(46)散策
今日は朝から王都に繰り出した。
お供は使い魔のニナと護衛一人。なんか突然つくことになった人で、一見優男だけど腕は立つ(らしい)。
本当はアンブロージアにも声をかけたけど、早朝ということで露骨に面倒くさがっていたので置いてきた。お土産は絶対に買っていかない。
まあ、アリーシャの財を預けて買い物もする予定なので信頼できるほうがいいけど、自分の専属女使用人で侍女候補と考えていたけど、最近のアンブロージアの態度は目に余る。
無理に自分の専属にした手前、切り捨てるのも忍びないし、とアンの今後の扱いは最近のアリーシャの悩みの種だった。
当然のごとくジョーも来たがったが、最近、何かとウルサイので、いろいろ理由をつけて置いてきた。ジョー、ごめんね~♪
アリーシャはこれまで落ち着いて王都を見て回ったことが無かった。そこで新聞記者のマーサの取材を受けがてら王都を案内してもらうつもりで今日のお出かけとなった。
朝市を適当に冷やかし、エスニックっぽいお粥を屋台で買って朝ご飯を食べながらマーサを待った。
冬の気配も濃くなってきたので、あったかい粥はお腹に心地よい。
「やあやあやあ、こんちは、遅れたかな?」
「ううん、早く来すぎただけ」
と恋人のような挨拶を交わして、マーサと合流する。
「お姫様も屋台で朝ご飯なんだ」
「田舎育ちだからね。それに美味しければ何でもよし」
美味しいは正義、と拳を振り上げる子供の姿に周囲でクスクス笑いが上がる。
「あ、ところで何て呼べばいいかな? 騒ぎになると面倒だし」
ちょっと声を潜めるマーサ。
「ん~、じゃあ、リーで」
「リーちゃんね。おっけ~。じゃ、いこっか。なんか見たいもんとかある」
慣れた様子で街を歩くマーサに慌ててついて行きながら、アリーシャは以前から気になっていることを尋ねる。
「ねえ、マーサ。どうしてこの街には神殿が二つあるの?」
街の中心近くの本神殿と先日、審議が行われた分神殿がある。
「ああ、それは簡単。王の命令だよ。最初王は神殿を作ることを認めなかったの。王は神殿、っていうか公同派が嫌いだからね」
でも人が暮らすならば神殿は必須。王に対する影響力を維持したい神殿としても新しい王都という富を生む場所に何としても神殿を建てたい。
「その妥協の産物よ。魔法を使えないものに対する施しは街の外で行うことを条件にしたらしいわ。だからその為の分神殿を街の外に作ったのよ」
ゴライゴウの街で感じた無駄が無くなってる。たぶん最初からそこを落としどころに狙ってたのかもな。
そんな思いでゴライゴウの街とこの王都を見比べてみる。
街の雰囲気がずいぶん違う。
他の街では猫や犬、鼠などの小動物を見かけなかった。これは獣除けの結界のせいかと思っていたが、この街ではよく猫を見かけるし、そういえば犬も見かけた。鼠はまだ見ていないが……。
装飾品売りの露店を冷やかすが、まったく同じデザイン、まったく同じ大きさの装飾品がいくつも並んでいた。
「まだこの魔法しか習得できてない見習いの品なんだよ」
露店の店主はそう言って売りにくい商品を何とか売り込もうとしていた。
マーサの取材に、マテス村の話をしたせいか、自分の命を守ってくれた髪飾りを思い出した。
ムティア、カシムとお揃いの品。なんでかすっかり忘れていた。
「時間見つけて作りたいな」
装飾品のように建物も魔法で作るためデザインの数は有限。しかし他の街ではデザインというか文化の全く違う建物が混在していたが、この王都ではそんなことはなく、デザインは有限ではあったが、文化的には統一され、落ち着いた街並みが広がっていた。
「この街の建物はどうしてみんな似てるの?」
「変な質問だねぇ。どうしてそう思うんだい?」
アリーシャの問いにマーサが応じる。
「ゴライゴウの街や他の街でも、建築魔法を使う工房によってデザインがバラバラなんだよ」
二つの尖塔を持つ白亜の王宮が見下ろすこの王都は、石畳を備え、建物は煉瓦作り、そのデザインも統一感がある。
「一つの工房が独占して全部作った、とは思わないの?」
「思わない。これだけ大規模に統制するのに必要なコストと効果を考えたら割に合わない。いまの王でもムリ」
観光地にするための条例とかでも難しいのに、観光資源という考えがあるのかも疑わしいこの世界で、そのようなことをするメリットはない。そうする理由があるとしたら権力者の『好み』だけだ。しかし今の王でもそれができるほどの絶対権力者ではないし、財にだって限りがある。
そんなアリーシャの答えに、ふぅん、と意味ありげな笑みを浮かべる新聞記者。
「半分外れ。最近の建物については王が統制してるよ。まあ建築魔法のIDを王の命で公開して、それだけ使えって命令してるから、工房は複数だけどね」
「最近の、ってことは最初は違うの?」
「そ。ここが街として機能し始めて十五年。当時の、王を名乗り始めたばかりのグリゴリ王には、そんな統制をしている余裕はない。でもデザインは統一されている。さて、なぜでしょう?」
この王都の歴史がそんなに浅いとは知らなかった。面白がるような記者の問いに判らない、教えて、と素直に返す。
「あんまり知られていないけど、知ってる人は知っている、って感じ。ところで審議の時にリーシャが現れたときはけっこう驚いたよ。よく神殿に入れて貰えたね?」
「交換条件?」
ふ、ふふ~ん、と露骨に鼻歌を歌いだしたマーサ。そのワザとらしい様子に苦笑いして、別に隠すことじゃないし、とアリーシャが説明する。
「別に難しいことじゃないよ。審議の場に告発者が出席するのは当然、っていうか出席の義務がある。神殿法にもそう明記されてるよ。一方、神殿に【底抜け】が入っちゃいけないっていうのは神官たちが勝手に決めた慣習法。どっちを優先するの、って聞いただけだよ」
「なるほどね。神殿法を全部理解してるってわけだ。法の申し子ってフレーズを思いついた、どう?」
「悪くはないけど神殿とケンカしたくないからヤメて。それより王都のこと」
「ああ、簡単だよ。十五年前、人がここに住み始める前からこの街はこの姿だったんだよ」
どういうこと、と首をかしげる六歳児に、とっておきの秘密を明かすように大人の女性が囁いた。
「ここは元々【悪夢の城】と呼ばれた【魔の領域】なんだよ」
グリゴリ王が魔の領域を攻略して、人が住めるようにしたという。
「それだけじゃない。さらに秘密があってね」
マーサが続けようとすると、目の端に見覚えのある名前を見つけて、アリーシャは思わず立ち止まった。
「どうされました?」
「この商店……」
「知ってるとこ?」
マーサの問いに、自信なさげに頷く。
「ここって……王の軍への物資の調達とか輸送とかやってるとこ……だよね?」
その商家の屋号は以前、城の官仕、文方のステファンの仕事を手伝った時に見た名前だった。
「いや、それはないでしょ。ここ、年配の夫婦二人でやってる地元密着の店だし」
見るからに小さな個人商店に対して、見かけ通りの回答をするマーサ。
アリーシャは店の中に入り、少し見て回り、話も聞いて出てくる。マーサの言うとおりだった。
「何か気になることでも?」
ニナの言葉に首肯し、ある住所をマーサに伝える。
「この場所わかる?」
「もっと中心付近だね。ここからだと歩いて三十分ぐらいか」
「そこに行こう」
アリーシャは考え込みがちになって質問してこないのをいいことに、マーサはアリーシャやニナ、果ては護衛までも質問攻めにしながら、目的の場所に向かう。
そこには確かに商家の看板が掛けられた建物があったが、先ほどの商家とは別の店だ。
「そんな……確かにこの住所で間違いない?」
「姫、何がおかしいの? 話してくれないと判んないよ」
少し不満げなマーサの言葉に、ん、と少し悩んでから、この住所に先ほどの個人商店と同じ名前の商家がある、という書類を見たことを説明した。
「わかった、ちょっと待ってな」
いうが早いか、マーサは近隣に聞き込みに行き、二十分ほどで戻ってきた。
「この店、今は無人だけど、結構頻繁に人の出入りがあったり、看板が変わったりするらしいね。何やってるとこかは判らず、周りも不審に思ってたって」
アタリかな、と独り言ちるアリーシャの前にフクロウの使い魔が降り立つ。
「リーチャン、タスケテクレ~」
情けない声で、ステファンの使い魔が叫んだ。




