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(85)死

1時間前に84話投稿済。そちらを読んでからご覧ください

残酷かつ猟奇的な描写がございます。苦手な方はご注意願います

短めです


 魔臓の向こうに意識を飛ばし、お兄様と再会する。

 そんな現実逃避をしても、目の前の現実は変わらない

 黒縁眼鏡の助手がテキパキと映像記録用の魔法の品(マジックアイテム)を準備し、正体を失ったアリーシャの姿を捉える。

「スタートしました」

 助手の言葉に白衣の男は一糸まとわぬアリーシャの腹にメスを入れる。

 むろん麻酔などない。

 生きたまま腹を裂かれ、アリーシャの悲鳴が口内に漏れるが、猿ぐつわからはくぐもった音しか漏れない。

 内臓を傷つけぬように慣れた手さばきで無造作にメスは進む。痛みに身体をねじろうとするが、【麻痺(パラライズ)】の魔法で、指一つ動かない。

 せめて痛みも麻痺してくれればこれほど苦しまずに済むのに。

 アリーシャの体は麻痺しているにもかかわらず、痛みにがくがくと震え、こぼれんばかりに目が見開かれる。

 アリーシャの下半身は血で汚れ、下に置かれたトレーに血が溜まっていき、アリーシャの意識も遠くなっていく。このままでは数分を待たずに出血多量で死に至るだろう。

 白衣の男は無造作にアリーシャの腹の中に手を突っ込んで押し広げ、周囲の組織に融着した魔臓を露わにした。

 その乱暴な動きにアリーシャのくぐもった悲鳴が一際強くなるが、男の動きに躊躇いはない。

 魔臓は歪に変形し、ミイラ化し、わずかに羽のような痕跡が見て取れた。

 生き物に宿った魔臓は、宿主から離されると五分ほどで光となって消えてしまう。そのため切り取って直ぐに生贄の短刀(サクリファスナイフ)で殺害、アイテムドロップさせる必要があるが、すでに死んだ魔臓は、宿主から切り離した瞬間に消えてしまう。これは宿主が死んでも同様だ。

 その為、宿主を生かしたまま死んだ魔臓に生贄の短刀を突き刺さないとドロップを得ることができない。

「試行錯誤の末に辿り着いた効率的な方法です」

 白衣の男は自らの功績を誇るように、アリーシャに囁きながら、露わになったアリーシャの魔臓に生贄の短刀を突き刺した。

 すると魔臓の死体は光となって消え、代わりに光を発する水晶が現れた。

「おお、珍しい。【増幅結晶(ブースタークリスタル)】ですよ。おめでとう、レアドロップです」

 しかしすでにその言葉は、アリーシャの耳に届いていない。

 助手が生贄の短刀を手に近づいてくる。アリーシャにとどめを刺そうというのだ。

「待ちなさい。レアな獲物ですからもう一つ採取しましょう」

 メスを入れ、更に腹を切り裂き、血の滴る臓器を取り出しテーブルに置く。

 肝臓だ。人の肝、特に処女のそれは延命系魔法の貴重な触媒として珍重されるのだ。

「まあ、ボーナス代わりということで」

 白衣の男が笑い、助手は何時ものごとく短刀をアリーシャの胸に突き刺す。


     *    *    *


「アリーシャちゃん!」

 アリーシャが切り裂かれる様を、小人さんはすぐ近くで見ていた。

 アリーシャの右手のインクの跡に宿った小人さんは、アリーシャの呼びかけを待っていたが、彼女の思考はすでに混乱し、ただ見ていることしかできない。

「おばちゃん! 何とかしてよ」

「うるさい! 身動き取れぬのだから致し方あるまい」

 結界に縛られた蚊の魔物が忌々し気に言い返す。小人の妖精と蚊の魔物は互いにその存在を認識し、会話もしていた。

 共に長くアリーシャから魔力を得ていたため、彼女との繋がりが強く、正式な主従関係はないが、使い魔に近い存在であった。

 その為二人には、アリーシャの声なき悲鳴、絶望、怨嗟の声が絶えず聞こえていた。

 そしてアリーシャが死ねば、両者とも存在を長くは保てない。

 蚊の魔物は本体である【悪夢の淑女(レディオブナイトメア)】の命でアリーシャに取り付き、その生命の危機にだけ対応していた。その存在はアリーシャの魔力に依存し、それがなければ自己と自我を維持できず、魔力を枯渇させながら数を減じて消えていく。

 一方小人さんは、本来魔法で作り出された無個性の使い魔に過ぎないはずだった。それにアリーシャが『仕事を手伝う小人の妖精』として扱ったことで、『妖精』としてその存在を留めていた。しかしそれもアリーシャが居なくなれば小人さんとしての自我は消えていってしまう。

 そうこうしている間にも、アリーシャの身体は切り刻まれ、彼女の思考は痛みで染め上がり、ついに彼女の心の臓にナイフが突き立てられた。


     *    *    *


--イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ


 心臓が貫かれ、血液の循環ポンプが停止する。

 血流が来ないことで酸素が不足し、末端の細胞が活動を止めていく。

 脳にも血流が流れず、脳の細胞が酸欠によりシナプスによるネットワークが寸断され、アリーシャという人格を作っていた記憶などの情報が失われていく。

 仮に今すぐ治療し、一命を取り留めたとしても、アリーシャとしての記憶と人格は失われ、彼女という人間が戻ってくることはない。

 脳細胞は活動を止め、全ての神経細胞の活動が停止した……脳死である。

 体の細胞の幾つかはまだ生きているものもある。

 しかしアリーシャと呼ばれた人間の肉体と頭脳は死んだ。

 彼女の命を奪った短刀は、彼女の死体を光に変え、消し去った。


 コロン


 二つの石が落ちた。

「なんと」

 助手は驚いて落ちたその石を拾い上げた。

「インベントリドロップでなく人間の身体がドロップアイテムを落とす事は非常にマレだ、それを二つも落とすなど聞いたこともない」

「底抜けが落としやすいという意見もあったな」

「あと百年あったら、これの研究をしてみたいものだな」

 独り言のような白衣の男と助手の黒縁眼鏡の言葉。

 助手の手には中で色とりどりの光が変化し続ける二つの宝石があった。

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