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ケンとトミー

 マリーとクリスは学園の奥にある秘密の部屋を抜けだし、息を殺して職員室の前を通り過ぎ、暗い廊下を渡って、学習棟を出た。

 中庭で新鮮な空気を思い切り吸い込むと、マリーはようやく張り詰めていた緊張をほどいた。

「あの部屋はいったい何なの? あなたはあそこでなにをしていたの? それに……それに、リンダはどうなってしまったの?」

 マリーは矢継ぎ早に訊ねた。

「落ち着くんだ、マリー」

 クリスがマリーの両肩に手を乗せた。

 マリーは口を噤んだ。

「全部、話すから、これからぼくと一緒に来てくれないか?」

 クリスがいきなり誘い、マリーは目をぱちぱちさせた。

「行くってどこに?」

「来てくれれば、わかる」

「でも……」

「心配しなくても大丈夫。僕を信じて」

 クリスがマリーをまっすぐ見つめて言った。

「本当なの……」

 マリーがさらに確認すると、クリスは何も答えずにっこりと笑い、そのまますたすたと歩き出した。

 この人は本当にあのクリスなのか? 

 よく気が利いて、みんなから頼りにされているあのクリスなのか?

 大人びていて、何が起こってもいつも冷静沈着なあのクリスなのか? 

 マリーはクリスという男の子のことがわからなくなっていた。これまで抱いていた彼のイメージがぼやけ、クリスという人物が見えなくなってしまっている。このまま彼について行っていいのかどうかもわからない。

「マリー、早くおいで」

 ぼんやりしているマリーに向かって、クリスが少し離れた場所から声をかける。

 クリスのことはわからなくなっている。

 だが、いまはそれ以上に大きな謎の直面している。

 秘密の部屋のこと。

 リンダのこと。

 不安はあった

 だが、それを知るにはクリスについて行くより他なさそうだった。

 ひとまずクリスに従うことにして、彼のあとを追った。

 クリスに連れていかれたのは、中庭の隅にある物置小屋だった。

 存在は知っていたのだが、中に入ったこともなければ、近づいたこともない。

 人目につかない中庭の端に捨て置かれているようなその古い小屋は、どこかおどろおどろしくて、近寄る気にもなれなかったのだ。

 クリスはその不気味な小屋にむかってどんどん歩いて行く。

 マリーも続く。

 小屋の近くまでくると、扉の前に佇む人影が目に入った。

 ペイジだった。

 お尻の大きな外国人のペイジがまるで門番のように立ちはだかっていた。

「ありがとう、ペイジ」

 小屋の前でクリスが気安く声をかけた。

 ペイジは小さく頭を下げた。

「なぜ、ここにペイジがいるの?」

 マリーは訊ねた。

「彼女は、僕たちの味方だ」

「僕たち? 味方?」

「それも追々話すよ」

 クリスはそう言って、物置小屋の引き戸をがたがた音を立てて横に動かした。

「さあ、入って」

「でも……」

「大丈夫だから、中へ」ともう一度促され、マリーは小屋に足を踏み入れた。

 中には古びた道具類、何が入っているのかもわからない木箱や頭陀袋が雑然と積み上げられていた。埃っぽい空気は、古い穀物のようなにおいがした。

 人の気配もあった。後から入ってきたクリスがすぐに扉を閉め、室内が薄暗くなったため、姿形は見えないが、存在は認識できる。

 クリスが明かりを灯した。

 内部の様子が浮かび上がる。

 生徒はふたりいた。

 人食堂やレクリエーションルームで何度か見かけたことはあったが、名前までは知らない。

「ようこそ、マリー」

 やがて、クリスが朗らかな声で言った。

 状況を飲み込めないマリーはきょとんとした。

「ここが僕たちのアジトだ」

 クリスが告げた。

「アジト?」

 マリーはクリスの言葉を鸚鵡返しにした。

「混乱するのも無理はないね。いまから、順に説明するよ」

「ぜひ、お願いするわ」

 マリーがそう言うと、クリスは木箱にもたれかかった。他のふたりは、クリスに仕える従者のように、彼の左右に腰を下ろす。マリーも近くにあった、ちょうどいい高さの箱に座った。

「まずは僕らが何を目的に集まっているか、それを話しておきたい」

「ええ」

「僕たちは、この学園の秘密を暴くために集結した」

「学園の秘密……」

 マリーはまたクリスの言葉を繰り返した。

「そうだ」クリスが大きくうなずいた。「君も気づいていると思う」

「リンダね」

「うん。リンダは、僕たちの前から忽然と姿を消した。だが、この学園で生徒が行方不明になるのは、彼女が初めてではない。定期的に生徒が消える。僕が知る範囲、つまり、僕がここに来てから、十五人の生徒が消えている。少なくともね」

「十五人……」

「少なくとも、と言ったのは、僕が気づいていないだけで他にもいるかもしれないということだ。言っている意味がわかるね?」

「ええ。他の生徒たちは消えた生徒のことを忘れてしまう、最初から存在しなかったように」

「そうだ」とクリスがもう一度大きくうなずいた。

「この学園では何の前触れもなく生徒が消える。そして、生徒が消えたあと、みんなその生徒のことを忘れてしまうんだ」

「いったい、この学園では何が起こっているの?」

「それを調べるために僕たちはここに集まった」

 クリスが両手を広げ、左右に控えるふたりの生徒を示した。

 ひとりは太った少年。

 もうひとりは、痩せて、眼鏡をかけている。

「僕も初めは驚いたよ」

 クリスは話を続け、マリーは視線を戻した。

「昨日まで一緒に授業を受け、共に食事をしていた生徒が突然消えるんだからね。その上、誰もそのことに気づいていない。悪い夢でも見ているかと思った」

「俺も、ちびりそうなったぜ」

 クリスの左にいる太った男の子が口をはさんだ。

「そして、僕はこの学園で何が起こっているのか調べ始めた。調べていくうちに、僕の他にも消えた生徒を憶えている者がいることがわかった。それが、彼らだ」

 クリスがあらためて両隣の生徒を紹介する。

「彼はケン」

 クリスが左側の生徒を示す。

「ケンだ。よろしくな」

 ケンと紹介された太めの少年が、待ってましたとばかりに名乗った。態度や言葉遣いは少しばかり粗暴だけれど、陽気で社交的な性格らしい。笑顔で右手を差し出し、「よろしく……」と途惑いながら取ったマリーの手を、力強く握り返してきた。

「それから、彼がトミー」

 クリスは続けて右側にいる分厚いレンズの眼鏡をかけている生徒を紹介した。

 トミーと紹介された痩せぎすの男の子は、見た目だけでなく、性格もケンとは対照的なようで、訝るような視線をマリーに向け小さく会釈するだけだった。

「ケンにトミー、それから本当はもう一人いたんだけど……」クリスが言うと、他のふたりが目を伏せた。「とにかく、僕たち三人は、この学園の秘密を探っている」

 クリスが力を込めて言った。


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