(29)ニナに関わった六人と一人
新キャラ登場……というかほとんど新キャラしかいない
夏も終わりに近づき、そろそろ秋の気配が感じられる王都。その中でもあまり筋の良くない界隈にある酒場に、六人の男女が集っていた。
「あ~、つまんねぇ」
女は、苛立たし気にエールを呷る。
「デボラのババァ、マジむかつく」
「なあなあ、新しいオモチャはまだかよ」
もたれかかる男の手を五月蠅げに払いのけ、
「うっさい。アンタらが孕ませちゃったせいでしょ」
「身体やわらけーから、いろいろムチャ効いて面白かったのになぁ」
「次のオモチャ候補はあのバカおーひに持ってかれるし」
「いっそ魔法の使えないものを適当に攫ってくっか。【清潔】何度かかけりゃあ、」
「ご自由に。その代わり二度と私に触んないでね」
「おいおい、じょーだんだよ、じょーだん」
以前オモチャがあったときは、度々こうして集まり、酒場の二階で散々遊んだものだが、オモチャが壊れてからこうして六人が揃うのは久しぶりだった。
気分もノってきたし、じゃあ二階でお楽しみとイこうか、という時に小さな使い魔が飛んできて、一人の男の前に降り立った。
「んだぁ?」
「フランク、イマスグモドレ。パオラモイルナラツレテコイ」
「じょーだんじゃねぇぜ、親父。これからお楽しみだってのよ」
「ソノオタノシミノセイデ、ヤッカイゴトダ。コレカラモタノシミタイナラスグモドレ。ソレトモ、」
そこで使い魔は一拍置き、
「オシオキガホシイカ?」
「か、帰ります帰ります」
男より早く、近くで黙って聞いていた女が使い魔に叫ぶ。
「イイコダ、パオラ。ナカマモイルナラ、ツイデニツレテコイ」
言うだけ言うと使い魔はかすかな硫黄の匂いを残して消えていった。
「くそったれが!」
男はテーブルを蹴り倒した。
* * *
一般的な犯罪やもめ事は原則としてその地を治める豪族が裁定を下す。
昔からの慣習に沿った裁定(慣習法と呼ばれる)や、族長や任命された裁判官による判断が一般的で、法を定める者はごく少数だ。
しかしそれとは別に、秩序神の定めた法と呼ばれる法典があり、そこには実に細かな法(神殿法と呼ばれる)が定められている。
神殿は豪族に法典に沿った【法治】を行うよう要請しているが、現実には守られておらず、神殿もこの件については現実的に難しいことを理解しているのか比較的寛容であった。
しかし例外として神殿への【告発】がある。神の法からの逸脱を十分な証拠を以って神殿に訴え、それを神殿が認めたなら告発状が発行され、その対象となった者は【神殿法】によって裁かれる。
無論、豪族などの統治者がそれを受け入れないことも可能だが、神殿の名による告発を尊重することもまた一般的な慣習であった。
「しんでんほうって、なんだよ。知らねぇよ」
呼び出された男、騎士フランク・ストーンは父親に噛み付くが、睨まれて黙り込む。
「普通、神殿への告発なんて通りませんよ。なんかズルしたに決まってます」
「そんなことはどうでもいい。お前らはこの告発にあることを本当にやったのか」
フランクの仲間の一人、王城の文方の男が訳知り顔で説明するが、フランクの父にしてストーン家当主のエドワード・ストーンの言葉に黙り込む。
ストーン家は北方の豪族ウルケルとも縁を結ぶ名家である。また現族長の従妹にあたるパオラ・ウルケルはエドワードの姪にあたり、現在ストーン家の庇護下にあった。
二十三項目に及ぶ被害者ニナに対する罪科が記された告発状を見せられたフランクとパオラ、それに仲間の四人は突然の事態に困惑を隠せないでいた。
「ニナ? 知らねぇな。ダレだよ」
「あのオモチャがそんな名じゃなかったっけ?」
おお、それか、と男たちが笑う。しかしお気楽な男たちに比べ、女の方は顔を青くしている。もし告発などされたら、結果の如何を問わず、今後良縁など見込めなくなってしまう。
「わ、私はやってない!」
パオラが悲鳴のように否定し、女たちが、わたしも、わたしも、と後に続く。
「本当だな!」
「もちろんだ。ストーンの名に恥じる行いは何もやっていない」
父の言葉にフランクが即答する。当人は何も考えておらず、ただ脊髄反射のようにそう答えただけだったが、言ってみると自分でもそんな気がしてきた。
そこからの告発された男三人、女三人、そしてエドワードの会話は夜を徹して行われたが、その内容は混迷を極め、迷走し続けた。大まかにまとめると、
--ニナは後輩で可愛がっていた
--仕事を覚えさせようと色々やらせた
--生家と疎遠でかわいそうだから、構ってあげた
--【底抜け】の娘なのに付き合ってあげた
--豪族の縁者の自分にすり寄ってきた
--休みの日まで付きまとわれた
--私たちのボーイフレンドに色目を使った
--そうだ、俺に言い寄ってきた
--俺にもだ
--あの尻軽め
--フランクを誑し込んだ
--一回遊んでやったら図に乗った
--悪いのはニナだ
--そうだ、悪くて汚い【底抜け】を罰して何が悪い
--正義の鉄槌だ
--オシオキだ
--悪女め
--あんな娘を育てた親のせいだ
--俺の娘ならオシオキだな
--! 怪我はきっと生家の者がやったんだ
--そうだ、そうに違いない
--あんな女なら家族に折檻されて当然だ
--私たちは関係ない
--俺たちも関係ない
--あの女は尻軽だった
--無理やり関係を持って、子供を産んで財を無心する気だ
--気持ち悪い目で俺たちを睨んでいた
--性根が腐ってる
--あの子供だって誰の子だかしれない
--そういえばあいつの母親は娼婦だ
--身体を売ってるに違いない
--いいや、身体を売ってる汚い女だ
--だから、私たちは関係ない
--だから、俺たちも関係ない
「よし、判った。お前たちの無実を晴らすために、その悪女のウソを暴き、告発を取り下げさせるぞ」
徹夜明けのテンションのまま、エドワード・ストーンがそう宣言し、六人を伴って出て行った。
話を最初から最後まで聞いていたエドワードの妻は、終始無言でいた。
淑女らしい柔らかな笑みを浮かべているが、その視線の焦点があっていない。話がまとまり夫と息子が出ていくとき、非の打ちどころのない--まるで人形のような--所作で頭を下げた。
「いってらっしゃいませ」
その言葉を誰も聞いてはいなかった。
* * *
まだまだ気を抜けないとはいえ、一か月以上に及ぶ業務が一段落した。徹夜明けで久しぶりの帰宅の解放感に、男は大きく伸びをした。
「私も、もう若くないなぁ」
ゴキゴキとなる肩に【治癒】を掛けながら、まぶしい太陽を見上げる。
思えばひと月半前、王の義父であり、有力豪族の族長として王城で采配を振るうシグルドのブルギに呼ばれ、小さな子供と引き合わされたときは何事かと思った。
聞くとその六歳の女の子の書類作成や手続きを手伝えという。いったいなんの冗談だ、いやいや、なんて理不尽な命令だ、文方は現在、王の戦争のバックアップという重要業務があるのに、これだからお偉方は現場の苦労も知らず勝手なことばかり。
思わず怒鳴りつけようかと思ったが、小さな子供の前なので我慢し、とりあえず最後まで話を聞いてみよう。
しかしブルギは、
「残りはこいつから聞け。詳しい内容は俺も知らん」
と言ってさっさと出て行ってしまった。
残ったのは女の子と彼女のお付きらしいメイドと私だけ。どうしろというのだ……
途方に暮れていると女の子がしゃべり始めた。
「はじめまして。グリゴリ王の第三姫アリーシャです」
正真正銘のお姫様だった。可愛らしいお辞儀に思わず頬が緩む……イヤイヤ待て待て。四十間近の独身男が小さい女の子を見てニヤニヤするのはいろいろヤバい。うわっ、メイドがこっち見てるし。整え、俺の表情!
「失礼しました。私は王に仕える官仕のフェードルと申します。書類の作成ということですが、具体的にどのようなものでしょう?」
「秩序神の法典に基づく告発です。まず……」
そこから私のデスマーチが始まった。
「魔力補給しました。はい、【治癒】と【疲労回復】かけて。大丈夫、一日は二十四時間あるんだよ。あ、リーは子供だからもう寝ますね。朝までにここまでお願いします。では、おやすみなさい。身体に気を付けてね」
体力的には魔法でフォローされているが、心が擦り切れそうです。
文長、私は理解しました。貴方は部下思いのいい上司だったのですね。この小さい悪魔に比べればあなたはまるで天使だ……
しかし困ったことに、この悪魔は有能な上司でもあった。
指示は的確、仕事の目的を明確に話した上で無駄な仕事をさせない。しかも少し一緒にやっただけで、こちらの能力を把握したのか、サボらなければやり切れる仕事を指示していく。エグイ……。
だが、やらされる仕事に無駄がないため、達成感とやりがいを感じ、時々姫が持参するオヤツの林檎のコンポート--何やら実験中と言っていたが--も、甘党の私には嬉しいもので、そこそこ楽しみながら仕事に当たっていた。
神殿への告発状が受理されることは非常に稀だ。私もそんなものを作ったことは無いし、受理され、承認されたという話を身近で聞いたこともない。
しかしアリーシャ姫の指示通りに作った告発書は判りやすく、それでいて痒い所に手が届く詳細さを適度に有していて説得力が強く、とんとん拍子で受理され、承認され、神殿の名において告発状が発行された。
今回の件、被害者とされる少女もまた罪を犯し、裁かれなければならない者であった。しかし彼女を襲った理不尽な暴力はそれとは別物だ。
今回の告発があの不幸な少女に少しでも良い影響を及ぼしてくれるといいのだが……そうだ、彼女の様子を見に行こう。
家への帰り道から、傷の状態の確認や聞き取りで何度も訪れた道へと足を向けた。
「いない? どこに行ったんです!」
商家の主が迷惑そうにしているが構わず詰め寄る。
「あのロクデナシは家とは関係ない者です。どこに行ったかなんて知りませんよ。さあ、商売の邪魔ですから帰ってください」
一瞬、無理やり踏み込もうかと考える。しかしそんな権限などない自分がそれをやれば、これまでのキャリアが吹き飛ぶ。どうしようかと思案していると、店主の後ろで女性店員が外を指さした後、そちらに消えていった。
店を出た私は、店員の指さした方角……店の裏に行くと先ほどの店員が顔を出した。
「良かった、来てくれて」
その女性店員は泣きそうな表情で、私を迎えた。
「お嬢さん、なんか偉そうな豪族と若い奴らに連れてかれちまったんだよ。店主もちょっと話したらあっさり上にあげちまうし」
連中が上に上がるとニナの悲鳴が上がったが、すぐに途絶えたという。
そして荷物のようにニナは運び出され、騎獣(翼の生えた悪魔)に乗って飛んで行ってしまった。
「衛兵には!」
「なんて言うのさ。男親である店主が訴え出ないのに、只の店員が言って何になるのさ」
思わず怒鳴り返しそうになるが、彼女の言うことはもっともだ。悪くすれば彼女も職を失うことになる。むしろこうして知らせてくれただけで十分と思おう。
「……それは何時のことだ」
「二時間ぐらい前だよ。あっちの方に飛んでった」
王城に近い富裕街を指す。
「判った。教えてくれてありがとう」
返事を待たずに私は王城を目指して走りながら使い魔のハトをいくつも呼び出し、空に放った。
初期プロットから大幅変更。6人の自己正当化の思考のトレースが一番疲れたw
本日17時投稿予定でしたが、出勤直前にミスに気が付き、会社で投稿延期。帰宅してから投稿としたため、いつもと違う時間です
2018.11.25 誤字、表現の修正




