クリスの話
「それで、この学園では何が起こっているの? リンダはどうなったの? 消えた生徒はどうなるの? 学園の秘密っていったい何なの?」
マリーは息継ぎもしないで訊ねた。
「僕たちはこの学園の秘密を探っている。だけど、わかっていることは少ない。と言うより、監視が厳しくて、思うように調査が進められないっていうのが実情だ」
クリスの答えた。
その答えにマリーが小さく肩を落とした。
どうやら彼らもこの不可解な状況の全貌はつかめていないらしい。
「僕たちにわかっているのは、まず、定期的に生徒が行方不明になるということ。ただし、定期的といっても明確な決まりがあるわけではない。ある程度のサイクルがある、というだけだ。それから、生徒が行方不明になったあと、残された生徒たちは、消えた生徒ことを忘れてしまうということ」
クリスは事実を整理するように語り、最後にこう付け加えた。「そして、行方不明になった生徒はあの部屋に運ばれるということ」
あの部屋。
リンダが寝かされていた、機械だらけの異様な部屋。
「あの部屋はいったい何なの?」
マリーは訊ねた。
クリスは首を振った。
「それを調べるため、僕は今日あの部屋に一人で潜入していた」
「一人で潜入? あんな危ない場所へ?」
ひっかかりを覚え、マリーは思わず訊き返した。
「うん。僕は、今日警備が手薄になることを予め知っていたからね」
クリスはきっぱりと答え、「そこへ、きみが偶然現れたといういうわけさ」と言い加えた。
「き、きみはあの部屋に入ったのか? む、無茶をする」
クリスの言葉に、痩せたトミーが非難めいた声で言った。初めて彼の声を聞いた。どうやら彼は吃音症らしかった。
「リンダを探しているうちに迷い込んでしまったのよ」
マリーは弁解するように言った。
「見かけによらず大した勇気だな」
一方、太っちょのケンのほうは愉快そうにマリーを褒めた。
「君が助かったのは、ほとんど奇跡といっていいレベルの幸運だったんだ」
クリスの言葉に、マリーはいまさらながらぞっとした。
もしクリスがいなかったら。
もしあのとき巨人に捕まっていたら。
想像しただけで気を失いそうになる。
「あの部屋でいったい何が行われているのかしら……」
マリーは独り言のように呟いた。
「正確なところはわからないんだが……」
クリスが気になる言い方をした。
「何かわかっていることがあるの、クリス?」
マリーは身を乗り出して訊ねた。
「いや、もしかしたら、という推測があるだけさ」
「何でもいいわ。あなたの考えを聞かせて」
「うん」と頷き、クリスは腕を組んだ。「僕はあの部屋で何かの実験が行われているのではないかと考えている」
「実験?」
「うん。君も見たろ、あのずらりと並んだ機械や器具、それに大量の薬品を」
あの部屋には機械や薬の入った瓶が並び、真ん中に手術台のようなベッドがあった。確かに、何かの実験が行われているというクリスの推論は、しっくりくる。
「そうね、言われてみれば、実験室のようにも見えたわ。なら、いったいどんな実験が行われているのかしら」
「これもあくまで推測なんだが」
「ええ」
「あの部屋では実験が行われている。そして、行方不明になった生徒はあの部屋に運ばれる。そのふたつから導き出される答えはひとつ……僕はあの部屋で人体実験が行われているのだと思う」
「人体実験? そんなことが行われているっていうの? この学園で、わたしたちを使って?」
マリーが青白い顔で詰め寄った。
クリスはこくりとうなずいた。
「そんな……人体実験だなんて、そんなことが……あるはずないわ……」
クリスの衝撃的な台詞に、マリーは声を震わせた。
「その可能性が高いんだ」
「いや、信じられないわ」
マリーは首を振って、クリスの言葉をはねのける。
人体実験。そんな残酷なことが現実に行われ、そして、それに自分が巻き込まれそうになっている。そんな話を、簡単に受け入れられるはずがなかった。
「信じたくない気持ちはわかるよ、マリー。だけどね、人体実験なんて決して珍しいものではないんだ。人はこれまで幾度となく、むごたらしい人体実験を行ってきた。闇に魅入られた科学者は枚挙にいとまがない。科学の進歩のため、あるいは、自らの名誉ため、人はたやすく闇に吞み込まれてしまう。この学園はそんな連中が作った実験施設なのではないか、とぼくは考えている」
クリスは、彼自身が闇に吞み込まれてしまったかのような、つかみどころのない表情で言った。
「いまから話すことは、過去、実際に行われた人体実験の話だ。図書館にある本で読んだ」
「いまその話をする必要があるの?」
マリーは訊ねた。
「君たちにも知っておいて欲しいんだ。僕たちがいまどれほど危険な立場に置かれているかを理解するためにもね」
クリスは小屋の真ん中に移動し、まるで難解な講義をする教授のように話し始めた。
「最初は、蘇生に関する人体実験の話だ。一八世紀、ある物理学者が生体電気という現象を発見した。電気を流すと、筋肉が動くというものだ。この発見に目をつけた科学者がいた。彼は、生体電気を使えば死者を蘇らせることができるのではないかと考えた。自らの理論を立証するため、彼は夜な夜な死体に電気を流し続けた。しかし、死者が蘇るなんてことが起こるはずがない。失敗を重ねるうちに、彼は蘇生には死体の鮮度が必要だと考えるようになった。そして、ついに彼は自分の妻を殺害した。殺しても生き返らせることができると本気で信じていたからね。しかし、妻は生き返らなかった。当たり前だ。それでも彼は諦めなかった。やがて無関係な人間にまで手をかけ始めた。彼が殺人罪で逮捕されたとき、彼の実験の犠牲になった被験者は、百人を超えたといわれている」
そこで彼は一息入れた。
「あの部屋のベッドに横たわっていたリンダの姿を見ただろう、マリー。あれはリンダを生き返らせるための実験だったのではないか? 死んで間もないリンダを蘇生させようとしていたのではないか? いや、それどころか、蘇生させるためにリンダを殺したのではないか? そうは考えられないか、マリー?」
クリスが迫った。
「わ、わからないわ……」
マリーは答えた。
怯えるマリーをよそにクリスは話を続けた。
「他にもある。これも図書室で読んだ本に載っていた。ある施設で、リケッチア菌による感染症を治療するための人体実験が行われた。リケッチア菌はツツガムシを媒介に感染する。その施設では、精神病の患者を治療と称して無理やり入院させ、ツツガムシを使って意図的にリケッチア菌に感染させた。さらに恐ろしいことに、この施設で研究されていた治療法そのものが誤っていたんだ。結果、何人もの患者が感染症で命を落とすことになった……これと同じことがこの学園でも行われているのではないか? 未知の病原菌の治療法を研究していて、僕たちは気づかないあいだにそれを接種させられているのではないか? リンダはそのせいで死んだのではないか? ええ、君たちはどう思う?」
クリスが三人をぐるりと見回した。
三人は黙り込んだままだった。
さらにクリスは続ける。
「他にも考えられる可能性はある。これも、かつて実際に行われた実験だ。ある国で大きな戦争が起き、輸血に必要な血液が不足した。そこで、一人の科学者が海水から血液を作ることを思いついた。彼は血液と同じ塩分濃度に調整した海水を、人工血液として被験者に注入した。結果は明らかだ。被験者は拒絶反応を起こし即死した。それでも彼は自身の理論の正当性を主張し続け、一年以上もこの実験が続けられた。結果、何十人、いや、何百人もの人命が奪われた。それだけじゃない。その科学者は臓器まで作ろうとした。豚の腎臓を培養して作った不完全な人工臓器を健康な捕虜に移植したんだ。当然、こんな実験がうまく行くはずもなく、この実験で少なくとも五百人の捕虜が命を落とした言われている。これと同じことが学園で行われているのではないか? 人工血液や人工臓器の研究が進められていて、僕たちに移植しようとしているのではないか? リンダは何本もの管に繋がれていた。まさにリンダには人工血液が注入されていたのではないか?
まだまだこんなものじゃない。恐らくこれが人類史上最も残酷な実験だ。しかも、驚くべことに、この実験が国家主導で行われたんだ。人口減少が問題になったある国で、人工的に双子を増やす計画が持ち上がった。任務に当たった科学者たちは、何組もの双子を連行し、さまざまな実験を行った。双子が生まれるメカニズム、人為的再現性の検証から始まった研究はやがて、臓器の交換、四肢の付け替え、挙げ句の果てには、双子の結合手術にまで至った。これとおなじくらい残酷な実験が、国家の命によって、この施設で行われているんじゃないか? まだある……」
「もういいよ」取り憑かれたように話し続けるクリスをケンが制止した。「聞いているだけで、気分が悪くなる」
ケンが吐き捨てると、クリスははっとして、口をとじた。
「すまない。さすがにお喋りが過ぎたようだ」
「そんな恐ろしいことがこの学園で行われていると言うの……?」
クリスの話を聞き、マリーは血の気が引いていくのがわかった。両手が冷たくなっている。
「怖がらせてすまない、マリー。いま話したことはあくまでも可能性だ。いくつもある可能性のね。それに、いまの話だと説明のつかないことがある」
クリスが言った。
マリーは顔を上げ、答えた。
「なぜ残された生徒たちは行方不明になった生徒のことを忘れてしまうのか、その説明がつかないわ」
「そうなんだ」
クリスが人さし指を立てた。
「なるほど。クリスが彼女を連れてきたのもわかる」
ケンが感心したように言った。
トミーは面白くなさそうに鼻を鳴らすだけだった。
「マリーの言うとおり、僕の推理だけでは状況を完全に説明することはできない。なぜ、僕たち以外、行方不明になった生徒のことを忘れてしまうのか、それがわからない」
「そこなんだよなあ」とケンは腕を組んだ。
「決定的なピースが欠けているのか、あるいは根本的に何か間違っているのか……」
クリスは難しい顔で呟いた。
「ところで、クリス。このことをパパやママ、いえ、外の人に知らせて、助けを求めることはできないの?」
マリーは訊ねた。もし本当にそんな恐ろしいことが行われているのだとしたら、自分たちにはどうしようもない。自分たちは子供だ。非力で脆く、か弱い存在だ。これは、大人に任せるべきだ、いや、大人が対処すべき事態だ。
マリーの当然の問いかけに、三人の表情が曇った。




