35、カローナローラン。
両陛下の治療を終えたサリーは、宰相やら大臣やら国の中枢の方々の治療を任され、忙しい日々を送っていた。
どの家庭もほぼ家族全員が疫病に感染しており、一人で治療を続けるサリーが、家に帰るのは毎日夜遅くなってからだ。そのため、彼女は気づいてなかった。ここ最近毎日のようにカロナローランが侯爵家を訪ねていたことに。
そして一週間が経ち、その日も彼女が帰宅したのは、日も暮れてからだいぶ時間が経っていた。
彼女が帰宅すると、家の前に父、ローレンドール侯爵がサリーを待ち構えていて、慌てた様子で彼女に近寄ってくる。
「サリー、カローナローラン嬢が来ていて、ロビーでサーラを人質に立てこもっている」
「えっ! サーラが人質に?」
父は、カローナローランが毎日家に来てたことを話すべきか悩んだが、人質まで取って立てこもるほど彼女が追い詰められていると思い、サリーに打ち明けた。
「それでは、ーーーカローナローランは、わたくしを訪ねて毎日のように来ていたのですか?」
「あぁ、だが、私は許せなかった。婚約者がいる男に言い寄って、剰え自分が正室に座ろうだなんて、許せる訳無いだろう!」
「そ、それは、そうですけど」
「だいたい、そんな計画を立てる女の治療をサリーがする必要はない。そう思ったから私は、あの女がサリーを尋ねてきても、毎回追い返してやったよ」
「追い返したのですか?」
「そりゃ、そうだろ。あの女のせいで、侯爵領も大変なことになっているんだ。それなのに、自分が困ったら助けてくださいって、恥知らずも良いところだ!」
サリーが考える以上に父は怒っていたが、それでも近衛兵を呼ばずにサリーを待っていたあたり、サーラが人質ということもあるが、事を荒立てる気は無いのだろう。
疫病でボロボロになり悪臭を放つ女性が、誰かに変な目で見られながらも毎日侯爵邸を尋ねていたのだ。並大抵の事情でない限り、貴族の令嬢にできる事ではない。
しかも、メイドとはいえ、人質を取って立てこもったということは、彼女はすでに先の人生を棄てているのだろう。
サリーの父は、そのことに気づいていて、大事にならないように配慮していたのだ。
「お父様、わたくしがカロナーローランと、話をしてみます」
「そうだな、だが、万が一のときは、サーラ諸共…… 分かっているな」
「畏まりました」
父は、サリーがカロナローランと話をしていて、もし、カロナローランがサリーに危害を加えようとした場合、たとえサーラが人質でも遠慮なく二人とも切って捨てると話している。
サリーがロビーにいくと、カローナローランが部屋の片隅で、サーラの喉元に短剣を突き立てながら震えていた。
「わたくしと、話があるのでしょ。サーラを離したら?」
「サリーローレンス。お願いがあるの。ーーーこんな事言えた義理ではないわ。でも、貴女にお願いするしかないの。お願い、わたくしは良いから、母を、お母様を助けてください」
カローナローランは、話の途中からサーラを開放すると、その場で土下座をしていた。
彼女は、全身の肌を隠すように体全体を黒い布で覆い尽くし、顔だけが外に出てる状態だが、その顔も腫瘍が破れ、膿が飛び出すような酷い有り様だった。
更に全身から腐臭が漂っていて、近づくと吐き気がするほどだ。
「今まで、本当に迷惑かけたと思っています。謝って許されることではないと分かっています。でも、お願いします。お母様を助けてください。母は関係ないはずです。だから、お願いし………… 」
『完全回復』
カローナローランの話が終わる前に、サリーは彼女に近寄り、何も言わずに聖魔法を使い彼女を治療した。
「お父様、馬車の準備をしてください、今からルンベルク伯爵邸に向かいます」
「良いのか?」
「当然でしょ、困っている人を助けることが、聖女の努めです」
父の言葉を遮るように聖女の努めだと言い切ると、サリーは土下座したままのカローナローランを優しく抱きしめるように立たせ、両肩を支えるように両手を添える。
「さぁ、行きましょうか」
「う、うぁ、あ、ありがとう存じます」
カローナローランが目に大粒の涙を溜めながら、くしゃくしゃの顔で頭を下げる。
父は執事のドーレンに馬車の準備を促すと、自らも外出する準備を始める。
「サリーだけだと心配だから、私も一緒に行くからな」
「ーーー分かりました」
頑としたときの父の顔を知っているサリーは、それ以上何も言わずにカローナローランと一緒に、表に止めてある馬車に乗り込む。
サリー達に少し遅れて父と執事のドーレンが乗り込み、馬車はルンベルク伯爵邸に向けて動き出す。
立てこもり事件が解決したとはいえ、父の思いは複雑で簡単にカローナローランを許す気にはなれなかった。その思いからか、馬車の中は重い空気が漂っていた。
だが、その空気を動かすのも、また父であるローレンドール侯爵本人であった。
「今回の事は、私がサリーに伝えなかったことに責任の一端があるが、それでも、君が今まで行なったことを考えれば、到底許せることではない」
「勿論、分かっています。それに、ーーーわたくしはもう、殿下に振られましたから」
衝撃の告白だった。カローナローランは、既にランドブル第一王子と別れていたと言うのだ。これには誰もが驚いていた。
「どういうことだ」
父の言葉に、彼女は一呼吸吐いてから、ゆっくり話し始める。
「三週間前に、わたくし達家族が疫病に感染して、暫く殿下とも会えなかった時期がありました。もちろん、わたくしは殿下にお会いしたかったのですが、感染させることが怖くて、殿下とはお会いしませんでした」
「それで、どうして別れることになるのだ?」
「わたくしは、母の状態が酷くなっていくのに我慢できなくなり、サリーローレンス、貴女の力を借りるために、殿下に直接お会いしてお願いしようと思ったのです」
視点が定まらない様子のカローナローランは、両手の平を何度も擦り付けるようにしながら、話を続ける。
「何度か連絡を取りましたが、なかなかお会いしてくれなくて、それでも十日前にやっと、殿下がお会いしてくれました」
「それで、どうした」
「殿下は、わたくしの姿を見て『よくもまぁ恥ずかしくもなく、わたくしの前に醜い体を晒しに来れるよな』と鼻を摘みながら面倒臭そうに仰りました」
「「………… 」」
「更に殿下は『わたくしは、ここにいるステラローデル嬢のことを愛している。だから、君とは終わりにしたい』と一方的に告げると、側近を使ってわたくしをお屋敷から追い出したのです」
その時のことを思い出したのか、彼女は俯きながら小さな嗚咽と大粒の涙を流していた。
「辛いところ悪いが、そのステラローデルとは、何者なのだ?」
「良く存じませんが、ローレシア帝国の姫君とか申してました」
「まったく、殿下も、何考えているのか」
父は心底呆れたように呟くと、カローナローランにハンカチを手渡した。
その後、ルンベルク伯爵邸に着いたサリー達は、簡単な挨拶を済ますと、サリーは直ぐに伯爵家の方全員の治療を始めた。
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
次回最終回になりますが、皆様のおかげで書き上げることができました。感謝しております。
本当に、ありがとうございました。




