(45)黒い噂
「密着取材させてくんない?」
『両翼の魔法』新聞社の記者マーサがアリーシャに申し込むが、その場でそれ以上話をすることができなかった。
大量の財を見せつけた【底抜け】に人々が色めき立ち、先ほどまで口汚く罵っていた豪族関係者さえ、アリーシャと話したがったからだ。
終いにはこの分神殿にアリーシャが立ち入ることを最後まで反対していた本神殿の神官長さえ、応接室でお茶でもどうかと誘ってくる始末だった。
素早い掌返しに呆れ半分、意地の悪い笑み半分のアリーシャであったが、フェリシアの身を気にするニナと、保護者然としたバッコ卿の促しに、いったん王城に戻ることになった。
「マーサさん。馬車の中でよければ話を聞くよ」
ニナが御者に場所の準備を指示している間に応えるが、黒髪の記者はまるで違うほうを見ていた。
「マーサさん?」
マーサは近くに止まっていた馬車に、正確にはその近くで世間話をしている御者に近寄り、
「すいませ~ん、今の話し、詳しく聞かせてください」
とメモを片手に話しに割り込んで、何事か聞き取ると、
「姫! ちょっとやばいかも。十分だけ待っててぇ」
と、いうが早いか、返事も待たずにマーサは神殿の外に出て行ってしまった。
そこに自分の馬車に向かったはずのバッコ卿が慌てて戻ってきた。
「姫、妙ですぞ」
バッコ卿からの話しを聞き、更に三十分ほどしてさらに詳しい話をマーサが仕入れてきた。特にマーサのそれは時間差が小さく、広範囲で噂を収集してきたため、その異常さが際立っていた。
曰く、アリーシャ姫がストーン家の跡取りの赤ん坊を奪い、その親権に大量の財を要求した。これは人身売買で秩序神の教えに反する
曰く、底抜けが財を持っていた。ストーン家の事件で脅し取ったに違いない
曰く、底抜けが財を持っていた。王妃の手引きで国家の財、即ち民の税を私物化したのだ
「問題はね、これってついさっきこの分神殿で起きたことを元にした噂じゃない? なのに今しがた王都に到着した人や、王城のほうからこっちに来た人がその噂を知ってたことなのよ。しかも誰から聞いたかハッキリしない」
「アリーシャ姫、並びに王妃様に悪意を持つ者の魔法ですね」
「でもどんな魔法だろう?」
アリーシャが薄く魔力を広げるフィールドを張るが、人やら小動物やら虫やら使い魔やらの存在は検知できたが、それが異常かの判断材料がなかった。
「ま、一つ判ったことはあるね」
思わせぶりな言葉で視線がマーサに集まる。
「もう少し待って噂を広めればバレないのに、その間さえも待てなかった。何か事情があるのか、さもなきゃ……それが我慢できないぐらい、姫と王妃が嫌いか」
新聞記者の表情はまるで面白がっているかのようだった。
マーサの申し出に対して、警護上の問題があるので王城内での密着取材は断った。しかしアリーシャが街に出るときは声をかけるので、その時なら、と約束を交わした。
* * *
突如広まった黒い噂に、会計担当の官仕がアリーシャに話を聞きに来たが、アリーシャが魔力を発し、それを一部渡してマナ貨にさせたところ納得し、聞き取りは形式的なもので終わった。
問題はそれに付随して行われた文方のチェックであった。
「ステファン君。君の主導した取引に不審な点がある。この点について説明しなさい」
若い官仕は上司の言葉に、心の中で叫んでいた。
「たすけて、リーえも~ん」
* * *
審議の場に実際にいた者にはアリーシャが相当量の魔力を保有していることが知れていたため、噂の影響を受けず、翌日からアリーシャに面会の申し込みが多数あった。
その大半が融資の申し込みや、ここだけのウマい話、単純な財の無心、酷いのになると愚かな底抜けではなく自分が有効利用してやろう、といった手合いまで現れ、賢いとはいえまだ六歳の子供を守るべく、ジョーと王妃が追い払っていった。
アリーシャはまた正座させられていた。
「姫。姫の魔力が多く、それ故に狙われる危険があると申し上げたはずです。それをまるで見せびらかすような真似をして」
ジョーの懇々とした説教が続く。アリーシャを心配するが故だったが、当のアリーシャは、
--神官長に寄付して、神殿フリーパスにしてもらって
--魔法が使えない者への自立支援事業として
--金床神殿の道具を取り寄せようか
--底抜け以外のサイレントにステータス魔法を習得させて
--まずは教育の充実かな
「姫!」
「はひぃ」
上の空のアリーシャはさらに叱られていた。
因みにステファンから使い魔が飛んできていたが、忙しいからと追い返されていた。
* * *
「って、感じでジョーに怒られたの。ヴィルねーさま、なぐさめてぇ」
ごろごろと甘えるアリーシャと、あらあら、まあまあ、と穏やかに微笑む上の姉姫ヴィルジーニア。
「でもそれは貴方も悪いのよ。貴方の世話人も貴方の安全を考えてのことなのだから、ちゃんと聞かないといけませんよ」
「う~ん、それは判ってるけどぉ。そこに答えがあって、早くやるほど救われる人が増えて、自分にそれができるのにやらないのがヤーなの」
「答えってどんな?」
自分の話を聞きたがる姉に、妹は壮大な夢を語り始めた。
サイレントの自立、底抜けでもできる産業の育成、教育の充実、この国の内政はお粗末、もっといい方法がある、それを教えてあげたい、経済だってそう、非効率そのもの、魔法に頼りすぎ、魔法って不便、などなど。
「……ねえ、アリーシャ。前にわたくしが注意したこと覚えてる?」
「異端審問ですよね? もちろん覚えています。その為にも神殿長に多額の寄付をして、それで、」
更に話し続ける妹の言葉にヴィルジーニアはニコニコしながら何も言わずに聞いていた。
ひとしきり吐き出して上機嫌でアリーシャが帰った後、グリゴリ王の第一姫は、二人の人物に使い魔を飛ばし、面会を求めた。
* * *
「アレはお母様と同じタイプです。根は善良ですが、良いと信じた方向に暴走しかねません。なまじ能力があるだけにお母様より質が悪い」
「相変わらず毒舌ですね」
「そうかしら? そんな訳で勝手をさせないように注意してください」
「ちょっと前までは、そんな感じじゃあなかったがな。バカ娘と違って、細かいとこに良く目が向いてたぞ」
「例の魔法の影響でしょうか?」
「……まあ、頭に致死性の魔法を受けて生きているほうが奇跡ですから、あのくらいですんで良かったと思うべきかもしれませんね。どちらにしろ、どれほど頭がよく見えてもあれはまだ子供。それを忘れないでください」
「承りました。念のため護衛をつけましょう」
「まったく世話の焼けるバカ娘が二人に増えるとは。判った、注意しとこう」
* * *
「自分で作った書類、自分で手配した商家のことだろう。なぜ答えられない」
若い官仕に対する上司と監査部門の追及は激しさを増していた。
「ちょ、ちょっと待ってください。リーちゃんを、あ、いや説明できる資料を持ってきます」
「逃げるなよ」
逃げたいよ。城の文方ステファンは心の中で叫びながら使い魔を飛ばした。




