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(62)迷宮のお話

 理由は自分でもよくわからない。


 文長がやってきた。なんでも補給計画にトラブルがあったらしい

 セザールがやってきた。アリーシャの訓練について豪族縁者の騎士が強硬に反対しているらしい。

 ニナとアンのことでケンカした。

 ブルギおじいちゃんがきた。【魔法を使えないもの(サイレント)】が被害を受ける暴行殺人事件が増えているらしい。

 物に当たったらジョーに叱られた。

 その場にいたバルバラねーさまも庇ってくれなかった。

 ヴィルねーさまは、何にも言わなかった。

 その直後に、全然関係ないことで、かかさまからお小言をもらった。


 一つ一つは些細なことだし、言われていることは正しいと理解できている、いや、理性が正しいと言っている。

 理不尽なのは自分だ。

 感情に囚われた自分がおかしい。

 判っているのに、自分の理性に対して、感情が反発していた。


 自分でもよくわからない激情にかられ、部屋を飛び出したアリーシャ。

 使い魔が追ってくるが全て撃退し、その数が十を数えるころに追撃がやんだ。

「ふんだ、ふんだ」

 アリーシャはズンズン進んでいき、城の奥、入ったことのない場所をろくに確認もせずに進んでいく。

 いつの間にか窓もなく、明かりもない場所をあてどなく歩き回るが、フィールドで周囲を知覚できることと怒りの興奮のあまり、周囲の変化に気が付いていなかった。

 そして、ふっと我に返ったとき、縦横に通路の伸びた石作り場所に一人でいることに気が付いた。

 明かりの無い空間に、恐怖を思い出し、魔力のフィールドを目一杯周囲に広げるが、なぜか阻害されて遠くまで把握できない。

「もしかして、迷った?」

 王城の地下? にこんな広い空間があったなんて初めて知った。

 いつも身に着けているじいじから貰った生贄の短刀(サクリファスナイフ)は部屋に置いたままだ。手元にあるのは既に効果を失ってしまった髪飾りだけ。

「か、髪飾り一つでダンジョン探索って、難易度高いなぁ」

 声が震えているのは自覚しているが、気が付かないフリをしてセオリー通り片手を壁に当てて、元来た(と思われる)方向に進んでいく。

 しかしこの方法は手をついている壁が『島』になっていると意味がない。頭の中でマッピングしようと思っても、距離感が狂い、また曲がり角が九十度とは限らず、緩やかな坂にもなっており、把握しきれない。

 フィールドで大まかな形は把握できるるが、色などは解らず、同じ場所をぐるぐる回っているかどうかも判断できない。


 やがて、アリーシャは壁を背に座り込んでしまい、膝を抱えた。

 身体が疲れてきたのもあるが、それ以上に心が疲れていた。

 ジョーの言葉、バルバラの言葉、かかさまの言葉。それ以外にも色々な人から投げかけられた否定的な言葉。

 特に最近、メイドのアンブロージアから投げかけられた言葉が心に突き刺さる。


--えっ、信頼?


 いつだったかの本気で驚いたアンの顔を思い出す。

「信頼を裏切ったのはアンの方じゃない」


--試してたんですよね?

--忠誠度が数値で見えるって判りやすいよね


 彼女の言葉と自分の思考を同時に思い出す。

 底抜けという理由で投げかけられる言葉は我慢できる。それが理不尽だと、胸を張って言えるから。

 でも自分の行いに対する言葉から逃げることはできない。

「なによ、なによ、デボラに苛められてたのを助けて()()()のに、まじめに働けば侍女にしてあげようと思ったのに、甘い顔を見せるとすぐに付けあがる。『前世』でもそんなの一杯いた。たすけて、たすけて言ってたのに、やれなにが足りない、かにが足りないって、もう、もう、もう!」

 前世でもこうだった。

 上手くいっているときは、すごいすごい言うくせに、それに甘えてドンドン条件が厳しくなって、それをなんとかバランスとってやっても、できて当然、できなきゃ文句。

 大体、ヒト・モノ・カネ、全てが足りないんだから、優先順位をつけるのは当然じゃない。

 パフォーマンスが足りないんだから、みんなで少しづつ我慢して乗り切らなきゃいけないのに、一息つくとドンドン要求を釣り上げていって、それが叶わないと責め立てる。

 自分たちで答えが出せないから、その手助けのために行ったのに、自決権がどうたら不満を立てる。

「もう、もう……もう………………人間なんてバカばっかりだ」

 口にしてみると、心にすとんと言葉がはまる。


 バカばっかりだから、正しい答えが判っても、実行に移せない。

 バカばっかりだから、優先順位が理解できない。

 バカばっかりだから、資源と要求のバランスが取れない。

 バカばっかりだから……

  バカばっかりだから……

   バカばっかりだから……


「人間なんて……混沌そのものじゃない。みんな死んじゃったほうがスッキリするんじゃないかな?」

 アリーシャは自分の言葉に一層落ち込み、膝に顔をうずめた。


     *    *    *


 いつのまにか寝ていたようだ。

 しかしその睡眠は体力の回復に全く寄与せず、目覚めも最悪で気分が悪い。

 たくさんの人たちに罵倒される悪夢を見て寝汗がひどく、またその目ざめも不快な音によるものだった。

 耳元で響く不快な音(モスキート音)を思わず手で払う。小さな何かを払った感触があるが、フィールドで捉えられない。しかも音や体にまとわりつく感触から周囲に沢山の何か……虫?……が飛んでいるらしく、それが入れ代わり立ち代わり飛んできては耳元でささやく。

--底抜け姫は汚い

--底抜け姫は意地汚い

--底抜け姫は王の敵だ

--底抜け姫は王妃の不義の子だ

--王妃を放逐して王は新たな妃を迎えるべきだ

 耳元の羽音は何故か脳に届くと意味を為し、言葉となった。

「もしかして、これが例の噂の正体? でもいったい誰が?」

 大量の虫はアリーシャにまとわりつき、気を抜くと口の中にまで飛び込んでくる。

 服で口や鼻を押さえて移動する方向を思案する。

 どうやらこの虫は、魔力を吸っているらしい。だからフィールドで捉えられないのだ。

 ならば逆に展開した魔力フィールドの感触が弱いほうに虫が沢山いると判る。

 そうして見ると心もち右のほうが数が少ないようだ。しかし、

「かかさまを苛む者がきっとこの先にいる。見定めないと」

 アリーシャはあえて左を選んだ。

 彼女にとって、自分の安全よりも他者(かかさま)の幸福こそが進むべき道だ。


 虫は段々数を増し、目を開けておくことも難しくなってきた。

 また、虫の大群は魔力を吸っていくので、うかうかしていると魔力を失って気を失い、そのままのたれ死んでしまいそうだ。

 やがて、通路は広がり、明りの灯った大きな部屋に出た。

 部屋の中は広くなった分、虫の密度が減り、一息つけた。

 血ではなく魔力を吸い、フィールドで捉えられず、羽音で噂を広げる存在、その正体は大量の蚊であった。

 広い部屋を埋め尽くすような蚊は壁際により、アリーシャは奥まで見通すことができた。

 その部屋はまるで謁見の間であり、しかも王城のそれよりずっと広く、荘厳であった。しかしその荘厳さは背徳さを伴う淫靡なものであり、決してまともな感性で造られたものではない。

 左右にはまるで家来のように幾本もの蚊柱が立ち、一番奥の玉座には何者かの姿があった。

 意を決して蚊柱の家来たちの間をまっすぐに進む。近づくにつれその姿が明瞭になってきた。

 玉座に座るのは豪華なドレスに身を包んだ女性だ。

 ドレスの色は一秒として留まらずに変わり続け、見つめているだけで頭がおかしくなりそうだ。

 女性はどんよりと濁った瞳でアリーシャを睨んでいる。ほとんど動かないにも関わらず、その濁りの奥に憎悪が感じられた。

 何より特筆すべきは二つ。

 一つは女性の胸に突き立った剣。剣は彼女を貫通し、その身体を玉座に縫い付けていた。

 次にその顔。アリーシャは玉座の彼女の顔に見覚えがあった。

デボラ婦人(マダム・デボラ)?」

 玉座のデボラ?の表情が動き、口元から牙がのぞく。嗤ったようだ。

「魔物? 城の地下に?」

 ひび割れた口が開き、アリーシャの耳にモスキート音が届く。


--去れ。ここに足を踏み入れて良いのはグリゴリのみ


 羽音が脳内で言葉となる。


--去れ。彼の者はお前には渡さぬ


--去れ。赤毛の占有者よ


--去れ。グリゴリとの約定だ、殺しはせぬ


 彼女の口から大量の蚊が飛び出し、アリーシャの前で集まり、みるみる形をとっていくと、見慣れたデボラ夫人の姿に変じた。思わず身を固くしてお辞儀(カーテシー)をするアリーシャ。

 その姿に小さく頷き、

「上では貴女が消えたことで騒ぎになっています。王の姫としての自覚が足りません。それでは王のご迷惑となることを肝に銘じておきなさい」

 大量の蚊が飛び交う背徳的な謁見の間で、デボラ夫人はまるで王宮で会った時のようにアリーシャを叱る。

 目の前にいるデボラもフィールドで捉えられない。展開した魔力がすべて吸われてしまっているのだ。

 魔法でランタンを取り出したデボラ婦人が先導して部屋を出ていき、蚊柱たちが(こうべ)?を垂れる。

 アリーシャも慌てて、玉座のデボラ婦人に、お暇します、と頭を下げてから、蚊が集合してできたデボラ婦人を追った。


--殺しはせぬ、殺しはせぬ


 蚊の羽音が、繰り返し囁いていた。


     *    *    *


 いくつもの角を迷いなく進んでいくデボラ婦人。

「あ、あの、お話、よろしいでしょうか」

「……」

 無言が返ってくる。話しかけるなという意思の表れか、無言の肯定か。ここは後者と勝手に決めつけ、アリーシャは言葉を継ぐ。

「玉座にいた婦人を解放したらいけないのでしょうか?」

「なぜ?」

 デボラは足を止め、そのまま問い返す。

「だって、不自由そうだし……」

「……魔物を見たことはありますか?」

「いいえ。ありません」

 デボラ婦人が怖くて、ついつい丁寧語になってしまうアリーシャ。デボラの歩みが再開する。

「魔物は人を襲うもの。封じるどころか、討伐されるのが当然です」

「? でもととさま、グリゴリ王との約定で殺さないんですよね? だったら問題ないんじゃあ?」

「……愚かですね。そのような愚かな姫君では王の恥となります。さっさと田舎に帰ることが王のため、延いては貴女のためになりますよ」

 相変わらずなデボラの言葉に首をすくめるが、同時に違和感も感じた。

「……デボラ婦人ってさぁ、いっつも、ととさまの事ばかりだよね。どんな関係なの?」

 再びデボラの歩みが止まる。

 アリーシャが顔を覗き込むと無表情なデボラ婦人が虚空を見つめていた。身体を構成する蚊の一部が離れて周囲を飛んでいる。

 しかしそれも一瞬のことで、表情を取り戻したデボラは、ただの主と使用人です、と足早に進み始める。


--本体がフリーズするとああなるんだ


 なんとなく納得して足早に進むデボラ婦人を追った。


 デボラの秘密、というか正体の一端を知って恐怖心が和らぎ、さらに迷子の不安から解消されたことでハイになり、アリーシャは次々とデボラを質問責めにしていた。

 無論、無視もされたし、はしたないと窘められもしたが、三回に一回ぐらいは会話に応じてくれるので、地上までの道のりは退屈せずに済んだ。


     *    *    *


--この迷宮はなんなの?

--この地が魔の領域【悪夢の城キャッスルオブナイトメア】と呼ばれていたころの名残です。当時のわたくしの名は【悪夢の淑女(レディオブナイトメア)

--かっこいい!


     *    *    *


--魔物がいるってことは、ここは【魔の領域】なの?

--そうです。ここに限らず、王城も王都も全て、今も【魔の領域】です

--じゃあ、ととさまが攻略したっていうのは間違いなんだね。攻略できてないんだ

--いいえ、攻略はされました。しかし【魔の領域】には【(コア)】と呼ばれるものがあります。それが破壊されぬ限り【魔の領域】なのです。

--ととさまは【核】を壊せなかったの?

--……いいえ、壊さなかったのです。この領域の【核】は、わたくし自身ですから。


     *    *    *


--ねえねえ、デボラ。

--(呼び捨て!)

--ととさまのことスキなの?

--……。

--だから、かかさまに意地悪するの?

--……。

--ねえねえ、デボラぁ。

--……。


     *    *    *


--どうして?

--……。

--どうしてなの?

--……。

--助けて、デボラ!

--……殺しはせぬ、殺しはせぬ


     *    *    *


 春の風が温かく、長い冬を耐えた人々の気持ちを、温かく解きほぐす気持ちの良い夜。

 七歳の誕生日を目前に控えた底抜け姫こと王の第三姫アリーシャが姿を消した。

 誘拐されたとも噂されるが、その行方は杳として知れない。

明日も投稿予定

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