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(70)新たなる旅立ち

 翌朝、雪が降りだしていた。

 テントで寝て良かったと思いながら、朝ご飯もご馳走になり、更にお姉さんから許可をもらったので廃屋の家探しを行った。

 村の外は相変わらず、うっすらと灰色の霧が覆っているが、村の近くは霧がなく、建材なども【適正化】されていない。

 人が住まなくなって十年も経っているので、使えそうなものはほとんど残っていなかったが、芯まで錆びていない短剣三本を見つけたので、手持ちの一本と合わせて河原の石で研いでみた。

 砥石ではないので綺麗に、とは行かないが、刃の部分の錆を落とすことはできた。

 短剣は刃の部分をかび臭い革で包み、リュックに締まった。

 また、同じようにかび臭い皮の袋を見つけた。栓が付いていることから水袋だろうが、中から酷い臭いがする。

 水の大切さを痛感したアリーシャは、川の冷たい水で何度も何度もすすいでいたら、見かねたお姉さんが【清潔(クリーン)】をかけてくれた。ついでに着ている服とアリーシャ本人にもかけてくれた。

「結構臭かったわよ」

「がーん!」

 そんなこんなで、日も傾いてきた。


     *    *    *


「これからどうするつもり? ここに残るならそれでもいいわよ」

 夕飯もご馳走になりながら、妙に機嫌のよさそうなお姉さんはそんなことを言ってくれる。確かにまともな装備もないのに冬の旅など自殺行為にしかならない。しかし、

「なるべく早くこの領地を出たいの。リーは多分、追われてるから」

「あなたを誘拐した人ね。この土地の人なのね?」

「多分……豪族の関係者」

 アリーシャのその答えに、それは面倒ね、とお姉さんが言った後、黙り込んでしまう。何かを考えこみ、しきりに視線を迷わせている。心なしか体も小刻みに震えていた。

「お姉さん? 大丈夫? 寒いの?」

「ううん、平気よ。ちょっと……怖かっただけ」

 豪族が怖いのだろうかと思ったが、それ以上は教えてくれなかった。


 お姉さんの話によると、この場所は豪族クラウチノ家の支配域で、族長はバル何とかいう話であった。

 ここより北側の別の豪族は魔法を使えないもの(サイレント)の奴隷化はしてないらしい。

「領によって違うの?」

「族長の方針よ。奴隷化するとサイレントの世話をしなきゃいけないわけじゃない。それを嫌がる人もいるのよ。奴隷化はむしろ『サイレントの救済』のためだって触れ込みだしね」


--救済という名の囲い込み。そういえばバルバスも何度かわたしのことを()()って呼んでたっけ……


 考え込むアリーシャを見ながら、お姉さんも何かを考え込んでいた。


     *    *    *


「あったかい」

 お姉さんは妙にテンションが高く、アリーシャを抱き枕にすることを主張し、その晩も二人はテントで眠りについた。

 アリーシャには背後から聞こえるお姉さんの息遣いに、まだ寝ていないことがわかった。

「……あのね」

「あい」

「わたし、この十年、故郷の町とこの廃村以外行ったことないの」

 実家はそれなりに裕福だが、体面を重んじるため、サイレントに攫われ、慰み者にされた娘など居ないものとして扱われている。

 だが野垂れ死んでも外聞が悪いので、適当な財をもらって生活必需品を入手している。

「町に行って、好奇の視線を向けられ、財をもらって、買い物して、ここに来て一日中ぼーっとして、また町に行って、また見られて、財をもらって、買い物して、またここに戻る。そんなことをもう十年もやってるの」

 彼女もまた一種の引きこもりなのだろう。彼女が「怖い」のは、引きこもった狭い世界の「外」なのかもしれない。

 そんな風に感じながら、彼女の言葉にアリーシャは耳を傾けていた。

 お姉さんは何度もつばを飲み込み、息を整え、言いかけては止め、を繰り返していた。

「リーは眠いよ。だからきっと何を聞いても忘れちゃうよ」

 そんな風に言われて、ふふ、と口元をほころば、強く抱き枕(アリーシャ)を抱きしめながら、口を開く。

「とな、りの、領まで送ってあげる」

「えっ? いいの?」

「聞き返さないで。もう決まったこと。だから、」

 引きこもりが、部屋を出る発言をしたようなものなのだろう。

「……ありがとう、お姉さん」

「まだ送ってないわよ。その……気が変わるかもしれないし」

「それでも……ありがとう」

「……うん」

 それから、お姉さんは沢山お話をしてくれた。

 それはサイレントに囚われていた時の辛い経験。

 きっと、今まで誰も聞いてくれなかったのだろう。

 誰も聞いてくれず、共感してくれず、共有してくれなかった、自分の中で溜めこむしかなかった(おり)

 アリーシャは、うん、うん、と相槌を打ちながら、お姉さんの言葉に耳を傾けた。


     *    *    *


 初めはサイレント達の『救済』のためだったという。

 可哀想なサイレント達を救って()()()んだって、武具屋の娘さんが言い出した。

 その人はお姉さんより年上で憧れの人だったという。特に深く考えずに協力を申し出て、他にも協力者ができて……。

 家族や大人たちはみんな反対してたけど、頭の固い大人たちには判らない、自分たちで世界を変えるんだ、ってよく作戦会議と称した飲み会をやって、みんなで酔っぱらってた。

 楽しかった。


 何が悪かったのか自分でもよく判らない。

 サイレントでもできる仕事を見つけてやらそうとしたけど、上手くいかなかった。

 彼らはすぐサボるし、話を聞こうとしないし、すぐ誤魔化すし。

 注意しても、全然言うことを聞いてくれない癖して、要求ばっかりどんどん強くなる。

 仲間たちも不満を募らせ、少しづつ人数を減らし、サイレント達は余計に言うことを聞かなくなっていった。

 そんなある日、言い出しっぺの武具屋の娘さんが、殺されたの。

 何人ものサイレントに弄ばれて、糞尿溜めに捨てられたの。

 彼らの自立のために、狩りができるようにって武器を渡していたの。その武器を手に、わたしや仲間を人質に、サイレント達は町を離れたわ。

 当然追手が掛かったけど、それも適当なところで終わったわ。

 後で聞いたけど、自業自得だっていう人が多かったみたい。娘を殺された武具屋さんもどこかに引っ越したそうよ。


 彼らが行きついたのがこの場所。当時から既にサイレント達が暮らしていたけど、魔法を使えるもの(キャスター)は最高の手土産らしいわ。

 わたし達を連れてきたリーダー格がわたし達を縛り上げてこう言ったわ。


--今度はオレたちが見下す番だ


 意味が分からなかった。

 その後、彼らに飼われた私たちは、彼らのために魔法を使い、彼らの生活を支えたわ。

 ひどい目にたくさんあった。

 仲間たちは次々死ぬか、自ら命を絶っていったわ。サイレント達への怨嗟の言葉を吐きながら。


--お前たちを救ってやろうとしたのに、恩を仇で返すクズどもめ!


 仲間のそんな言葉も彼らの心には届かず、ただゲラゲラと笑っていた。


--俺たちにお情けを下さる魔法を使えるもの(キャスター)様に、俺たちもお情けをくれてやるよ

--くれて()()()、だろ

--ギャハハハハハハハハ


     *    *    *


 しゃべり疲れたのか、お姉さんは静かな寝息を立てていた。

 寝息を背後に感じながら、アリーシャは自分の手足が冷たく緊張していることを意識していた。


--彼らはわたしだ


 ううん、違う。彼らは自分でそれを考え実行した。

 でもわたしは、前世(異世界)の知識を持って、この世界の人に教えて()()()つもりだった。


--貴女に教えてもらうぐらいなら、答えなんか知らなくたって構わない


 かつて侍女(アンブロージア)に言われた言葉。

「リーは、わたしは、傲慢なのかな?」

 高い処理能力、記憶力、そして前世の知識。それを持っている自分は、この世界の人たちを馬鹿にしていたんだろうか?

 人間達を見下しているんだろうか?


--文明人が未開人を見下すような、そんな貴女をどうして信じられるの?

--今度はオレたちが見下す番だ

--死ね(Die)! ケツの穴野郎(ASS)


 サイレント達の怒りと侍女の拒絶は、同じものだったんだろうか?

 前世でお兄様(わたし)()()()人たちも同じ気持ちだったんだろうか?

 答えの出ぬ問いを抱えながら、アリーシャは冷たい四肢を抱えるようにして眠りについた。


     *    *    *


「お姉さん。朝です。今日は早めに出ましょう!」

 日の出と共に起きたアリーシャは、久しぶりに奇妙な踊りを踊り、自らの功夫(クンフー)の衰えを痛感し、飛礫(つぶて)の練習をした後に、お姉さんを起こした。

 相変わらず雪は降っているが、風は穏やかである。

 でも、と及び腰のお姉さんに、昨晩約束したでしょ、と詰めるアリーシャ。

 本来ならアリーシャが、お願いする立場だが、約束を盾に引きこもりを連れ出すつもりで、少々強引に出発の準備を進めた。

「もう」

 ちょっと怒った風な表情を浮かべながら、テントは丸ごとインベントリに収納していくお姉さん。その表情は随分と明るい。

 お姉さんは鷲の上半身と獅子の下半身を持つ騎獣グリフォンを召喚した。初めて見る騎獣にアリーシャは目を輝かせ、身体中を見て回る。

「どのくらいですか?」

「飛行騎獣で二時間くらいね。昼頃には着くと思うわ」

 大空に飛び立つ騎獣の背でアリーシャが歓声を上げる。

「寒くない?」

「大丈夫です。魔力循環もしてるし」

「……魔力、使えるの?」

「あっ!」

 騎獣の背で、暫し沈黙が続く。

「……いいとこの出らしいサイレントをわざわざ攫ってくるなんて、って思ったけどそういうことなのね」

「……あい、そういうことです」

「まあ、そういうこともあるか」

 お姉さんは気にしないことにしたらしい。


     *    *    *


 混沌山脈は遠く離れたが、山が多く、途中々々の盆地や山肌に村や集落が点在していた。

 そして灰色の霧は斑に薄く世界を覆っていた。

「あの、灰色の霧」

「わたしも詳しく知らないけど【混沌の霧】って言うらしいわ」

「混沌、なの?」

 こうして見ると、霧がない場所も結構ある。そうした所なら普通の獣も生活できるのだろう。しかし餓死する獣が出ていることからその分布が都度変わっているか、さもなくば……

「詳しくは知らないの。でも」

 振り返り、飛んできた方向を見ると、そちらは斑ではなく、広く霧が広がっていた。

「あっちはここ最近、急に広がったみたい」

 さもなくば……広がっているか。

 遠く離れた混沌山脈と、その麓にあるであろう屋敷のあるであろう辺りは、完全に霧に覆われていた。

 空から見ると霧の分布がよく判った。

 集落の周辺は霧がなく、それ以外の場所も街道の近くは薄い。

 一方山や森はその地形(高度など)と関係なく分布しており、その濃淡の規則性はよく判らなかった。

 そして集落以上に、全く霧が見られないエリアも多数あった。

「おねえさん、あの大きく霧のない場所はなんなの?」

「【魔の領域】よ」


 昼を少し過ぎたころ、ある町から1キロほど離れたところにグリフォンは降り立った。

「知らない町は怖いの。だからここまででごめんね」

 おそらく町の入り口近くにサイレント達の貧民街もあるだろう。それを避けたいのかもしれない。

「とんでもない。すっごく助かりました。ありがとうございました」

 アリーシャのお礼に、静かに笑うお姉さんがグリフォンに乗ろうとする。

「お姉さん、これからどうするの」

「……村に戻るわ。他に居場所がないもの」

「余計なことかもしれないけど、村にも家族の元にも、もう戻らないほうがいいよ。別の町で暮らしてみたら?」

 しかし、ゆるゆると首を振って拒絶される。

「別の町にだって行くところがないわ、市民権が買えないもの。族長から身分証でももらえば、平気かもしれないけど、そうしたらわたしの身元も知られちゃうしね」

 彼女の答えは用意していたかのように的確だった。きっと何度もそういうことを検討したのだろう……きっと何年も。そして、あの村にいることを選んだのだ。

「これ見て」

 アリーシャは三つの宝石を見せる。

 川のそばの(うろ)で見つけたもの。無色透明の小さな卵のような石だが、中で光が蠢いているので魔法のものかもしれない。

「これを手付けにお姉さんを雇う。リーを西方王国まで送って。送ってくれたら追加報酬も払うし、市民権も仕事もなんとかする」

 奴隷でサイレントで子供のその強気の交渉に、思わず笑みが浮かぶ。

 いいとこの出みたいだから、まるっきり眉唾というわけでもないだろう。

 しかし、やっぱり彼女は静かに首を振った。

「いいえ。ここでお別れよ。だってわたし、サイレントが大嫌いだもの」

 そう言ってお姉さんは、インベントリからマフラーを取り出し、アリーシャの首にかけた。

「餞別よ。首輪をそれで隠すといいわ」

「ありがとう、お姉さん」

 アリーシャの言葉に、初めて会った時と同一人物とは思えないほどに明るい笑顔を返し、今度こそグリフォンに跨った。

「お姉さん、やっぱり一緒に西方王国にいこ。キチンとお礼したい」

「ダメよ。言ったでしょ? サイレントは嫌いなの。それに……やることがあるから」

「やること?」

「ええ。ずっとずっとやりたかったこと。だから、笑ってお別れしましょ、ね?」

 アリーシャは、お姉さんを見て、うん、と頷いた。

「さよなら、アリーシャ」

「うん、さよなら、お姉さん。また会おうね、きっとだよ」

「……そうね、きっと」

 そして二人は別れた。


     *    *    *


 故郷の町と廃村を往復する日々。

 まるで機械のようにそんなことだけを十年も繰り返してきた、何もしなかった日々。

 小さな逃亡奴隷の少女との三日間の生活で、陰鬱だった彼女の心は妙に高揚し、いまなら何でもできそうな気がしていた。

 廃村に戻った女は、誰に聞かれる心配もない安心感から、大きな声で素っ頓狂な歌を歌いながら廃屋を漁る。

 ようやく見つけた縄を手に、機嫌よさそうに大木の枝にそれをかける。

 何度も吊るされ慰み者にされた大木。

 何度も悪夢に見た大木。

 アリーシャと夜を明かした大木。

「変な子だったな。西方王国で人生をやり直すなんて」

 自分の首に縄をかけ、クスクスと笑う。

 大好きだった、憧れてた、糞尿溜めで死んだ女性の名を小さく呟いてから、笑いながら、歌いながら、女は踏み台から飛び降りた。


 勢いよく締まる首


    折れそうな激痛


      自分の体重が一気に気管を絞めあげる恐怖


 そして、咄嗟に浮かぶ後悔


--死にたくない!


--リーは、優しいお姉さんに生きていて欲しい


 古びた縄は女の重さに耐えきれず切れた。

 地面に落ちた女はゴロゴロと転がり、荒く息を吐きながら仰向けに寝転がる。

 大の字になった女の視界いっぱいに広がる大木を、ポカン、とした顔で見上げた。

 全体重がかかり一瞬首が締まったが幸い折れてはいない。

 しかし一瞬感じた苦しさと痛みを意識すると途端に怖くなり、全身がガタガタと震えだした。

「あ、あは、あははははははははっ」

 知らぬうちに失禁していたことに気が付いた途端、女は狂ったように笑いだした。

 死にたくて死にたくて、しょうがなかったのに、今は死ぬのが怖くて怖くてしょうがない。

 怖くって、可笑しくって、とってもバカバカしくって、女は大木を見上げながらいつまでも笑い続けた。

 自殺、ダメ、絶対。

 自己否定感の強い鬱状態から、活動的な躁状態に移行するタイミングで自殺してしまう事例があるそうです。

 明日も投稿予定です。

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