(44)名案
審議の終了を聞き、終わった、とニナは息を吐く。
自分が苦しんだ期間からすると九年というのは随分と長い気もするし、殺してやりたいと思ったことを思えば軽いとも感じる。
でもそれはもういい。彼らの罪の最終決定は国が、王が行うだろう。その結果にはもう興味がない。
自分のこれまでの人生に関わるしがらみは今日この場で終わったのだ。
明日からは気分を改め、あの子を育て、アリーシャ様にお仕えしていこう。
そんな気持ちのいい虚脱状態でいるところに話しかけられた。
「こんにちは、ニナさん」
「……ストーン夫人?」
にこやかな笑みを浮かべたストーン家の夫人の姿があった。
夫は蟄居を命じられ、息子と姪の有罪がたった今、決まったにも関わらず、そんなことを感じさせない笑顔であった。
「ああ、今は使い魔でしたね。さん付けは不要でした、ごめんなさいね。ニナ」
まったく謝意の感じられない謝罪と、まったく敬意の感じられない丁寧語に眉をひそめ警戒する。
「実はフランクとあなたの結婚のことなんだけど、あなた使い魔でしょ? だから愛人ってことにして、子供を認知するのがいいと思うのよ。明日には使いをやって子供を引き取るから、あなたはそのまま使い魔として罪の清算をしてちょうだい」
「どういう、意味ですか?」
何を言われてるのか理解できない。
あー、あの家でも同じことを考えたっけなぁ、と呆然とニナが思う。
「そんなに難しいことを言ったかしら? フェリシアちゃんでしたっけ? かわいいストーン家の跡取りですもの、大事に育てますわ」
「あの子は私が育てます!」
「あら? あなたは人じゃないのよ。人の親にはなれないわ、当然でしょう? フランクと結婚できなくてショックなのは判るけど、自分のせいなんだから諦めて頂戴」
「あの子はストーン家とは関係ありません!」
「あの子の目を見れば誰だって判るわ。あの子はストーン家の子よ」
「ちがう! あの子の瞳は青い花の瞳だ。青い目の男なんか関係ない」
「おかしな子ねぇ」
頭のおかしい娘の主張に困り果てた常識人、といった風情でストーン夫人が小首をかしげる。
「その辺にしていただけませんか」
アリーシャの助手として同行していた官仕のフェードルがニナの前に立つ。
「おじさま」
ニナがフェードルの手にすがる。
「ニナ、大丈夫!」
アリーシャとバッコ卿、ついでにマーサも駆けつける。
「あらあら、アーノルド様。お久しぶりです」
ストーン夫人にはバッコ卿以外視界に入っていないように、彼に向けてだけ優雅に礼をする。
「いえね、困ってしまって。うちの嫁がワガママ言ってましてね。アーノルド様からもガツンと言ってやってくださいませんか?」
「誰が嫁だ!」
思わずニナの口調も荒くなり、興奮してオコリの如く体が震えていた。
ストーン夫人は構わず先ほどニナにしたのと同じ話しを子供を引き取る旨を説明する。
「だってコレは人じゃありませんから親権はないでしょう? ならば子の親権は父親のもの、つまりストーン家のものでしょう?」
「生憎ですがそれは違います」
フェードルが口を挟む。
「素人は黙っていて」
「生憎ですが玄人です。ニナが有していたものは全てアリーシャ姫様の物です。赤ん坊の親権も同様です。そしてニナが子を産んだ経緯を考えれば父親の親権が認められることもありません」
突如始まった新しい論争に、傍聴席はもちろん、神官たちの注目も集めていた。
「それじゃあ困るのよ。フランクが十年近くも出てこれないでしょう。それじゃあ、結婚もできないじゃない。ストーン家の跡取りが必要なのよ。そうだ、お幾らぐらいお支払いすればいいの? 底抜けですもの、財に卑しいんでしょ? 十? 百? お幾らで赤ん坊を売ってくださるの?」
「……ニナ。私の財を全部出して」
「はい」
ニナがステータス画面を出したことに、取引に応じるのかと喜ぶ夫人を無視して、所有する全てのマナ貨を実体化する。
ザラザラザラザラァ
金色に輝く大量のマナ貨が山を為し、夫人だけでなく人々の驚愕の視線が集まる。
「財にはこまってないの。フェリシアを売り渡すことなんか絶対にない。二度とニナとフェリシアに近づかないで」
礼拝所全体を覆うアリーシャの濃密な魔力に気圧されて座り込むストーン夫人に【底抜け姫】が宣言した。
困るのよ、跡取りがいなかったらお家が、困ったわ、困ったわね、エドワードはまだ使えるかしら。パオラとフランクでもいいかしら、困ったわ、困ったわぁ
ぶつぶつとつぶやく夫人を残して一同は礼拝所を後にした。
「怖かったぁ」
マーサの言葉に一同がうなずく。
「あれで諦めてくれるとよいのだが?」
「な~んか暴走しそうだよね」
フランクもエドワードもパオラも暴走してるからなぁ、とアリーシャもありそうなその未来に不安を覚える。
「アリーシャ姫!」
何やら考え込んでいたフェードルが口を開く。
「どしたの?」
「僕が、あ、いや私がフェリシアを養子にします!」
「ただの官仕が親権を持つより姫のほうが安全だろう」
「そうそう。あとは誘拐とかの強引な手段への対抗手段も」
「それも姫のほうが対処しやすいだろう」
意を決したフェードルの宣言にバッコ卿とマーサがダメ出しをし、落ち込むフェードル。
「待って、待って。フェードルさんの心が折れちゃう」
「いえ、二人のおっしゃる通りです。僕が出しゃばることじゃありませんでした。ニナもすまない」
「いいえ、おじさまの言葉だけで嬉しかったです」
ちょっと禿げかけた四十間近の独身男と十四歳の少女の様子に、マーサがアリーシャをチョンチョンとつつく。
「あの二人ってそういう関係?」
「ありーしゃ6さい、よくわかんない」
「そういうのいいから」
ほぼ初対面の割に容赦のないマーサに苦笑し、
「どうだろ? ニナは父親にも恵まれてないから」
「ああ、だからおじさまか。くぅ、いいねぇ、このシチュエーション。筆が乗りそうだ」
「プライバシーに配慮した記事の執筆をしてくださいね」
わかってる、わかってるって、と軽い返事を返すマーサ。
「ところでアリーシャ姫様。一つお願いがあるんだけど」
「……借金の保証人と儲け話の契約なら遠慮しときます」
「あたしゃ詐欺師かっての。そうじゃなくてさ」
チェシャ猫みたいな笑みで黒髪の新聞記者マーサは、
「密着取材させてくんない?」
サブタイトルを「ストーン家四天王最後の一人」とか、「最後のキ者」(キ印ってことで)とかにしようと思ったけど、面白くない洒落は雰囲気を壊すので泣く泣く止めました




