(47)内部監査
使い魔を通してステファンから話を聞いたアリーシャは、今日の散策を中止してすぐに城に戻ることにした。ところが、
「もちろん付いていくよ。さっきの聞き込み情報の見返り、ってことで。それに街の事情は私のほうが詳しいよ」
とマーサが強引についてきた。
「記事にできないかもよ?」
「新聞記者には真実を伝える使命がある!」
「…………」
ジト目の姫君に肩をすくめ、国にかかわるやばいことなら避けるよ、と軽く請け負った。
「リーちゃん、会いたかったぁ、愛してるぜ」
疲れの色も濃い文方のステファンは涙を流さんばかりにアリーシャに縋り付こうとし、ニナと護衛に止められた。
「【疲労回復】かけて」
ステファンの様子に見かねて、言うが触媒を使い切っているという。どれだけ長期間拘束されているのか。
「とにかくこっち来てくれ。早く、早く」
アリーシャの手を引いて進むステファンに慌ててついていく。
官仕の姿を多く見かける城の一角、その一室にノックもなしにステファンが入った。
「遅くなりましたぁ。『資料』を持ってきました!」
能天気なステファンの言葉に、室内にいた人たちの視線が鋭くなる。
* * *
能天気な部下の言葉に、頭痛を感じながら上司は『資料』とやらに目を向ける。が、しかし、
「アリーシャ姫、それにニナ!」
禿げかけた文方のフェードルは見知った二人の姿に驚いた。
「あ、フェードルさん、こんにちは。いったい何事?」
「それはこちらのセリフです。ステファン君、説明しなさい」
言われた若い官仕は背筋を伸ばし、
「はい、このリーちゃんの言うとおりに書類を書いただけなので、聞かれても俺には全然わかりません。と、いう訳でリーちゃん。後は任せた」
爽やかに丸投げして、ふう、やれやれ、と自分の仕事は終わったかのように椅子に座るステファンに、全員の冷たい視線が突き刺さるが、当人は全くこれぽっちも気にした様子がなかった。
「……フェードルさん。話を聞かせてくれる? こっちもちょっと気になることがあるから」
下手に二十半ばの男を絡ませないほうが話が早いと割り切った六歳児の言葉に、四〇間際の中間管理職は、そうですね、と同意した。
ことは単純。ステファンが手配した荷物が戦地に届いていないということだった。一便程度ならば事故を疑うが、彼が手配した七便全てが未着だという。
フェードル並びに文方の責任者、文長のバルトローメス翁、それに今回の事態の発覚原因となった監査部門の男の三人とアリーシャが卓を囲み、それ以外は近くでその様子を注視していた(ステファン除く)。
「まず、アリーシャ姫と彼の関係を教えてください」
ステファン曰く、疑惑を説明する『資料』呼ばわりされたアリーシャは、ちょっとした縁から彼の書類作成を手伝ったことを明かす。
「一時期から急に書類が良くなったので不思議に思っていましたが、姫の入れ知恵でしたか」
「神殿を動かすほどですからな。納得だな」
ああ、だからか、と上司と責任者が大きく頷く。
監査役とは面識があった。そもそもアリーシャの不正の噂が今回の文方への監査のキッカケになったのだから、ステファンの件が明るみになったのは不幸中の幸いといったところだろう。
「今回の不正に姫がかかわっていたという訳ですね」
監査役が眼鏡をクイクイ、っと動かしながらアリーシャに圧力をかける。しかし、疚しいことのないアリーシャは、詳しい説明を求めた。
「注文を受けた商家は?」
「無論、商家に問い合わせたがそもそもそんな注文は受けていないという」
「支払いは?」
「発注時に二割、出発前に荷の確認をして四割、受け取り確認後に残りの四割」
「支払いの方法は?」
「ステータス画面を通した取引です。勘定方が行います」
「六割は支払い済ってことだね。荷の確認はだれが?」
「ステファンと勘定方の担当者だ」
一通り話を聞いた後、ある申請書類を取り出すアリーシャ。自分も作成に関わっていたから覚えている。
「この取引の商家の住所、今朝そこに行ったけど、そこに存在してない」
見せ品を準備した詐欺か。実際に物資を手配している以上、大がかりな詐欺グループのようだ。
アリーシャは書類を漁り、七件の取引のうち 最初の取引を行った商家を挙げて、
「ステファンさん。この商家とはどうやって知り合ったの?」
「ああ、そこの若旦那と飲み屋で知り合ってさ。面倒な仕事を押し付けられたって店の女の子に愚痴ってたら、それ、ウチでできますよ、って。後はトントン拍子。条件も良かったし、接待もしてくれたし、他の商家も若旦那に紹介してもらったんだよ」
ああああああああああ、と声をあげながら顔を覆う上司と文長と監査役と幼児。後ろで新聞記者がばか笑いをしている。
「内部統制が、職業倫理がぁ、リスクマネジメントがぁ。……これは間違いなく王国に対する犯罪、兵士と騎士の仕事だね」
「一応、共犯の疑いでステファンも拘束ですね」
え! 俺? という叫びを無視して話を進める。
「それにしても……リーがステファンの書類を手伝わなかったら、被害は防げたかも」
「それは違う」
いい加減、ステファンをさん付けするのを止めたアリーシャ。その自嘲的な言葉を文長が否定する。
「原因はこの阿呆だ。そしてそれを見破れなかった上司であるフェードルのせいでもある」
威厳ある態度でそれを断ずる文長と苦虫を噛み潰したようなフェードルの姿にニナが、
「……一番の責任は一番の責任者にありますよね?」
とぼそりと呟き、そりゃそうだ、とマーサも大笑いして同意。文長の顔が赤くなる。
そんな責任の所在を押し付けあう視線の応酬に、アリーシャが待ったをかけた。
「責任追及は後。まずは犯罪としての捜査の開始。監査役さん、お願いできる?」
「承知した」
「文長、今回のことは王の軍にどのくらい影響がありますか?」
「即答はできん」
「いつ判ります? 誰がわかります?」
不明瞭な回答にアリーシャが畳みかける。
「それは、」
言葉を濁す文長に代わってフェードルが口を挟む。
「誰にも把握できていません」
フェードル! と声を荒げる上司にも臆せず中間管理職は言葉を次いだ。
「各前線指揮官からの要請に沿って補給計画を作って送りますが、過大に要求する指揮官もいます。全体の把握ができていないので、優先順位の判断ができず、縁故が重視されます」
「……じゃあ、厳しい前線への補給が書類の不備で先送りされたり、余裕のある所の嗜好品が縁故で優先されたり、とか」
「あり得ます。戦争帰り、特に叩き上げの騎士に文方は恨まれることが多く、また無茶苦茶な要求をしてくる騎士たちへの文方の反感も強く、双方とも総じて仲が悪いのです」
ここぞとばかりにぶっちゃけるフェードルの言葉に文長は苦い顔で黙り込む。
--王の戦術を支える補給、通信、機動力とか言われてるけど、内実はこんなものか
アリーシャはちょっとガッカリするが同時に、自分にできることを見つけて、奮い立ってもいた。
「文長、提案があります」
「なんじゃい」
不機嫌そうに睨んでくる。子供っぽいなぁ。
「ここ最近、今回の王の遠征以降の補給物資に関する書類の閲覧許可をください。リーが把握してみます」
「できるのか?」
「誰かがやんなきゃいけないんでしょ? ならば戦力外のリーがそれをやれば、文方の業務に影響は出ないよ」
ついでに戦力外のステファンも貸してください、と言い添える。
「まあ、良かろう。他の仕事の邪魔はするなよ」
「ありがと。じゃあ、ステファン。今日からしばらくはリーがあなたの上司だからね」
「なあなあ、リーちゃんってっさ、アリーシャっていうのか?」
言われたステファンはまるで関係ないことを言い出した。コミュ力ありそうでないな、この人。
「そうだよ」
「うわぁ、よりにもよって底抜け姫と同じ名前かよ。変えたほうがいいよ、ばっちいよ」
目を吊り上げたニナが魔法を唱える。
「【蜘蛛の糸】!」
ジョーお得意の魔法をニナが唱え、ステファンは拘束された。
「うわぁ、ニナ、攻撃魔法覚えたんだ」
「はい、ジョーさんに教えていただいて。アリーシャ様の捕縛に便利だと」
「……リーがターゲットなんだ」
憮然とした主にニナがクスクスと笑う。
「お~い、俺はどうなるんだぁ」
「アリーシャ姫への暴言、そのまましばらく反省してなさい」
「姫、私が案内しましょう」
「ではワシらは騎士団に捜査依頼をしてくるか。気が重いのぉ」
蜘蛛の糸に捕らわれた男を放って、一同は部屋を後にした。
「え? 姫? ええ?」
ステファンはまだ混乱していた。
* * *
「で、マーサはどこまでついてくるの?」
「まあ、まあ、固いこと言わないで」
結局何の役にも立たなかった新聞記者をどうしようか考えながら文方のフェードルの案内で書庫を目指す。
すると前から数人の女使用人を引き連れた年配の女性と行き会った。
「デボラ婦人」
感情を感じさせない濁ったガラス玉のような視線でアリーシャを一瞥し、一瞬その視線が合う。
まるで奈落に繋がっているかのようなどんよりとした瞳への警戒感から、アリーシャはとっさにフィールドを展開した。デボラ婦人を含む周囲をアリーシャの魔力が覆うが、そこに夫人がいるという感触がない。
--まるで展開した魔力が吸われているみたい
身体ごと吸い込まれる姿を想像してしまい、慌ててフィールド展開をやめる。
デボラはまだこちらを見ており、アリーシャは怖気を震い、視線を逸らす。
「アリーシャ様」
デボラ婦人の声にアリーシャは思わず身を固くする。
「王の娘とはいえあなたはまだ子供。目上の者と行き会ったら少し道を開け、礼をなさい。それが作法です」
言っていることは全く間違っていない。言い方もごく落ち着いたものだ。なのになぜこんなにも心がざわつくんだろう。
「返事は?」
「あい」
「はい、です」
「はい、ありがとうございます、デボラ婦人」
礼を返すアリーシャに軽く頷いて、そのまま歩み去るデボラ婦人。自然と全員が息を吐く。
「あれがデボラ婦人かぁ。初めて見たけど噂以上だ」
護衛の後ろに隠れていたマーサが、ひょいっと出てくる。
「知ってるの?」
「あの人さ、何歳ぐらいに見える?」
「五十歳ぐらい、かなぁ」
「十五年前からあの姿らしいよ、いいや」
そこで新聞記者はわざとらしく言葉を切る。
「王都に人が住む前から、ここが【悪夢の城】と呼ばれてたころから、あの姿らしいよ」
新聞記者はチェシャ猫のような笑みで都市伝説のオチを明かした。




