(84)混沌さん、いらっしゃ~い
「でも、せーかい。ボク【混沌】。よろ~」
混沌という言葉がゲシュタルト崩壊し、混沌という言葉の意味が混沌とした状況で、よろよろ~、と言いながら左右に揺れるミイラ化した少女の頭を呆然と見ながら、アリーシャの思考はフリーズしていた。
「アリーシャ、気をしっかり持って」
「はっ!」
お兄様の光がアリーシャの体をゆすり、アリーシャは我に返った。
「そ~だよ~。ぼーっとしてる暇があるのかな? キミいま、マジで死んじゃう五秒前、MS5じゃん」
えむえすふぁいぶ、えむえすふぁいぶ、と声援を送る生首を無視して、お兄様に事情を聞かれたのでアリーシャは現在の状況を説明する。
「でもわたしが逃げ出してからずいぶん時間が経ってるから、もう手遅れかな。そうすると今のわたしってゆーれー?」
「多分大丈夫だよ。『ココ』に時間はないから。ですよね?」
「オーイェース」
ノリすぎて、ゴロンゴロンと転がっていった生首が、再び転がって戻ってくる。
「……普通に考えたらホラーな光景だよね、これ」
「僕はもう慣れたよ」
「僕?」
お兄様の一人称が俺から変わっていることが少し気になったが、今はそれどころじゃないというのは間違いない。
少なくとも時間がないというこの場所、お兄様との再会、混沌を名乗る正体不明の存在、今にも殺されそう、という一つだけでもオーバーフローしそうなシチュエーションで悠長に長話をするほど、アリーシャも呑気ではなかった。
「そういえば今のわたしの思考は、わたしの脳がしてるのかな?」
いまアリーシャの身体は、施しによる鎮静作用と魔法による洗脳で、まともな思考ができる状態ではない。
--だとすると今、こうして思考している自分は、なんなのだろう? 人の思考は脳内のシナプスによって化学的並びに電気的に伝達されている情報ネットワークによって為されている。脳が思考しているなら今もまだ生きているということだが施しの影響がないのが解せない。では幽体離脱しているなら、脳以外の情報ネットワークが構成されて思考していることになる。魂とか魔法かも。でもそうしたら今の自分は、脳で思考している本来の自分とは別の自分ということになるし、そうすると、もし戻った時に脳の記憶と齟齬が出るのではないかしら。そうすると、すでに殺されてしまっている可能性もあるわけで……
……などと、呑気ではないが、ふとした疑問をキッカケに余計なことを考えて脱線してしまうのは、いつものことだった。
生首はゴロンゴロンと転がって元の位置に戻ってきて、背後に赤と蒼の月、いや二つの瞳がこっちを見たので、アリーシャも思考を止め、目の前の状況に集中する。
「で、キミさあ、この世界を作った時も見てたよね。他にも居たけど、キミのことはちょっと知ってたからね。来た時は驚いたよ」
「知ってた? あの時より前にわたし達、会ったことあるの?」
「この場所には以前なんて無いさ、時間はあるけど一方向に流れてないからね。知ったのは別。ま、三次元的表現で言うならばもっと後、いや前だったかな? ま、いっか」
ケタケタと笑う元セーラー服少女の生首。
「あなたが【混沌】?」
「おー、イェース」
「疲れるからその喋り方止めてくれませんか?」
「大きい口たたくねぇ。ボク、これでも世界の造物主なんだけど」
大きな月がニヤニヤと目を細める。
「知ってます。この世界を作ったのは見てましたから」
「ノン、ノン、ノン、この世界じゃないさ。キミがダサイと呼ばれていたアッチの世界のことさ。ダサイだってさ、あはははははは」
前世で散々からかわれた綽名で呼ばれ、アリーシャの表情が消える。能面のような感情が削ぎ落とされた顔。
「あなた……だれ?」
「だから言ったろう、【造物主】さ。キミたちの世界を、宇宙を作ったのさ。自称は【GAIA】。仲間からは【混沌】と呼ばれてる。よろしく、ダサイちゃん」
そう言って生首はケタケタと笑った。
* * *
秩序神の右腕でできていると言われるが、アリーシャの見た光景では自称【混沌】の右腕で作られた高い銀の塔の天辺。
ミイラ化した生首と殺される直前の少女の会話は続く。
「造物主? 神様ってこと……ですか?」
「ま、そーゆーこと。あと別に敬語とか考えなくていーよ」
ケラケラと笑うミイラの生首を見ていると、確かに敬語を使いたい気持ちが遠のく。
「教えてください。なんでわたしの異世界転生なんてことが起こったんですか? この世界とあっちの世界の関係は? 混沌山脈が消えるとどうなるの? 適正化って混沌なの? 五千年が期限ってどういう意味?」
矢継ぎ早なアリーシャの質問を、生首(と後ろの二つの瞳)はニヤニヤしながら聞いている。
「ただで教えてもらおうなんてムシが良すぎやしないかい?」
「わたし、アリーシャにできることなら何でもします」
「女の子が、なんでも、とか言っちゃだめだよ。特にその恰好じゃあ、ボクだってドキドキしちゃう」
山の向こうから太陽が飛び出し、ドックンドックンと激しく明滅する。
あえて描写していないが、意識体に過ぎない今のアリーシャは、服を身にまとっていない。裸の少女と光の玉とミイラ生首の三者の会話は、俯瞰するとシュールであった。
「まじめな話です」
「ボクは何時だってまじめさ。ただ想像してみてほしい。もしキミが二次元のキャラと会話をする時、どのくらいまじめに話すのかな? ボクとキミらとは七次元の格差があるんだよ。照れくささを我慢して結構頑張ってるんだから、そこは評価してもらいたいな」
「まさかの十次元存在設定……ホラにしたって盛り過ぎだよ」
「僕も最初はそう思ったよ」
アリーシャの言葉に、お兄様が同調する。
「それはともかく、返答はいかがでしょう? お知恵を頂戴できますか?」
「ダメ」
しかしあっさり断られる。
「……せめて五千年でこの世界が終るということだけでも教えてください。この世界には沢山の人たちが生きています。彼らは後十三年でどうなるのですか? あなたがこの世界を作ったのは何か意図があったんですよね? それがこのまま消えて良いのですか?」
「それはボクの都合であってキミの知ったこっちゃないよ。大体、キミがそれをどうにかしたいなら好きにやればいいじゃない。わざわざボクに答えを聞くなんてそんなつまらない選択は許さないよ」
口調は相変わらずふざけた感じだが、巨大な瞳がアリーシャを冷たく見やる。
「キミは情報を集め、検討し、答えを出してきた。あっちの世界でもこっちの世界でも。つまらない選択だ。キミは答えを出すことはできても、答えを作り出すことができない。ダサイ君もダサイちゃんも所詮その程度か。あっちの彼の方がずっと面白い選択をしたというのに」
つまんな~い、と生首がゴロゴロと転がるが、月の瞳は相変わらず冷ややかにアリーシャを見ていた。
「つまんないって言われても……」
精一杯まじめに考えて、この世界の未来のためにお願いしているのに、つまらないなんて不真面目な理由で断られるなんて……
むかっ
アリーシャはゴロゴロ転がる生首を思いっきり蹴り飛ばした。
「あ~れ~~~~~っ」
塔から落ちた生首が、ひゅーっ、と落っこちていく。
お兄様が悲鳴のような抗議の声を上げるが知ったこっちゃない。
「あ~、もう、何よ【混沌】って。こっちこそ知ったことじゃないですよ。何が秩序よ、何が混沌よ。大体魔法なんて物理法則の外にあるようなオカルトじゃない。なのに秩序の魔法とか言葉からして矛盾してんのよ? さらには猫も杓子も秩序秩序秩序、二言目には混沌混沌混沌、って、もうちょっとマトモなロジックで物話せってのよ」
はぁはぁはぁ、と肩で息をするアリーシャと、引き気味でそれを見るお兄様。
「あはははははははははは」
大爆笑しながら空から生首が降ってきてアリーシャの頭に激突した。
「ぷぎゃっ」
漫画みたいに地面に頭をめり込ませたアリーシャの上で生首が爆笑している。
「ちったー、面白い答えが作れるじゃないかダサイちゃん、いやさアリーシャちゃん。ボクのゆーとーりに動いて、人間は神々の駒です、導いてください、なんて、ボクはそーゆー攻略本見ながらゲームやるような真似、キライなんだ。ボク、基本放置型だもん。干渉しない、観賞するだけ。あ、ボク、いま上手いこと言ったよね。『観賞すれど干渉せず(キリッ)』。うん、いいね」
地面に埋まったアリーシャの頭の上のどや顔のミイラの生首。
「むん!」
アリーシャが思いっきり地面から頭を引き抜き、生首が後方に飛んでいくが、くるりと回転し、宙に浮く。
「あはははははははは、アリーシャちゃん。キミが望むなら取引をしよう」
「取引、ですか?」
まだ不機嫌そうな顔で生首をにらみ返すアリーシャ。
「ボクと契約して魔法、」
「やめなさい」
危ないことを言いかけたので話の途中で止めた。えーっ、とか言ってるけどイケません。
「うるさいなぁ。じゃあ、こういうのはどう? 『異世界の勇者よ、世界は滅びに瀕している。そなたの力で世界を救うのじゃ』」
「五点」
「十点満点?」
「百点満点」
「点数カラっ!」
アリーシャと【混沌】はポンポンと言葉を言い合う。
「いやいや、ふざけてないよ。マジだよ。ボクと契約しよーよ。きっとWin-Winになるよ」
「……具体的には?」
ようやく聞く態勢になったアリーシャに【混沌】は、
「キミが知りたいことを知るチャンスをあげる。大体キミさあ、さっきの答え聞いても殺されちゃったら意味ないじゃん」
「あ」
「考えてなかったの?」
アリーシャはどうやら今自分が置かれているはずの状況を忘れていたらしい。
「だからキミがいま受けている拘束……物理的なものも、化学的なものも、魔法的なものも、すべて取り払ってあげよう。その代わりにキミの活躍をボクに見せておくれ」
「……あの場から逃げ出せる能力と、今後生き抜く力もください」
「いいよ。キミに【チート】をあげよう。使いこなせればね」
にやにや笑いの月を睨み返して、アリーシャは思案する。相手は造物主を自称する正体不明の存在だが、お兄様の様子から信じてもいいかもしれない。
「分かりました、取引を受けます」
「契約成立」
宙に浮かぶ二つの月と生首に見下ろされたアリーシャは、突如宙に放り出された。
今まで乗っていた床である塔が突如動き始め、見る見る右手に変じ、アリーシャの左目をえぐり出した。
神経がないのに激痛が走り、痛みに身をねじる。
えぐり出された眼は、ミイラの左目に収まり、次いで銀の塔だった右手は赤い月の一部をすくい取り、それを小さく丸めてアリーシャの左の眼孔に押し込んだ。
すると見る見る痛みが引き、左目の視力が回復した。
「一体、なにを?」
「キミの目を通して世界を見せておくれ。ボクの趣味はキミたちの鑑賞だからね」
妙に楽しそうな【混沌】は屈託のない笑みを浮かべた。ミイラが浮かべるその表情は不気味だった。
* * *
「じゃあ、そろそろ肉体に戻ります」
「向こうの拘束は手を打っといたから。あとこれ【チート】」
巨大な銀の塔が再度右腕に変じて動き、何かを摘まんでアリーシャの前に差し出した。
先ほどのことがあるので身構えたアリーシャに差し出されたのは短いシンプルな短刀であった。
「【生贄の短刀】ですね」
じいじからもらった短刀とよく似ているが、手にすると飲み込まれそうなうねるような力を感じる。
「十次元存在のアバターの一部そのものだからね。うまく扱えばこの世界を滅ぼせるよ」
「その気はありません。むしろ救いたいんです」
「それを手にしたものは神にも悪魔にもなれるだろう」
「はいはい」
自称『十次元存在』にして、自称『造物主』、そして自称『混沌』のネタっぽいセリフを聞き流しながら、アリーシャは光に手を差し伸べた。
「お兄様。一緒に帰りましょう」
* * *
「お兄様。一緒に帰りましょう」
「すまない。それはできない」
光の姿をとったアリーシャの前世であるイマージナリーお兄様はアリーシャの願いの首を振った。
「元々の僕や、他の多くのアバターは、以前君が言った通り、君の脳内で君自身がロールプレイしているだけの仮想人格だよ。それがこうして独立してあるということがおかしいと思わないかい?」
「それは……」
無論それは思った。
自分がロールプレイしていたはずの人格が、ここに独立してあるというのは彼女の理解を超えていた。
「君の脳内にあったボクをロールプレイする核のようなモノが、確かに君の脳内にあったはずなんだ。でもそんな『人格』に相当する記憶は、あの時受けた【極大苦痛】の魔法で破壊され、失われてしまったんだよ。だから君の中に戻ることはできない」
「じゃあ、いまここにいるお兄様はなんですの?」
「今の僕は彼女……GAIAの準備してくれたコアに宿った人格のコピーだよ。もうずいぶん長いこと彼女の話し相手を務めている」
兄のその言葉に、アリーシャはくしゃっと表情を歪める。
「もう、会えないの?」
「そんなことはない。ここでいつでも会える」
「一緒にいたい」
「いつかきっとそれも叶うさ。探してごらん」
「教えてくれないの?」
「彼女がそれを許さないんだよ」
苦笑気味な兄の言葉に、妹が頬を膨らませる。
「兄さま……彼女って、まさかカノジョ?」
「ち、違うよ。なにいってんだ」
「ダサイく~ん。いつもみたいにチューしてー」
「でたらめゆーな。あとダサイってゆーな!」
もーもーと怒る妹とケラケラと笑う生首、声を荒げる光の玉。猟奇的な光景だがその会話は妙にほのぼのとしていた。
そして時間のない空間で尽きぬ話が尽きるほど話した二人はやがて、どちらともなく離れた。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
時間のない『ココ』の上空に空いた穴からアリーシャは自らの肉体を目指して飛んでいった。
1時間後のもう一話投稿いたします




