(28)ニナ_2
性的且つ不快な表現があります。ご注意ください
夏の盛りの暑い日、空調魔法のかかった馬車から降りると、どっと汗が吹き出てくる。
「姫、降りるのが早すぎます」
同行していた黒衣の男が空かさず【冷気】の魔法をベールで顔を隠した小さな女の子にかける。
同様にベールで顔を隠した夫人も降りてきて、三人は王都にある中堅商家の門をくぐった。
「これはセーバース様。本日は娘への面会とのことですが、あいにく娘は臥せっておりまして」
あらかじめ連絡を得ていた商家の主は、王城の管理を担う執事長グリエルモ・セーバースに頭を下げる。しかし娘への面会の理由が判らず、困惑気味な対応となってしまう。
「存じております。本日はこちらの、」
黒の上下を身にまとう長身痩躯の男は衣擦れの音すらさせない所作で、背後に立つ女性と子供を紹介するが、顔はベールに包まれていてうかがい知ることができない。
「……奥様方は以前、こちらのニナお嬢様とご縁がありまして。この度ニナお嬢様の状況を知り、お見舞いに上がりたいと仰せなのです」
こんな貴人と縁があったなんて聞いていないぞ、と主は心の中で憤慨する。しかし仕事場での娘の様子など、これまで興味を持ったことなどないので自業自得なのだが、主の脳がそれに思い至ることはない。
「まあ、ですが、その」
言い淀む主に黒衣の男が小声で、
「そちらのご事情は存じております。それに奥様は私を動かせる方。恩を売っておいて損はないでしょう?」
主の目が計算高く瞬き、判りました、と三人を招き入れた。
案内されたのはかなり奥まった二階の一室であった。主が少々乱暴にノックをし、返事も待たずに扉を開けた。
鎧戸がすべて閉じられた薄暗い部屋の中、ベッドに人影が認められる。
ベッドの上で半身を起こすこげ茶色の髪の少女を女の子がじっと見つめ、記憶にある顔と一致することを確認し、小さく頷いた。
ニナ。記録では今年一四歳であり、九歳のころに王の第三姫アリーシャのおむつ替えなどの世話をしていた元メイドである。
三か月ほど前に体を壊してメイドを辞め、生家に戻ったことになっているが、実際は妊娠が理由であり、既にそのお腹は大きく膨らんでいた。
「ニナ、わたしが判りますか」
女の子がベールを取り、話しかけた。ゆるゆると首が動き、その茶色い瞳が女の子の顔を凝視する。
「……おーひさま?」
やせ細り、青白い、今にも死にそうな顔に赤みが差す。
「あ、あ、あり、ありーしゃさま?」
小さく頷く女の子に、ニナはベットから飛び起き、床に這いつくばる。大きなお腹が邪魔をするが、頭を擦り付けんばかりに頭を下げ、
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、」
と繰り返す。
その腕にも脚にも数えきれないほどの傷跡が見て取れる。また彼女のお腹で育ちつつある新しい命も彼女の望んだものではないという。
「あ、アリーシャ姫? 底抜け姫か! まさか、お前。姫を殺しかけた、バカな、ふざけんな! 育ててやった恩を忘れやがって。こいつは当家とは何の関係もない娘です。知り合いの子を引きとって娘として育てただけで、」
セーバースが縋りつく主を部屋から連れ出していく。
「ニナ、ニナ!」
アリーシャの強い声に這いつくばっていたニナが思わず顔を上げる。
「見てください!」
アリーシャは靴を脱ぎ、自分のスカートをたくし上げて、自分の綺麗でツルツルの脚を出す。
「見よ、この脚線美!」
傷一つない自分の大根足をペシペシ叩きながら、
「あなたは罪を犯した。でもそれは取り返しのつくものだった。あなたはこれから罰を受けることになるでしょう。でもこれだけは忘れないで」
アリーシャは膝をつきニナと視線を合わせる。
「リーが、このアリーシャがあなたを許す」
「ありーしゃひめさま……申し訳ありませんでした」
再度地面に頭をこすりつけるニナ。
--記録にあった凄惨な虐めを受けていたのは今のバルバラと同じころ
--強姦され続け、子を身ごもったのが今のヴィルジーニアと同じころ
三番目の娘を殺しかけ、この手で八つ裂きにしてやるつもりだった相手の境遇に一番目と二番目の娘を重ね、自分の怒りをどう表していいのか判らず、王妃ブリージダが佇んでいた。
「かかさま」
その手がそっと握られる。
「彼女がリーにしたことは許さなくていいです。でも……誰かが彼女にしたことも、リーは許したくありません」
今も頭を下げ続ける少女を見つめながら、六歳の娘は己が為すべきことを為そうとしていた。
* * *
元メイドのニナは現在十四歳。彼女は六年前--ちょうどアリーシャが生まれた年--八歳の時から王城で働き始めたが、当初から先輩メイド三人に目を付けられ、虐められていた。
通常ならば生家を頼るところだが、彼女は【底抜け】の娼婦と商人の子であり、家では疎まれていたため職場以外に居場所がなかった。
そのことに目を付けた三人は、仕事以外の私生活でもニナを執拗に虐め抜いていった。
そのことは他の使用人たちの間でも噂になっていたが、メイドの一人が有力豪族の縁者であったこと、そのボーイフレンドが悪い噂のある男で告げ口して逆恨みされたら自分の身も危ないため、みな口を噤んでいた。
底抜け姫の世話も元々先輩メイドの仕事であったが、それもニナに押し付けていた。それもこれもニナが【底抜け】の娘であったからと思われる。
--汚いものはこうするといいんですって
先輩メイドはそう言って、たびたびニナに熱湯を浴びせ、その痕は今も彼女の身体のあちこちに見られた。おそらくそうした経験が、汚い底抜け姫に熱湯を浴びせるキッカケとなったであろうことは、容易に想像できた。
アリーシャの事件後、その犯人はニナであると知る三人はそれを盾にニナへの行為をエスカレートさせていった。
ボーイフレンド三人による性的虐待もこのころから始まったとされる。
ニナが初潮を迎え、妊娠させられるまでの五年間、まさに公私ともに六人の男女のオモチャにされ続けていた。
「この六人は捕まえても大した罪にはならんぞ」
ニナの件をブラギに相談した際の反応がそれだった。
虐めなどどこでもある。それは卑しい行為とされ、蔑まれるが、それが犯罪だとする意識が社会全体で薄かった。
しかし今回は明らかな暴行の痕があり、それについてニナの元を訪れた官仕が詳細な記録を残したので、暴行での告発は可能とのことだった。
告発されれば家の名を傷つけることにはなり、またそれなりの罰金が科されるが、それだけとも言える。
強姦については当人から誘ってきたと言われれば、男性上位のこの世界では犯罪とすら認識されない。
こうした場合一般的には家同士の話し合いで落としどころが決まることが多いが、今回は被害者を守るべき生家が最初から彼女を見限っているため、そうした解決も図れない。
しかしこれは一般的なシキタリに基づく【慣習法】によって判断した場合であった。
「レイパー死すべし、慈悲はない」
アリーシャは神殿の掲げる秩序神の法典から長期間に渡る暴行の悪質性や低年齢層への性行為それ自体の禁止や強迫による性行為強要の悪質性など、重罪から微罪まで二十三項目に及ぶ犯罪行為とその判例をひと月かけて準備し、神殿に告発状の発行を依頼し、それは受理された。




