捕縛
その後も、マリーは調査を続けた。
だが、思うような成果は上がらなかった。学園には全身を映すほどの大きな鏡やガラスがない、それ以上の発見はまだない。
いくら目を皿のようにして学園を調べても、昨日とおなじ今日、今日とおなじ明日が続く変わり映えのない毎日から、「普通ではないこと」を探し出すのは容易なことではなかった。
もうすぐ二回目の集会があるはずだった。
なのに、まだ何も見つけられていない。
何もわかっていない。
マリーは焦っていた。もう一度みんなに褒めて欲しかった。自分は役に立つ人間だとみんなに認めてもらいたかった。
そうして、マリーはある決断をした。
仲間の誰もやっていない調査を敢行する。それを持ちかけても、危険すぎるとみんな反対するであろう、その危ない調査をひとりでやることにした。
それは、リンダの部屋の調査だった。
直近で犠牲になったリンダの部屋は情報の宝庫だ。学園の秘密に迫る手がかりが眠っているに違いない。だが、同時に学園にとっても、絶対に知られてはならない秘密の場所であり、厳重に警戒しているはずだ。もし侵入者の存在に気づけば、全力で犯人を探すだろうし、万が一侵入時に発見されようものなら、どんな目に遭わされるかわからない。即刻、リンダとおなじ結末を辿るかもしれない。あるいは、もっと酷い目に遭う可能性もある。
そんなことはマリーにもわかっていた。
それでも、やらないわけにはいかない。危険だからといって手をこまねいていては、いつまでたっても価値ある情報は手に入らない。危険を冒すからこそ、貴重な情報を得られるのであり、逆にいえば、安全な場所から得られる情報などたかが知れている。そんな情報をいくら集めたところで、学園の真相にはたどり着けない。
それに、いまこの瞬間にも危機は着実に迫っている。定期的に生徒が行方不明になる。次は、自分かもしれない。明日、仲間の誰かが消えてしまうかもしれない。それならば、多少の危険を冒してでも、一刻も早く価値ある情報を入手するほうが、長い目で見れば、安全ともいえるのだ。
やるしかない。
ケンは優しいけど、真剣味に欠ける。
トミーは目ざといけど、度胸に欠ける。
クリスは自分に期待してくれている。
クリスの期待に応えられるのは自分しかいない。他のふたりにできないことをやれるのも、自分だけだ。
怖くても、危なくても、自分がやるしかないのだ。
マリーは自室で窓の外を眺めながら、そう固く決意した。
リンダの部屋への潜入は、夕飯後の自由時間に決行することにした。この時間帯は、多くの生徒が自室にこもっており、職員だけでなく、ほかの生徒と鉢合わせする可能性も一日の中で最も低い。これはクリスたちにも内密な行動だ。彼らとの接触も避ける必要があったのだ。
「マリー」
決行の日、午後の授業が終わったあと、廊下を歩くマリーに、クリスが声をかけてきた。
学園に悟られないよう、日常生活では仲間同士の交流はなるべく控えるようにと、そう決めたのは他ならぬクリスだ。そのクリスが声をかけてきたので、マリーは何かあったのかと身構えた。
が、それは態度には出さず、「どうしたの、クリス?」とあくまでクラスメイト同士の他愛のない会話を装い訊ねた。
「いや……」
クリスにしては珍しく、歯切れが悪い。
「何かあった?」
マリーは声を潜めた。クリスが、物置小屋で見せる、「裏の顔」で接してきたからだ。
「何でもない」
クリスはなおも、はっきりした答えを返さない。
これ以上ふたりが廊下で向かい合っていたら、職員たちに不審がられるかもしれない。
そう考えたマリーは、「それじゃ、クリス。わたしは部屋に戻るわね」と話を切り上げ、クリスに背を向けた。
「あまり無茶はするな」
立ち去るマリーに向かって、クリスがそう投げかけてきた。
マリーが振り返ると、クリスはすでに反対方向へ歩き出している。その背中を眺めながら、マリーは思う。
まさか、今日リンダの部屋に忍び込もうとしていることに、クリスは気づいているのだろうか。
いや、そんなはずはない。当然、誰にも喋っていないし、それらしい素振りも見せていない。恐らく、調査に行き詰まり、焦りが顔に出ていたのだろう。そして、そのことを諫めに来たのだろう。
……が。
クリスの言葉にマリーは迷い始めた。あるいは、自分は功を焦っているだけなのだろうか。冷静さを失っているのだろうか。やはりひとりでの潜入は控えるべきなのだろうか。
『行かないで……』
思い悩むマリーの脳裏に、リンダの声が唐突に蘇った。
そうだ。学園はリンダを殺した。その現場を自分はこの目で見ている。実験室でリンダを見捨てて逃げたこと、その罪悪感はいまでもマリーの胸にしこりのように残っている。彼女の仇を討つためにも、学園の秘密に迫らなければならない。きっと、リンダは何か手がかりを残してくれているはずだ。生き残った自分がそのメッセージを受け取らなければならないのだ。
マリーは迷いを追い払い、決意をあらたにして廊下を歩き出した。
夕飯が終わり、そのときがやって来た。
今日は入浴日ではないから、ほとんどの生徒が自室で就寝までの時間を過ごしている。夕暮れの生活棟に人の気配はなく、秘密の行動を起こすにはもってこいだった。
マリーはいったん自室に戻り、しばらく時間を置いてから、再び廊下へ出た。
廊下はがらんとしている。これなら、誰にも見つからず、リンダの部屋までたどり着けそうだ。
マリーは足音を忍ばせ、リンダの部屋に向かった。
まだ陽は落ちていない。高い窓から夕日が差し込み、廊下を橙色に染めている。その暖かな色合いは、かえって廊下の寂しさを際立たせていた。
目論見通り、誰とも顔を合わせることなく、リンダの部屋までたどり着くことができた。
マリーは、ドアの取っ手に指をかけて横へ滑らせた。
個室に鍵はつけられていないのだが、誰かの侵入を警戒し学園が閉鎖しているのではないかとも考えていた。しかし、その心配は無用だったようだ。
ドアを開けると、マリーはためらうことなく中に入った。
部屋の中は、手つかずのままだった。
ベッドの布団はめくれ上がり、床には洋服が散らばっている。机の上には、図書館からもってきたと思われる本、リンダの私物らしき文房具、ノートが雑然と置かれている。
何かある。
いまでもリンダが生活しているかのような室内を目にしたとき、マリーはそう直感した。
まずは室内の大半を占めるベッドから調べる。布団に手をかけ、そっとめくる。白いシーツには、汗だろうか、染みような黄色い跡がついていた。清潔とは言いがたいが、特に変わったところはない。
続いて机を調べる。机の上は古い人形、短いエンピツ、丸めた紙切れ、使いかけの消しゴムといったガラクタが散らばっている。雑然とした様子はリンダらしいといえばリンダらしいが、持ち主を失ったいまとなっては、帰らぬ人をじっと待ち続けているようで不気味でもある。
マリーは机の上のものをひとつひとつ手に取り点検する。ノートをパラパラめくる。おかしな点はない。消しゴムにも、人形にも、エンピツも変わったところはない。
机のはしに、埃を被った小さな木箱があった。手前に引き寄せ、蓋を開けるてみる。
いきなり音楽が鳴り出した。ただの小物入れかと思ったら、オルゴールだったらしい。
マリーは驚き、蓋を閉めた。
音楽は止まった。
ふうと息を吐き出し気持ちを沈めてから、オルゴールを元の場所に戻した。
そこで、気になるものが目に入った。
ぬいぐるみだ。
小さな子供をかたどったもので、背中には羽が生え、頭の上に黄色い輪が載っている。絵本などで見たことがある、天使のぬいぐるみだ。
お転婆のリンダも女の子だ。ぬいぐるみのひとつやふたつ持っていても不思議ではない。だが、このぬいぐるみは、どうもリンダには似つかわしくない。まるで、このぬいぐるみだけ誰かが置いていったかのように部屋に馴染んでいない。
マリーは、ぬいぐるみを手に取り、じっと見つめる。そっと裏返した瞬間、背中の羽がぽろりと落ちた。
「あっ」とマリーは声を出す。
どうやら、羽がもげていて、無理やり差し込まれていただけのようだった。
マリーは慌てて床に落ちた羽を拾い上げ、ぬいぐりみの背中に押し込んだ。とりあえず、元通りになったことを確かめると、慎重に机の上に戻しておいた。
机の上にはほかに気になるようなものはない。
マリーは部屋の中をぐるりと見回す。
まだ調べていないのは、クローゼットくらいだ。
マリーはクローゼットの前に立ち、扉を開けた。
内部が露わになると、マリーは悲鳴を上げそうになった。
空っぽのクローゼットの中に、クレヨンで描かれた何枚もの絵が貼り付けてある。
どれもこれも、恐ろしい絵ばかりだった。
真っ赤な空。
燃えさかる街。
逃げ惑う人々。
いくつもの死体。
これでは、まるで、まるで……
「夢と同じ」
マリーがそう呟いたとき、「何をしている!」という怒鳴り声が聞こえてきた。
マリーは驚き、ゴムまりのように飛び上がった。
部屋の戸口に、猫目の職員が立っていた。




