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最後の仲間

 翌日の夕方、マリーは中庭の物置小屋に向かって歩いていた。

 揺れる気持ちは、一方に傾き、逆方向に振り戻り、そして、そこで固まった。

 マリーはもう一度、決心した。

 学園と戦う。学園の秘密を暴き、外に出て、白日のもとに晒す。そのために、クリスや仲間たちと実験室に潜入する。

 昨日、中庭で出会った少年がマリーの背中を押してくれた。彼が、マリーから迷いや恐れを取り去ってくれた。あの少年のように強く生きたい。あの少年のように真っ直ぐ生きたい。そう思えたのだ。

 マリーは正面を見据え、背筋を伸ばし、力強い足取りで物置小屋に向かった。

 薄闇の中、物置小屋が見えてきた。 

 見張り役のペイジの姿が今日はない。

 ペイジはどうしたのだろうか、見張りがいなくても大丈夫だろうか、と少し不安に思いながらも、マリーは小屋の扉をノックした。

 扉が開き、隙間からクリスが顔を出した。

「マリー」とクリスがぱっと表情を明るくした。「来てくれたんだね」

「ええ」

 マリーは照れたように微笑んだ。

「さあ、早く中に入って」

 クリスに促され、マリーは小屋の中に入った。

「マリー、よく来てくれた」

 クリスがマリーの手を取り改めて迎え入れてくれた。

「マリー、無事でよかった」

 ケンも駆け寄ってくる。

「し、心配していたんだ」

 皮肉屋のトミーまでマリーをいたわった。

「ごめんなさい。わたしが勝手なことをしたばっかりに、みんなにまで迷惑をかけるところだったわ」

 何はさておき、マリーは自身の軽率な行動を詫びた。

「何を言ってるんだ。君が無事でほっとしてるんだ」

 ケンが答えた。

「も、もう二度と勝手はしないでくれ。や、やるときはみんな一緒だ」

 トミーが声を震わせた。

 もしかすると取り返しのつかない事態を招いていたかもしれない自分の失態を責めることなく、再び温かく迎え入れてくれる。そんな仲間たちに、マリーは胸が詰まった。

「ありがとう、みんな」と答え、溢れてきた涙をそっと拭った。

「さあ、これでまたみんな揃った」

 クリスが言った。

 他の三人の視線がクリスに集まる。

「全員揃ったところで、今日の会合を始めたい、とその前に」そこで、クリスは言葉を区切り、マリーを見た。「もう一人、君に紹介したい仲間がいる」

 昨日話していた、行方不明になっていた最後の仲間のことだろう、とマリーは推測した。

「ジョー」

 クリスが小屋の奥に向かって声をかける。

 木箱の上から、「はいよ」と呑気な声が聞こえてきた。そこで寝転んでいたらしい少年が勢いよく飛び降りてきた。

「感動の再会に水を差して悪いね」

 軽口をたたきながら、少年が近づいてくる。

 その顔が見えてくると、マリーは驚いた。

 昨日、中庭で石を拾っていた少年、マリーに勇気を与えてくれた、あの少年だった。

「あなたは」とマリーは声を上げた。

「新しい仲間ってのは君だったのか」

 少年も同様に驚く。

「君たち、知り合いだったのかい?」

 クリスがふたりの顔を交互に見て訊ねる。

「昨日、中庭であなたと別れたあと、彼と少しお話をしたのよ」

 マリーは答えた。

「そうだったのか、なら話は早い。彼は、ジョー。僕たちの四人目の仲間だ」

 クリスが手をかざして新しい仲間を紹介する。

「俺はジョーだ」

 ジョーと紹介された少年はそう名乗ると、「まさか君だったとは思わなかったよ」と何年かぶりの再会を喜ぶかのような笑顔で右手を差し出した。

「わたしはマリーよ。わたしもあなたが仲間だったとは思わなかったわ」

 マリーはジョーの手を握り返した。

「全くだ」と男の子は快活に笑った。

 この笑顔だ。

 マリーはこの笑顔に助けられたのだ。

 あなたがわたしに勇気をくれた。あなたのおかげで帰ってこられた。とマリーは心の中でジョーという少年に感謝した。そして、この子が仲間であることを心の底から喜んだ。

 マリーがぼんやりジョーを見つめていると、

「こいつは無茶な男なんだぜ、マリー」

 とケンの声がした。

 ケンは、ジョーの肩に手を回し、自慢の友人の武勇伝を語り始めた。

「こいつは、あの高い塀を乗り越えようとしたんだ。君がまだ学園に来る前の話だ。職員や先生の目をかいくぐり、あのそびえ立つ塀を道具も使わずに登ったんだ。無鉄砲な奴だろう」

 ジョーが無鉄砲なのは想像がつくから、マリーは「そうね」と微笑んだ。

「乗り越えようとしたんじゃない。俺はあの塀を乗り越えたんだ」

 ジョーがケンの腕をほどいて言い返した。

「そうなのか?」

 ケンは目を丸くする。

「ああ。俺は塀を乗り越えた。だが、そこまでだった。乗り越えた途端、サイレンが鳴り響いて、職員が駆けつけて来た。俺の考えが甘かった。塀を越えればこっちのもんだと高をくくっていた。向こう側に着地するやいなや、職員どもに取り囲まれて、これだ」

 ジョーは両手を前に出し、手錠をかけられるジェスチャーをしてみせた。

「そうだわ、ジョー。捕まったあと、あなたはどこで、どうしていたの?」

 当然の疑問が湧いてくる。

 マリーがその問いを口にした途端、ジョーの顔が暗くなった。

 仲間の再会にどこか浮かれていた場の空気が急に張りつめる。

「とじ込められていたんだ。ずっとね」

 少し間を開け、ジョーが低い声で答えた。

「とじ込められていたって?」

 マリーは訊き返す。

「どこか、地下室のような場所だ。俺はそこにいた」

 自分も連れて行かれた場所だろうか。きっと学園にはあんな部屋がいくつもあるに違いない。

「そこで俺はベッドに寝かされていた。暴れないように体をベルトで縛り付けられてな」

「まあ……」

「それだけじゃない。俺はそこで毎日、注射を打たれていた。朝と夜の二回ね。打たれると頭がぼんやりして何も考えられなくなる、そんな薬だ」

 ジョーがシャツの袖をまくり上げた。その腕には無数の注射針の跡が赤黒く残っていた。

「ひどいわ」

 マリーは痛々しい傷跡を見ていられず、目をそむけた。

「ああ。この学園は狂ってる」ジョーは捲った袖を戻しながら続けた。「このままじゃ。本当に殺される。そう考えた俺は一芝居打った。反省した振りをした。すっかり改心して、従順で大人しい生徒に生まれ変わったような演技をした。そうしたら解放された。奴ら、俺が本気で更生したとでも思ったのだろう。チョロいもんだ」

 ジョーは減らず口を叩いていたが、相当な苦痛を味わったのだろうと容易に察せられた。それでも学園からの脱出を諦めていないジョーに、マリーは敬意に近い感情を抱いた。

「そんな目に遭わされて、よく無事だったわね、ジョー」

 マリーはしみじみ言う。

「ああ。俺も不思議だった。正直言うと、俺自身、もう終わりだと腹を括っていたからな」

 マリーも同じ気持ちだった。猫目に捕らえられ、拷問されたときには死を覚悟した。よく生きて戻ってこられたものだと、今でも不思議に思う。

「こうは考えられないかな」そこへクリスが入ってきた。「僕たちは何かの実験に使われようとしている。その実験が何かはわからない。おそらく、普通ではない実験だ。普通ではない実験の被験体である僕らもまた普通ではない。たぶん、僕らはとても貴重な被験体なんだ。だから、そう簡単には殺せない」

「そうだわ」

 クリスの言葉を聞いて、マリーは思い出す。

 四人がマリーを見る。

「わたし、聞いたのよ」

「聞いたって、何を?」

 ケンが訊ねる。

「わたしがリンダの部屋に忍び込んで捕まったとき、職員がわたしに向かってこう言ったの。『特別な存在』って」

「と、特別な存在……」

 トミーが言葉につまりながら、マリーの言葉をなぞる。

「なるほど。確かにクリスの話とも符合するな」

 ケンが顎をさすりながら言う。

「ちょっと待てくれよ。俺たちのどこが特別だっていうんだよ。俺たちはどこにでもいる普通の子供だぜ」

 ジョーが両手を広げ、呆れたような声で言う。

 ジョーの言うことももっともだ。自分たちは、何の変哲もないただの子供だ。特別な子供のはずがない。だが、本当にそうなのだろうか。入園した日のパパとママのあの態度。あの日の二人の態度がマリーはずっと引っかかっていた。優しかったパパとママが、あの日、態度を豹変させた。まるで別人のようだった。

 あれは、マリーに何か特別な資質があり、それをこの学園か、あるいはさらに上位の機関に見いだされ、入園を強制されたためではないのか? ふたりはマリーを手放したくなかった。しかし、マリーに生まれつき備わっている特別な性質、それが何かは不明だが、クリスの言う貴重な被験体としての特性があり、やむを得ず、マリーをこの学園に入れたのではないのか? 

 あの、パパとママのいっけん素っ気ない態度は、そのやりきれない思いの裏返しではなかったのか。ママは苦しんでいた。ママはマリーを学園に入れたくなかったのだ。パパはじっと我慢していた。パパはマリーと別れたくなかったのだ。つまり、パパとママはマリーを捨てたわけではなかったのだ。

「だけど、そう考えると辻褄が合うわ」マリーは言った。「わたしたちは、きっと普通の子供ではないのよ。特別な力か、特異な体質か、何かはわからないけれど、普通の子にはない何かがあって、学園はそれを必要としている。学園が行っている恐ろしい実験のためにね」

「つまり俺たちは、とびっきり上等なモルモットってわけか。反吐が出るぜ」

 ジョーは悪態をつき、けっと唾を吐いた。それから、クリスに向き直り、「で、クリス、これからどうするんだ? このまま学園にいいようにされて終わりってことはないよな」と迫った。

「もちろん。既に次の計画を考えている」

 クリスは思慮深い声で答えた。

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