かわかったらまた連絡くれ」
そう言い残し、小屋から出て行った。
ジョーがいなくなると、マリーとクリスは顔を見合わせた。
クリスが何が言いたいのか、マリーはすぐにわかった。
ジョーは怪しい。
どこか半信半疑だった気持ちが、一気にそっちに傾いた。




