(48)王城の人々
王城では様々な人が働いている。
王城に居を構えるのは原則として王とその妻子だけであるが、業務の都合から王城に泊まり込むものも多く、また使用人の一部は住み込みで働いていた。
特に戦場で命を落とした兵士の寡婦で子供が成人未満の場合は積極的に住み込み使用人として雇い入れているため、王城育ちの子供は20人ほどいる。
また城の管理を行う執事や女使用人、警護の兵士、騎士は必ず一定数が城に常駐しているため、週の半分以上は城で寝起きしていた。
城で働くものは大きく分けて三つに分けられる。
一つは文方。一般的に官仕というと彼らを差し、原則通いで毎朝登城し、国の内政を担っている。文方の長は文長であり、王の相談役を兼ねる。
次に武官。王に直接忠誠を誓い、王に任命された騎士と王国に雇われた兵士に大別される。指揮系統としては騎士が兵士を指揮し、平時においては街の警邏など治安維持を任務としている。そのトップは騎士団長で、その下に各大隊長が位置する。
最後が城の維持管理を行う使用人たち。ハウスメイドやコック、庭師、その他多くの者がおり、王に直接雇われた者たちであった。城内の様々なことを管理するため、文方や武官と王らとのパイプ役でもあり、その影響力は小さくない。それら使用人たちを統括するのが執事長であった。
執事長グリエルモ・セーバースは足音をさせずに場内を歩き回り、部下たちの仕事ぶりを監督していく。
大半の使用人はグリエルモの存在に気づいておらず、査定されていることにも気づいていない。
以前は女使用人の管理は全てデボラ婦人に任せていたが、先日発覚した陰惨な虐めやメイドを使った王妃への嫌がらせを思うと、任せたままにできないと感じていた。
しかしデボラ婦人を排除するわけにはいかないため、何とか手綱を取っていくしかないが、中々に気が重い。
グリエルモは元々冒険者であり最初期からのグリゴリ王の仲間であったが、怪我で左目を失ってから一線を退き、その際に王から今の仕事に誘われた。
以来十五年。家というものを持ったことのなかったグリエルモにとって、この王城は初めて手に入れた帰る場所であった。
その彼にとっての大事な場所に、最近新しい厄介ごとが紛れ込んできた。
若い男に書類を持たせて歩く幼い姫君を見つけ、眉をひそめて声をかける。
「アリーシャ様。護衛のクリストフの姿が見えませんが、如何されました」
「あい、セバスさん、こんにちは。王城内は要らないって断りました」
「左様ですか」
あのバカ、後で説教だな。それはともかく、
「ちなみに姫君。わたくしはグリエルモ・セーバースです」
「セバスさんって執事なんでしょ?」
「執事長です。それと王より拝領した家名はセーバースです。お間違え無きようお願いいたします」
「セバスさんの足音を立てない技術、魔法じゃないよね。今度教えて」
「……」
それを見抜くとは、やはりあの男の血はこの娘が一番濃いか。
「それとセバスさんさぁ」
「セーバースだっつってんだろだろがぁ! お前ら親子は揃いも揃って。お前の親父も俺にこの家名を与えた癖して、いっつもセバス、セバス言いやがるんだ。大概にしろ!」
執事長グリエルモ・セーバース。若いころからグリゴリに振り回されてきた苦労性の男であった。
* * *
ステファンが騙された詐欺事件の影響を明確にして、そのフォローを行うために、王の出陣以降の補給状況の把握を目的に、アリーシャは資料の整理に当たっていた。
それは王の軍からの補給の要求書の内容、頻度、送った物資の内訳を書き出し、一覧表にしていくだけだが、だけといっても単純ではあるが項目が複数にわたるため、進め方を間違うと無駄ばかり増える面倒な作業でもあった。
初めに記録の書式をアリーシャが作り、読み上げていくが、書き込むのはステファンの役目だ。
「安心して。【疲労回復】も【栄養補給】も、触媒はたんまり準備してあるから」
一枚目が終わり、二枚目も同じ書式を準備するアリーシャ。自分で考えず、すぐに他人に頼るステファンだったが、やることを指示すると手は早い。
「なんだよ、同じもん書くんなら【複写】すればいいじゃん」
「コピー魔法があるの?」
「当然だろ」
聞くと文方にとって必須魔法らしい。ワクワクしながらその魔法行使を見学する。
触媒はインク壺と紙。
アリーシャが書き上げた紙と無地の紙を前に置き、インク壺に向かって魔法をかけると、インク壺のフタが開き、中から小人の集団がワラワラと現れた。
「うわぁ」
思わずアリーシャが歓声を上げる。
望遠鏡を持った小人が三脚の上から元絵を見て横にいる親方っぽいのがメガホン片手に指示すると、ペンを持った小人たちが、わーっ、と無地の紙に向かい、そこに線や文字を描いていく。
十秒ほどで書き終えた小人たちはインク壺に帰っていくのを、パチパチパチ、とアリーシャが拍手で見送る。心なしか小人たちが照れ臭そうにしてたり、緊張で動きが固かったりしており、そのせいか最後に歩いていた小人がポテッと転ぶ。インク壺のフタはもうすぐ閉じそうだ。
「気を付けて」
アリーシャがひょいっと小人をつまみ上げてインク壺の上に下ろす。その小人はペコペコお礼をしてると、壺から顔を出した親方に早くしろ、とばかりに足を引っ張られて、インク壺の中に消え、フタが締まった。
「すご~い、も一回、も一回」
とステファンにねだるアリーシャ。
二回目以降も小人たちは同じ小人なのか、愛想よく手を振ったり、挨拶を交わしたりしながら、仕事をこなしていく。
結局五回もやらせ、最後の時には、
「ごくろうさま」
とニナに用意してもらったミルクをインク壺の近くに置いておいた。小人たちはびっくりしたようにアリーシャを見る。
「どうぞ」
小人たちは小躍りしながらミルクを口にし、全員が一列に並んでアリーシャにお辞儀をしてから、インク壺の中に帰っていった。
そんな(アリーシャにとっての)癒しタイムの後は、勿論死の行進である。
しかし以前フェードルにした時と違い、ステファンに判断させるとその度に違う判断をしてデータとしての確度が下がるので、監視し続けないとまともな仕事ができない。ハッキリ言って自分でやったほうが早いかも、と思わないでもなかったけど、なるべく仕事を単純化させて、作業を続けさせた。
* * *
「最近姫様に避けられてる。呪術紋の勉強だって進まないし……。そりゃあ、一杯叱ったけど、それだってあの子のためを思ってなのに。なのにぃ!」
世話人は酒杯をドン、とテーブルに置いてぐずぐずと鼻を鳴らした。
「初めて一緒の冬越えなのに。色々お買い物しようと思ったのに、『かかさま、今は王国の一大事です。ビシィ!』って構ってくれない」
母は酒杯をチビチビ飲みながらハラハラと涙を流す。
「一緒にご本を読もうと思ったのに、今忙しいの、って」
ぶー、と口を尖らせる下の姉姫の様子に彼女の世話人がたしなめる。
「最近、ニナさんにお任せしっぱなしで楽でいいです」
専属女使用人はのんきにクッキーをつまんでポリポリと食べる。
「これはいったい何なのでしょう?」
上の姉姫は(表面上は)あらあら、まあまあ、と自分の部屋の惨状に困り顔を浮かべていた。
「えっと、アリーシャ姫様被害者友の会?」
小動物のようにポリポリとクッキーをかじるメイドの言葉は言いえて妙だった。
「……あなた使用人でしょ。なに同じテーブルについてるの」
ヴィルジーニアの言葉に、はいぃ、と慌てて立ち上がるアンブロージア。
オロオロ、オドオドするメイドに冷たい目を向けてから、
「で、貴女から見てあの子はどうなの? ずいぶんと勤務態度が悪いらしいけど」
アンブロージアの勤務態度はアリーシャの悩みの種になっていた。当然そのことはヴィルジーニアの耳にも入っている。
「あ、わたし、多分ですけど姫様の侍女候補だと思うんです。真面目にやったら侍女にされちゃうじゃないですか」
「侍女になりたくないの? 使用人の貴女からしたら大出世でしょ?」
おかしなことを言う使用人に興味をそそられる。
「え~、嫌ですよ。姫様って自分以外はみんなバカだと思ってるみたいじゃないですか。命令聞いてハイハイやるならともかく、対等の信頼関係なんかムリムリ」
小動物のように相手の動きを窺う動作の割に言ってることは現実的で辛辣だ。
「アンブロージア、なんですかその言い方は!」
「そうです。大体あなたは姫からお預かりした財をネコババしてるでしょう!」
王妃ブリージダとジョーの猛攻にワタワタする使用人。
ヴィルジーニアは、はあ、とため息を吐く。
「お姉さま、どうされました?」
「ちょっとね、アリーシャのことが心配なだけ」
そう言って目の前の惨状から目をそらす。
--使用人に見限られたら、おしまいよ、アリーシャ




