リンダの消失
午前の授業が終わったあとも、リンダは見当たらなかった。
昼食のときも、午後の授業にも、やはりリンダの姿はない。
なぜこんなに気になるのか、マリー自身よくわからなかった。今日、たまたま出くわしていないだけかもしれないし、マリーが彼女の姿を見逃していただけかもしれない。あるいは、体調がすぐれず自室に籠もっているだけかもしれない。考え得る可能性はいくらでもある。なのに、どういうわけか、そういう常識的な憶測では腑に落ちない何かがあるのだ。
たぶんそれは、リンダが見あたらないこと自体が原因ではない。リンダの不在を、誰も気にとめていない、生徒も職員も誰一人として関心を払わない、それが、マリーには不可解で、奇妙に感じられるのだ。
リンダは意地悪な子だ。人の嫌がることばかりする。マリーだってリンダによい感情は持っていない。それでも、朝からまったく姿を見せないのだ。誰かひとりくらい気にしてもよさそうなものだ。なのに誰もリンダのことにふれない。はじめから存在しなかったかのように無関心だ。
それで、マリーはリンダのことが気になってしかたがなかった。
午後の授業のあとも、マリーはリンダを探して学園内を歩き回った。
しかし、どこにもいない。
探しうる場所、つまり、生徒の出入りが許されている場所はすべて回ったが、リンダの痕跡さえ見つからなかった。
行き場を失い、マリーはレクレーションルームに戻った。
あのリンダのことだ。何事もなかったかのようにレクレーションルームの片隅でおはじきでして遊んでいるかもしれない、そんなふうに思ったが、やはりリンダはいなかった。
その代わりと言うべきか、キララがいた。
キララは今日も、積み木で遊んでいる。
マリーはキララのもとに歩み寄った。
「ねえ、キララ」
マリーが声をかけると、キララは円錐の積み木を手にしたまま振り返った。
「あら、マリー。どうしちゃったの? 浮かない顔して」
キララが訊ねた。
「あなた、今日、リンダを見かけた?」
マリーはとうとうその質問を口にした。
すると、キララは困ったように眉を寄せ、首を傾げた。
「リンダって?」
不思議そうにキララが訊き返し、今度はマリーが首を捻る。
「リンダはリンダよ」
「だから、リンダって誰なの?」
「リンダよ。意地悪リンダよ。前にここで積み木のお城を壊したリンダのことよ」
「何を言っているの、マリー?」
何を言っているの?
それはこっちの台詞だ。
キララは何を言ってるのだ。
「あなたのほうこそ何を言っているの? あなた、わたしのこと、からかっているの?」
マリーは頬を引きつらせて訊ねた。
「どうしてキララがマリーをからかったりするの? キララ、マリーの言ってることがわからないわ」
「本気で言ってるの? キララ」
「当たり前よ。キララはふざけていないし、あなたをからかうつもりもないわ」とキララは口を尖らせた。
マリーは言葉を失った。
何を言っているの、キララ? まるで世の中敵だらけだといわんばかりに、周囲を睨みつけ、奇行を繰り返し、意地悪ばかりするリンダじゃない。すこし前に積み木のお城を壊されたじゃない。あなたがリンダを知らないはずないじゃない。そんなことあり得ないじゃない。そう、詰め寄りたかった。だが、マリーは踏みとどまった。キララの様子があまりに素で、冗談や悪ふざけをしているようには見えないからだ。
「ねえ、キララ」
マリーはキララの肩に両手を乗せた。
キララが不安をにじませ、マリーを見返す。
「あなた、本当にリンダを知らないの?」
マリーは底意をはかるように真っ直ぐ見つめて訊いた。
「さっきから何度も答えているわ。キララ、リンダなんて子は知らないわ」
キララははっきり答えた。
マリーはキララの瞳を覗き込む。キララの瞳は微かに揺れている。だが、それは嘘をついて動揺しているからではなく、単純に、怯えてているだけのように見える。
マリーはゆっくり立ち上がった。
「どこに行くの、マリー?」
キララの心配そうな声が聞こえてきた。
が、マリーは聞こえない振りをしてキララから離れた。
少し離れた場所でトランプをしているふたりの男子生徒のところに行く。
彼らとはおなじクラスだ。それほど親しくはないが、顔くらいは知っている。
「ねえ、あなたたち」
マリーが声をかけると、ふたり同時に顔を上げた。
「今日、リンダを見た?」
マリーが質問を投げかけると、ふたりはキララとおなじ表情を浮かべた。
「リンダって誰?」
そして、訊いてきた。
マリーは無言でふたりからも離れた。
その近くで絵本を読んでいる女子生徒に歩み寄る。彼女は、リンダとおなじ一組の生徒だ。リンダを知らないはずがない。
だが、返ってきた答えはおなじだった。
「リンダ? 誰かしら?」
その子は不思議そうに訊き返した。
マリーは何も答えられなかった。




