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仲間入り

「それはできないんだよ、マリー」

 クリスが答えた。

「なぜ? お手紙を出すことも、外出することも認められているって聞いたわ」

 学園に来た日、車の中でママがそう教えてくれた。

「う、嘘だったんだ」

 トミーが答えた。

「嘘?」

 マリーは目を見開いた。

「ああ。学園がママやパパにそう吹き込んだのさ」ケンが答えた。「俺たちはこれまで何度も手紙を出している。パパやママ、親戚に友だち、近所の人にまでな。でも、返事が来たことは一度もない。もちろん、学園がやばいことやってるなんて一言も書いていない。ただ、会いに来て欲しいってそれだけ書いた手紙だ。でも届かない。学園の奴らが出さずに捨ててるんだ。外出申請だって何度もしている。けど、認められたことはないし、実際に外に出たっていう話は一度も聞いたことがない。そもそも外出なんて認められていないんだよ」

「他に外と連絡を取る手段はないかしら?」

 マリーが食い下がると、ケンは「ないね」と即座に否定した。「電話なんてものは学園のどこにもない。もしかしたら、職員室にはあるかもしれないけど、どうやって使うんだ? 職員室に忍び込むなんて不可能だ」

「それだけじゃない。僕たち外の世界から、物理的にも隔離されている」

 クリスが付け加えた。

 学園のまわりをぐるりと取り囲む高い塀のことを言っているのだとマリーは察した。

 あの壁は部外者の侵入を防ぐと同時に中の生徒が外に出られないようにしている。つまり、自分たちはあの高い壁によって、完全に学園内に閉じ込められているのだ。

「俺たちはカゴの中の鳥ってわけさ」

 ケンは戯けた口調で言い、両手をぱたぱたさせて鳥の真似をした。

「あの塀を乗り越えることはできないかしら?」

 マリーは無理を承知で訊ねてみる。

 その問いかけに、再び、三人の表情は曇る。

「それもすでに試している……?」

 三人の反応からそう思ったマリーは訊ねた。

「そういうことだ」

 ケンがふざけるのを止めて答えた。

「何があったの?」

「さっき言っただろう」ケンに代わってクリスが答えた。「僕たちにはもう一人、仲間がいたって。彼は、僕たちが止めるのも聞かず、塀を乗り越えようとした。彼はとても運動神経がよかったからね。だが、失敗した。彼は学園に捕らえられ、いまだ行方不明のままだ。その件があってから、有刺鉄線や監視カメラが取り付けられ、警備はずっと厳しくなっている。もはや、塀を乗り越えて脱出するなんて不可能だ」

「そうだったの……」

 マリーは暗い声で答えた。本当に自分がカゴにとじ込められた鳥にでもなったようで、息が詰まるほどの圧迫感を覚えた。

「それに考えてごらん」クリスが続けた。「仮に、パパやママと連絡を取ることができたとして、彼らが僕たちの話を信じると思うかい?」

「どういうこと?」

「学園は僕たちを使って人体実験を行っている。だから、学園から出してほしい。いきなりそんなことを言って、真に受けると思うかい?」

「だけど、事実をきちんと話せばわかってくれるはすよ。だって、パパやママは家族なんだもの」

「それだけじゃないんだよ、マリー。もっと悪い可能性も考えられる」

「もっと悪い可能性って?」

「パパやママがこの事実を知っている可能性がある」

「まさか!」

 クリスの言葉にマリーは思わず声を張り上げた。

『ロイタース』で恐ろしい実験が行われている、それを知った上でパパとママは自分を入れたというのか?

 信じられない。

 信じたくない。

 だが……。

 学園に連れてこられたあの日、ママは車の中でこう言った。

『仕方ないのよ』

 あのときの何かを諦めたかのようなママの表情は何だったのだ。

 何かから目をそむけようとするパパの振る舞いは何だったのだ。

 あの日のふたりの様子と、クリスの話とは、矛盾しない。いやむしろ、整合している。

「そんな……」

 マリーは足もとの一点を見つめたまま呟いた。

「マリー、これもあくまで可能性だよ。まだ、そうと決まったわけではない」

 クリスが慰めるように言った。

 が、マリーの気持ちは沈み込んだままだった。パパとママは、自分のことを捨てただけじゃない。人体実験の被験者としてこの学園に送り込んだ。学園が危険なところだと知って、マリーが殺されると知って、ここに入園させた。

 クリスは可能性に過ぎないだと言う。

 けれど、その可能性がわずかでも存在するという事実が、マリーの心をどこまでも深く沈めるのだ。

「だから、マリー」落ち込むマリーに、クリスが励ますように語りかける。「僕たちのやるべきことは三つだ。まずはこの学園で何が行われているかを突き止める。次に、脱出方法を見つける。そして最後に、外の世界の信頼できる人間、例えば、警察や新聞記者に、この学園の真実を伝えて、助けを求める。それが僕たちがやるべきことだ。そのために僕たちはここに集まった。そして、マリー、君にも僕たちの仲間に入ってほしい」

 クリスは最後に口調を和らげて言った。

 仲間に勧誘しているというより、『一緒に遊ぼう』と誘っているような言い方だった。

 マリーはクリスの顔を見て、それから、ケン、トミーへと順に視線を移した。

 学園の秘密を明らかにする。そして、外に出てその事実を公表し助けを求める。

 自分も仲間に加わって、手伝いたい。

 そして、パパとママに本当のことを訊きたい。

 なぜ、こんなところに入園させたのか?

 パパやママは学園のことを知っていたのか?

 それを訊ねたい。

 だが、その一方で冷静な声も聞こえてくる。

 そんなことが自分にできるのか? 

 自分は小さな子供だ。

 力のないただの女の子だ。

 クリスがいう「やるべきこと」を自分にできるのか?

「君はリンダのことを憶えていた。君は選ばれたんだよ」

 迷うマリーにクリスが言った。

 冷たいベッドに横たわっていたリンダの姿が蘇る。

『行かないで、マリー』

 部屋から逃げ出す前、幻聴でも聞き間違いでもない、確かにそう言うリンダの声が聞こえてきた。

 リンダは嫌な子だった。意地悪ばかりする子だった。それでも、『ロイタース』に閉じ込められた同じ学園の生徒だった。わかり合えることはなかったけれど、同じ境遇に追いやられた同輩だった。

 そのリンダは、この学園に殺された。何も知らないまま、何かの実験に使われ、殺されてしまった。いや、リンダだけではない。名前も顔も知らない数多くの生徒たちが同じように殺されていった。リンダのためにも、そして、死んでいった大勢の生徒たちのためにも、リンダのことを憶えている自分が、学園に立ち向かわなければならないのだ。

「わかったわ、クリス。わたしもあなたたちの仲間になるわ」

 クリスの言葉が決め手となり、マリーは決めた。

「そうか、やってくれるか」

 クリスは表情を明るくして言った。

「で、でも、彼女は僕たちの、あ、足手まといには、な、ならないか」

 そこへ、横からトミーが酷く言葉を詰まらせ、口を挟んだ。

「そんなこと言うなよ、トミー」

 まとまりかけていた空気をぶち壊すトミーをケンが諫めた。

「だ、だけど、ぼ、僕たちはとても危険な相手と戦っているんだ。た、たった一人のヘマで僕たち全員が危ない目に遭う可能性がる。い、いや、下手すれば消されてしまうんだ。こ、こんな女の子が役に立つとは思えない。か、彼女が何か失敗して、そのせいで僕たちのことが学園にバレでもしたらどうするんだ? こ、これまでの努力が水の泡になってしまう。け、消された生徒だって浮かばれないし、それにあいつだって……」

 トミーが辛そうな顔をした。

「トミーの言うことにも一理ある」

 クリスがトミーの意見に迎合し、マリーは驚き彼を見る。

「マリーが役に立たないということじゃないよ。僕たちがいまどれだけ危険な状況に置かれているかってことがだ」

 しかし、すぐにクリスが言い添えたので、マリーはそっと胸をなで下ろした。

「彼女だけじゃない。僕たちはみんな非力だ。非力な子供だ。そんな僕たちが、この学園と戦わなければならないんだ。そのためには仲間は一人でも多いほうがいい。非力な僕たちだからこそ、信頼し合える仲間が必要なんじゃないのか、トミー?」

 クリスがトミーに迫ると、トミーは黙り込んだ。

「そのとおりだぜ、トミー。この学園が異常だってことに気づいているのは俺たちだけなんだ。俺たちだけでこの学園と、ここにいる大人たちに立ち向かわなきゃいけない。仲間は多い方がいいに決まってるじゃないか」

 ケンもクリスに続いた。

「それに僕は、マリーが力にならないとは思わない。きっと彼女は僕たちの役に立ってくれる。そんな予感がするんだ」

 クリスが付け加えた。もちろん、トミーのように悪し様に言われるのは気分のいいものではないけれど、こう持ち上げられると、それはそれで面はゆくなる。

「とにかく彼女には僕らの仲間になってもらう。異論はないね、トミー」

 クリスが確認した。

 トミーは渋々といった感じでうなずいた。

「よし、決まりだ。いまから、マリーは僕たちの仲間だ」

 クリスがあらためてそう告げると、ケンは「よろしくな、マリー」と明るい声で迎え、トミーは、「よ、よろしく」とだけ返した。

「これからは毎日が調査だ。食事のときも、授業中も、自由時間も、常に周囲を注意深く観察し、『何か』を発見するんだ」

 クリスが言った。

「『何か』って?」

 マリーは訊いた。

「何でもいい。君が気になったこと、変だと感じたこと、違和感を覚えたこと。それを見つけるんだ」

 調査というから、もっと具体的な指示があるのかと思ったのだけれど、ずいぶんと漠然としている。

「よくわからないわ」

「大丈夫。君ならきっと見つけられる。君が奇妙に思ったこと、不思議に感じたこと、疑問に思ったこと、それが学園の秘密を解く鍵になるんだ」

 いまだピンとこないが、とににかく、周囲の状況をよく観察すればいいらしい。そうして、日常に潜む小さな異変を拾い上げるばいいのだという。

「言うまでもないことだけれど、僕たちの行動は学園に気づかれてはならない。職員にも先生にも悟られないよう、さりげなく、自然に、行動するんだ。わかったね」

 クリスが念を押し、マリーは頷いた。

「そして、君が見つけたことや、僕たちが気づいたことは、定期的にここに集まって報告し合う。情報の共有だ。その情報をみんなで分析し、そこから推論を組み立て、学園の秘密に迫る。それが僕たちの任務だ。集会の日は、この本で知らせる」クリスはマリーも知っている有名な本を取り出した。「この本を、図書室の一番奥の本棚の上から二段目の棚に入れておく。それが合図だ。この本を見つけたら、その日の夕方、ここに来てくれ」

 クリスが本の背表紙をマリーに見せた。

「わかったわ」

 マリーは答えた。

「よし。僕たちでこの学園の秘密を暴いてやろう」

 最後にクリスが檄を飛ばすと、三人は「そうね」、「ああ、やってやろう」、「か、かならず」とそれぞれが応じた。

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