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(61)使用人のお話

「アリーシャ姫のことが嫌いです」

 もうすぐ十三歳になる女使用人(メイド)のアンブロージアにとって、それはずっと変わらない気持ちだ。

「底抜けなのはあんまり気にしてないです。見た目はキレイだし、大人たちが言う【穢れ】ってのもピンとこないし。まあ、嫌いだけど仕事はしますよ。ただ仲良くしないだけ。

 当時、先輩メイドに目をつけられて、標的にされてましたから、そこから逃げる意味でアリーシャ姫の申し出はありがたかったけど、一緒に過ごすうちに姫のヤな面がいっぱい見えて、それが気になって仕方がないんです」

 

 アンブロージアは王都から一週間ほどの場所にあるルカ村村長の次女だ。

 あまり勉強などはできなかったし、姉もいたので王都に住み込みで働くことになった。勉強ができないことはコンプレックスであり、必然的に勉強のできる頭のいい人と距離を置きがちになっていた。

 だからアリーシャ姫に対する忌避感は、そういうものだと思って、今まで通り気にしないようにしていた。

 しかし時を置くごとに彼女のそれは、普通ではないと感じるようになっていた。


「答えを初めから全部知っているかのような口ぶり。教えて()()()っていう言い方。実際頭は良いんだと思います。でも好きにはなれないし、貴女に教えてもらうぐらいなら、答えなんか知らなくたって構わない」


「ニナさんの赤ちゃん、フィリシアちゃんを助けたときは、スゴイと思ったし、良かったと思う。でも六歳の子供がやることじゃない。

 あの時、わかったんです。私が貴女をどう思っているのか、初めて貴女に対する自分の気持ちがわかったんです」


「怖いんです。わたし、貴女が。一緒にいるなんてムリ。信頼関係なんかできるわけがない。だってわたしは貴女が怖いし、貴女が他人を信頼するなんて想像もつかない。貴女にとって他人はコマですよ。

 答えを知ってる文明人が未開人を見下すような、そんな貴女をどうして信じられるの? 対等じゃない相手と、どうやって信頼関係を作れというの?」


 マナ貨を実体化し、アリーシャに差し出すアンブロージア。

「私が少なく渡していることを知っていたんでしょう? いくらか全部把握しているんでしょう? 数えてください。間違いないと思いますよ」


「間違いないでしょう? 判っていたんでしょう? 数えていたんでしょう? 試して……いたんでしょう? 怒っていません。わたしも貴女を試していましたから。でも、もう必要ないんで返します」


「大金ですよね。でも貴女にとってどうってことない。泳がせてたんですよね、わたしのことを。

 普通怒るなりなんなりするでしょう? でも実験動物を見るみたいに観察しているだけ」


「さようなら、お姫様。わたしは貴女のそういうところが、怖くて、嫌いで、鼻について、気になって気になって仕方がないんです」


「ある方からあなたのスパイをしろっていうお声もかかっていたんですよ。でも、そういうのもイヤなんです。わたしはバカですけど、お仕事頑張って、上手くいったら褒められて、失敗したら叱られて、休みの日には友達と笑って。それで十分なんです。頭のいい貴女にはバカみたいでしょうけど、わたしはそれで十分なんです」


「さようなら、お姫様」

 アンブロージアの拒絶の言葉がアリーシャの手足を冷たく冷やし、頭の奥が痺れていく。

『これでいいんだよ』

 頭の中のお兄様(理性)はそういうが、鉛を飲んだようなお腹の奥の不快感は増すばかりだ。

「あ、そうそう」

 アンブロージアが振り返り、その背後にはいつの間にか沢山の人が並んでいた。表情は黒く塗りつぶされ判らないが、否定的な雰囲気はひしひしと感じられた。

「貴女なんか」

「お前なんか」


死ね(Die)! ケツの穴野郎(ASS)!」


     *    *    *


 アリーシャはベッドの中で身じろぎする。

 いやな夢を見た。手足は冷たく、頭の奥も痺れている。このままでは眠れそうもない。

 不快感に全身を埋没させ、まんじりともせずに天井を見つめていた。


 アンブロージアはもうアリーシャの専属メイドではない。普通の使用人としてデボラ婦人の指揮下に戻っていた。

 夢で見たアンの言葉を聞いたのはもう一週間も前の話だし、一部にはアリーシャの想像による補正もある。

 何より最後の言葉は前世に聞いたものだ。


--アンがリーを拒絶した理由は理解できる。前世と同じ、性急すぎただけ


 アンの気持ちは理解はできた。いや、理性で想像できたというべきか。

 アリーシャにとってこの世界の人々の作り出す社会は、欠点ばかりで、無駄が多くて、それを正すのは正しいことだ。

 たから、理屈では判っても、アンの気持ちに共感してはいなかった。


 長い時間をかけて根付いた価値観は文化と同じ。一方的に価値観が間違っている、と正論を言っても受け入れられない。

 相手の禁忌を侵さず、相手の価値観に配慮して妥協点を見つける。


 前世から続けたやり方だ。アンの禁忌を知らないうちに侵してしまっただけ。

「色々とできることが増えて、はしゃぎすぎたのかも。もっと勉強して、この世界のことをもっと知らないと。限られたパフォーマンスをうまく活用し、社会の矛盾を減らし、人々の幸せのために……」

 自分のすべきことを再認識し、気持ちを落ち着けたアリーシャの手足は熱を取り戻し、静かに眠りへと落ちていった。


     *    *    *


 西方地方の平定はほぼ確実。

 スクープ! 詐欺事件の黒幕は南西地方の豪族!

 冬にあった前線への補給の乱れは南西地方の商人たちによる妨害工作であったことが判明。詳しくは続報を待て!

 外と内、二つの危機を救ったのはアリーシャ姫の知性。

 神殿も認める大魔力。【極大祝福】の奇跡!

 騎士が証言。「魔法使っても勝てる気がしません」 アリーシャ姫の戦闘法に騎士も脱帽。

 底抜け姫を要する西方王国の未来は明るい!


「あ~、いろいろ書いたなぁ。提灯記事を書くつもりだったけど、膨らませる必要がない、っていうかそのまま書いたら信憑性が下がるから、むしろ薄めて書いてるし」

 王都の弱小新聞社の女記者は、自分の仕事の成果を脇に退け、今度はライバル紙を手に取る。

「相変わらずカッタイなぁ。姫についても否定的。神官免許取得時なんか、神官長の弾劾まで社説で煽ってたし。お、王の勝利はバックアップしている豪族たちの賜物、その業績を掠め取る王妃のごり押し、かぁ。まあ、向こうは豪族の影響も強いし、しかたがないか。お、面白い投書があるね。魔法を使えないもの(サイレント)を奴隷にしてその魔力を活用すればもっと人々の生活が良くなる、か。うふふ、遅いよ、それ」

 仕事を終え、女記者は同僚に挨拶して帰路についた。

「さて、『底抜け姫の冒険 第五巻』も、もうちょっとで書きあがるし、イレギュラーの排除っていうお仕事ももうすぐオシマイ。自分にご褒美あげたい気分♪」

 チェシャ猫のように笑う女記者の耳元に蚊が止まった。

 その羽音(モスキート音)にしばし耳を澄ませ、りょうかい~、と返事をすると蚊は闇の中に消えていった。

明日も投稿予定

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