最初の集会
その日、図書室の奥の本棚の、上から二段目の棚に、集合を知らせる本が入っていた。
マリーはこのときを心待ちにしていた。
今日の午後、例の物置小屋で秘密の集会が開かれる。
ようやく自分が発見した重大な事実をみんなに伝えることができる。
クリスは喜んでくれるはずだ。ケンも感心するだろう。あのトミーも自分のことを見直すかもしれない。
マリーは胸を弾ませ、本棚から本を取り出した。
この本、それ自体が、学園の大いなる秘密の扉を開くためのキーのようにも思え、マリーは胸の前でゆっくり抱きしめた。
そのとき、肌に突き刺さるような鋭い視線を感じた。
マリーは顔を上げ、図書室の中を見回す。
入り口付近に、いつも園長先生の隣にいる猫目の職員がいた。
猫目は腕を組んで壁にもたれかかり、無遠慮にマリーのことを見ている。
気づかれてしまったか。
その考えもよぎったが、すぐにそれはないと思い直した。
職員たちに気取られることのないよう細心の注意を払って調査しているし、大きなヘマもしていないはずだ。いまだって、ただ図書室で本を見ているだけで、何も不審がられるようなことは何もしていない。それに、この猫目の職員に限っては、マリーだけでなく他の生徒のことも異様な目つきで見つめていることがよくあったからだ。
気にすることはない……。
そう自分に言い聞かせる。
しかし、いくら言い聞かせても、なかなか気持ちは落ち着かない。
平静を装い、パラパラと本をめくる。
そうしていると、ふいに猫目の視線が消えた。
マリーはちらりと見る。
猫目はまるで本物の猫が気まぐれを起こしたかのように、どこかに行ってしまっていた。
猫目がいなくなると、マリーは安堵よりも、彼の奇行に何やら狐につままれたような気持ちになった。
その日の午後、マリーは、はやる気持ちを抑えて、中庭の隅にある物置小屋を目指した。
小屋の前にはまたペイジが立っていた。
マリーに気づくと、ペイジは後ろ手で小屋の扉をノックした。扉がガタガタ音を立てて開き、中からクリスが顔を覗かせた。
「やあ、マリー」
クリスが朗らかな声で迎えた。
「こんにちは、クリス」
マリーも笑顔で答えた。
「さあ、早く、中へ」
クリスに促され、マリーは小屋に入った。
扉が閉まる前に、ペイジに向かって、「ありがとう、ペイジ」とお礼を言った。
が、ペイジは仕事に忠実な守衛のように正面を向いたまま何も答えなかった。
中に入ると、すでに、ケンもトミーも来ていた。
「やあ、マリー」とケンが声をかける。
トミーはおざなりに会釈するだけだった。
「こんにちは、ケン」とマリーはケンには明るく、「それからトミーも」とトミーには遠慮がちに挨拶をして、近くの木箱に腰掛けた。
「さあ、全員集まったところで、今日も集会を始めよう」
クリスが開会を告げる。
「その前にひとつ訊いてもいいかしら?」
マリーが割って入った。
「どうかしたんだい、マリー?」
クリスが訊き返し、ケンとトミーもマリーに顔を向ける。
「ペイジのことをまだ聞いていなかったわ。彼女はどうしていつも小屋の前に立っているの?」
「そうだね。まだペイジのことを話していなかったね」
「ええ」
「彼女はああして、見張り役を買ってくれているんだ」
「彼女も仲間なの?」
「多少、特殊な立場ではあるけれど、そう考えてもらっていい」
「なぜ、彼女はわたしたちに協力してくれるの? 彼女は学園の職員でしょう」
「彼女も被害者だからだよ」
「被害者ってどういうこと?」
「うん。君も知ってのとおり、彼女はこの国の人ではない」
「ええ」
「彼女は外国から無理やりここに連れて来られたんだ。労働力としてね」
「無理やりですって?」
「ああ。僕も詳しいことはわからないんだけれど、彼女から断片的に聞いた話によると、ある日、町に買い出しに行った帰り、男に攫われ、船で運ばれ、この国まで連れて来られたんだそうだ」
「そんな……」とマリーは目を伏せる。「それって犯罪じゃない」
「そうだ犯罪だ」
「そんなことが許されるはずがないわ」
「だが、彼女はそうやってこの学園にやって来た」
クリスの声に憤りが滲む。
クリスの話を聞き、マリーは暗澹たる気分になった。
ペイジは、きっとどこかの平和な国の小さな村で家族とともに穏やかに暮らしていたのだろう。それなのに、突然、人攫いに攫われ、海を越えてこんな場所まで連れてこられた。そうして、この学園で牛や馬のように働かされている。
そんな悲惨な目に遭いながらも、彼女は文句ひとつこぼさず、学園の命令に従っている。園長先生に叱られても、他の職員から軽んじられても黙々と働いている。単なる諦めなのか、学園に抑えつけられているだけなのかわからないが、彼女の境遇を思い遣ると、マリーは張り裂けそうなくらい胸が痛んだ。
「だから、当然、彼女も学園にはいい感情を持っていない。それどころか、憎んでいる。それで僕は彼女を誘ってみた。僕たちのやろうとしていることを彼女にも教え、協力を要請した。そして、彼女はそれに応じてくれたというわけさ」
「そうだったのね……」事情を理解したが、同時にひとつの疑問が湧いてくる。「だけど、彼女には言葉が通じないじゃなかった?」
マリーは訊ねた。
「僕は彼女と意思の疎通を図ることができる。恐らく君もできるはずだよ」
クリスは言ったが、マリーは首を捻った。
「私が? ペイジと?」
「そうだ」
「できるわけがないわ。いえ、できなかったのよ」
学園に入った日、マリーは荷物を運んでくれたペイジに話しかけた。だが、彼女には通じなかったのだ。
「いや、できるはずだ。今度は、頭を空っぽにして、心の声で話しかけてごらん。きっと通じるはずだから」
クリスはそう断言した。
だが、マリーにはよくわからなかかった。
心の声? 何だそれは?
「おれはダメだった」
ケンが口をはさんだ。
「それにこいつもな」
そう言って、トミーを指差し「どうやら一部の人間にしかできないらしい」と付け加えた。
雲を掴むような話にマリーは理解が追いつかない。だが、クリスによれば、自分はペイジと意志疎通できるらしい。心の声で話せばそれが可能だという。やり方もよくわからないし、自分にそんな力があるとも思えないのだけれど、クリスがそう言うのであらば、今度試してみよう。マリーは、ペイジの心に触れたかった。悲惨な境遇に身を置きながら、懸命に生きているペイジをほんの少しでも勇気づけたいと、純粋に思ったのだ。
「僕はペイジも助けたいと思っている」クリスが言った。「彼女は生徒ではないから僕たちとは事情が違うが、学園の被害者であるということには変わりがない。僕は、生徒だけでなく、学園に虐げられている人間全員を助けたいと思っている」
熱のこもった声でクリスが言うと、「ええ、そうすべきだわ」とマリーも迷わず同意した。
「そのためには、一刻も早くこの学園の秘密を解明しなければ」
「そうね」
「よし、それじゃ、改めて集会を始めよう。僕たちだけでなく、ペイジを助け出すためにもね」
クリスは再び開会を宣言し、マリーたちは深く頷いた。
「君たちの中に、この数日のあいだで何か発見した人はいるかい?」
手始めにクリスはそう訊ね、三人の顔を順に見回した。
ケンは首を横に振った。
「ざ、残念ながら」
トミーも申し訳なさそうに答えた。
「マリーは?」
クリスが訊く。
「ええ、少し気になることがあったわ」
マリーは少し間を置いてから答えた。
三人の視線がマリーに集まる。
「何があったんだい、マリー?」
「重要なことなのかどうか、わからないんだけど……」
新参者のマリーは、一応断りを入れた。
「かまわない。何でも話してくれ」
「それじゃ話すわね。わたしは、あなたたちに言われたとおり、あれから毎日、身のまわりをよく観察したわ。教室、廊下、浴室、お手洗い、目に入る場所はすべて。そして、ひとつ気になることを発見したの」
「うん」
クリスが相槌を打つ。
「最初におかしいと感じたのは、窓よ」
「窓のどこがおかしいんだい?」
「やけに高い場所にあるの。あんな高い位置にあっては、窓から外を見ることができないわ」
「採光のためかもしれない」
「それにしては、十分な効果が出ているとは言えないわ。だって、学園の中はどこも薄暗いんですもの」
「確かにそうだ」
「それだけじゃないわ。学園のガラスは、磨りガラスって言うのかしら、曇ったガラスばかりなのよ」
「僕たちに外を見せないようにしているってことかい?」
「それはおかしいわ。なぜって、わたしたちは校舎から敷地内に出ることができるのよ。窓の外を生徒に見せないようにする必要はないわ」
「じゃ、外から中を見えないようにするため……?」
「それもおかしいわ。中から外を隠す必要がないように、外から中を隠す理由もない。ここが世の中から隔離された場所だと言ったのはあなたたちよ。部外者が入って来られない以上、外から中を見えないようにする必要もないわ」
「それじゃ、いったいなぜそんなことをするのだろう?」
「まだ話は終わりじゃないの。もう一つ気づいたことがあるの。窓の話と関連することよ」
「今度は何だい?」
「この学園にはあって当然のものがないの。どんな建物にも、どんな家にもあるはずのものが、ひとつもない」
「それは?」
「鏡よ」
「言われてみればそうだ。確かにこの学園には鏡がない。それと窓の話がどう繋がるんだい?」
「鏡と窓、ふたつには共通点があるわ」
「その共通点は?」
「鏡も窓のガラスも物を写すでしょう。それがない。つまり、この学園にはわたしたちの姿が映るものがないのよ」




