696 誰もがワクワクする
これは是非とも、腰を据えて観戦しなければ……!
エギエディルス皇子に袖を引っ張られ、池の端に連れて来られた莉奈は、はやる気持ちを押さえながら素早く準備する。
「は?」
エギエディルス皇子は、莉奈の行動に唖然とした。
隣にいる莉奈が何かし始めたなと見ていれば、魔法鞄からイスを取り出し、せっせと並べているではないか。
「コレでよし」
「……お前」
イスが4脚ある事から、シュゼル皇子、エギエディルス皇子、ローレン補佐官、莉奈の分だと予想する。
コレは簡易的な観戦席に違いない。
そう理解したエギエディルス皇子は、呆れて言葉も出なかった。
兄王と他国の兵がする手合わせを、ゆっくりじっくり……優雅に観戦する気らしい。
「「……」」
手合わせを願ったジンとレイでさえ、端に並べて置かれたイスを見て、唖然としていた。
武道を志す者達なら、一度は憧れる存在と手合わせ出来るのだ。
その高揚感と緊張で、心臓がドクドクと音を立てているというのに、観戦席が設置までされた。
立って見られている分には、そこまで気にしないが、腰を据えてじっくり見られるとなると、何故だか強い圧を感じる。
それが、また他国の王族と関係者ともなれば、普通の緊張感とはまた違う。
万が一にでも、呆気なくやられたりしたら、見ている兵士達にも示しがつかない上に、アーリャに恥を搔かせてしまう。
ジンレイ両者は、無様な姿を見せられないと、握る拳に自然と力が入っている。
嫌な緊張感に頬には嫌な汗が流れ、喉の奥はカラカラに渇きへばり付いていた。
「ふう」
ローレン補佐官も、フェリクス王の剣技を間近で観戦出来るとあって、落ち着かない様子だ。
息をゆっくりと吐いて、興奮を抑えている。
誰も彼もがソワソワしている様だ。
シュゼル皇子は辺りをチラリと見渡すと、莉奈がいる場所より数歩前に出て、右手で軽く握る様な仕草をした。
何をするのかと、見ていればーー
シュッと微かに風を切る様な音。
それと同時にシュゼル皇子の右手には、背丈と変わらないくらい長い杖が現れた。
シンプルな木の杖だが、派手過ぎない装飾がしてあり気品ある。
その上部には、拳程の無色透明の丸い玉が付いていた。
おそらく水晶玉ではなく、魔石だろう。膨大な魔力を持つシュゼル皇子が、魔法の杖なんか使うのは珍しいなと莉奈は思った。
陽の光がキラリと杖の魔石に反射し、それを持つシュゼル皇子の姿が何と神々しい事。自他国問わず、熱狂的なファンがいるのも頷ける。
フェリクス王に長刀が似合う様に、シュゼル皇子には長杖が良く似合う。
莉奈が思わず見惚れていれば、シュゼル皇子はその長杖で、地をトンと軽く叩いた。
「結界」
ーーその瞬間。
別邸の前が淡く四角く光り、薄いガラスみたいな膜が、キレイに張り巡らされていた。
ーー結界である。
初めて見た莉奈は、手合わせすらまだ始まっていないのに、ワクワクが止まらない。
シュゼル皇子の魔法を見るのは初めてではないけど、ここまで規模の大きな魔法は初めてで、これだけでテンションが上がる。
数メートル前に張られた結界は無色透明で、まるで磨き上げた窓ガラスの様に翳がなくクリアだ。
言われなければ、そこに結界があるかすら分からない。
中にいるフェリクス王達も、結界越しにハッキリ見えた。
「見事な結界ですね」
ローレン補佐官も感嘆している。
「あれ程までに、透明な結界はスゴく難しいんですよ」
「しかも、長方形は……な」
どうやら結界は、球体、三角柱、四角柱と色々あるらしい。
囲む必要がないなら、壁みたいな平面で事足りるが、囲む結界となれば球体や半球が多い。
何故ならば、その形が1番早く張れるからだ。
基本的に魔法には、魔力の中心というものがあり、そこを起点にし、魔法を発動するのがセオリーとされている。
そのため、中心から魔力を膨らませて張る、球体の結界が1番簡単だとされていた。
それに比べ、三角柱や四角柱などは角があるため、張り難いのが良く分かる。おそらく、風船やシャボン玉を球体以外にするのと同じくらいに、難しいのだろう。
「星型やハート型は出来ないのかな」
でも、そんな形があったら絶対に可愛い。
緊迫した戦いにも、少し楽しさが生まれるかもしれない。
「は?」
「え?」
莉奈の呟きに、エギエディルス皇子とシュゼル皇子が振り向いた。
「え? だって、なんか可愛いじゃん」
「結界に可愛さを求めんじゃねぇよ!」
「えーっ?」
エギエディルス皇子のツッコミが入ったのは、言うまでもない。
ただでさえ、結界を張る時は緊迫した状況だ。
実用性を求める結界に、可愛さはまったく必要ないのである。
星やハート型の結界など、未だかつて誰も張った事はないが、長方形なんかより遥かに激ムズ、いや極ムズだろう。
「面白い事を考えますね」
ローレン補佐官は莉奈の発想力に感心していた。
ちなみに、強度で言えば、ハニカム構造が圧倒的に硬く、色は濁りがなければない程にイイそうだ。
魔法を吸収させるには、球体より壁みたいに平面の方が吸収しやすい。ハニカム構造の壁は強度もあるので、魔法を吸収するのに向いているだろう。
ただ、今みたいに限られた場所で結界を張るには、半球より四角柱が適しているのかもしれない。なにせここには、莉奈達が宿泊した別邸がある。
もし、それらを含んで結界を張れば、意図せず放った魔法や攻撃をモロに受け、損壊してしまう可能性があった。
だから、半球ではなく四角柱にして、広さを確保したのだと推測する。
莉奈にそう説明してくれていたローレン補佐官の横では、エギエディルス皇子が複雑な表情をしていた。
兄達に早く追いつきたいのに、追いつけないのがもどかしさ。
しかし、莉奈の言った"可愛い結界"という発想力。
兄に対して悔しがってイイのか、莉奈の言葉に呆れるべきか、感情がごちゃ混ぜになっている様だった。
そんなエギエディルス皇子をチラッと見た莉奈は、思わず口が綻ぶ。
むにゅむにゅと、口を尖らせているのが無性に可愛かったからである。
これから、手合わせが始まるというのに、緊張感が微妙に足りない観戦席なのであった。




