(27)ニナ_1
近所の家が昼間っからバカでかい音でラジオをかけてて集中できない……
アリーシャが王城に入った翌日、王妃の前にアリーシャと王の第二姫バルバラが座っていた。
「……バルバラ。あなたは呼んでいません」
王妃は困ったように言う。しかし去年までは素直でありながらどこか母と壁のあった娘は毅然と首を振る。
「アリーシャに火傷させた犯人の件でしょう? ならばそれは家族の問題、わたくしの問題でもあります。なのにお母様は何も教えてくださらない」
「……貴女が聞くべきではないと母が判断したのです」
「でもアリーシャには聞かせるのでしょう。この子はわたくしより五つも下です」
言われてみれば、アリーシャに聞かせるのは当然と思っていたが、年齢を考えたら普通は教えないわね、と王妃も考え込む。
「かかさま。その報告書を見せてください。まずリーだけで読みます」
バルバラに聞かせるかどうかは、その後で判断する、と言外の主張に頷き王妃は報告書をアリーシャに手渡す。
覗き込もうとするバルバラを王妃が自分の横に座らせ、真剣な表情で報告書を読む六歳の娘を見つめる。
--確かにあんな内容の報告書をこんな小さな子に読ませるなど、どうかしている。そもそも普通なら理解できないだろう。赤ん坊の時に既に魔力を使い、自らの魔臓の底を抜き、六歳とは思えない知性を持つ。まさに神殿の言う世界の異物そのもの。だけど……
「……アリーシャもバルバラもわたくしの大事な娘です」
不満そうな顔のバルバラの手を握りしめる。訝しげに次女が母の顔を見るが、母は報告書を読むアリーシャを見つめたままであった。
読み進めるにつれ、アリーシャの顔からどんどん表情が抜けていく。そしてすべてを読み終わった後、
「かかさま。彼女に、ニナに会わせてください」
報告書をバルバラに見えないよう閉じて直接母に返す。
「アリーシャ……」
蚊帳の外に置かれたバルバラが、不満げに妹を見つめる。
ふと、アリーシャが扉の方を見る。
「……なんかうるさいね」
何やら揉めているような音が近づいてきて、徐に扉が開かれた。
レディの、王妃の部屋に案内もなしに訪問した荒くれ者に非難の目が向けられるが、バルバラのそれはすぐに伏せられ、王妃もまた困ったように表情を曇らせた。
燃えるような赤毛を一本に縛り、豊かな髭をたくわえた壮年の男が三人をねめつけ、アリーシャに視線を合わせ、ギロリと睨む。
普通の幼い子供なら泣き出してしまうその視線に、しかしアリーシャはニコっと微笑み返した。
「はじめまして。グリゴリ王の第三姫のアリーシャです。どなたですか?」
立ち上がって礼をしてから、小首を傾げるようにして闖入者に尋ねる。
「ふん。見た目だけは様になってるようだな」
「御父様!」
王妃ブリージダの父ブルギは空いた椅子に勝手に座り、娘を睨む。
「コレを何故来させた」
「わたくしの娘です。コレとか言わないでください」
「何故来させた」
声を強めて再度同じことを問うブルギ。
「王の許可は得ています」
「俺は理由を聞いてるんだ、バカめが。この大事な時期に隙を作るような真似をしおって」
太い胴間声に王妃の横のバルバラが身を固くする。
「俺が兵士をやったのに下手な騒ぎを起こしおって。お前は何もするな、邪魔だ!」
「あの兵士は御父様の差し金ですか。随分と無礼な者たちだったと聞いていますよ」
「お前がヘマする度にデボラのクソババァが調子に乗るんだ。バカ娘が!」
父の声に若干腰が引けながらも、反論する王妃に、ブルギもヒートアップし始め、バルバラがさらに小さくなる。
ところが、ブルギの袖が引っ張られる。
「ん?」
「あなたはリーのおじいちゃんですか?」
「不本意ながらそうだ」
御父様! と声を荒げる母をスルーして、アリーシャはじぃじ、教えてください、と祖父を見上げる。
「ちょっと、アリーシャ」
バルバラが慌てるが、祖父は眉をピクリとさせ、殺しそうな目でアリーシャを睨む。
「まず、市民たちの様子はどうですか?」
「どう、とはどういう意味だ」
予想外の問いにブルギは怒鳴るように問い返す。
「リーの、底抜けの姫の帰還はどのくらい伝わってる? それに対する反応は? 予想される影響は?」
整然とした問いに、ブルギは少し考え、
「ん、まず……なんだ?」
「市民にはもう伝わってる?」
「ああ噂レベルだが民には既に知られている」
簡素な質問にブルギも簡単に言い返す。
「反応は? 底抜け姫は排除すべき、王が神の加護を失う、よく判んないけど不安、あと無いと思うけど好意的」
「不安……だな。だがそれが続けば王への不信となる」
「じゃあ、解決策を考えます……あ、そだ。じぃじ。デボラ婦人はなんでリーの存在をわざと目立たせたか判る?」
「知らん。女共のぐちゃぐちゃしたやり取りなんぞ知りたくもない。あと、じぃじと呼ぶな」
「じゃあ、おじいちゃん」
「御爺様だ」
「じいさま」
「黙って言うことを聞け!」
「怒鳴っても駄目です。リーが好きに呼びます」
「なら返事をせん」
「いいですよ。勝手にしゃべりますし」
多分ですけど、と前置きして、
「デボラ婦人の目的はリーの存在を使ってかかさまの影響力を削ぎたいんだと思うの」
ブリージダとブルギが驚いたように赤毛の幼子を見る。
「昨日の一件。かかさまが底抜け姫を可愛がる余り、罪もない、むしろ可哀想なメイドを理不尽に叱りつけたことになってるんです」
ある意味その通りなのだが、重要なパーツが(故意に)抜け落ちたような噂である。
これはアンブロージアが、仲のいい子たちから心配されて判った。アンブロージアを手元に置いたことでその情報を入手することができたので、結果オーライである。
「ふむ。思い当たることはあるな」
ブルギが考え込み、殺すか、と小さくつぶやく。そうですわね、と王妃も小さく同意する。脳筋か。
「ダメです! そーゆーやり方は長続きしません。まず大概のことはリーは何言われてもへこたれませんし、へっちゃらです。だからかかさまもねーさまも、変に反論しないで無視してください」
不満そうに口を膨らませる二人。ねーさまはいいけど、かかさまは年齢を考えてください。ほら、おじいちゃんに怒られてるし。
「根本解決は、今の問題が片付いてからです」
「それだ。グリエルモまで動かして貴様らは何をしようとしている」
「あ、そうだ、おじいちゃん。ちょっと犯罪行為の告発をしたいの。そういうのが得意な官仕と護衛を手配して」
可愛らしい笑みを浮かべた孫娘のおねだりに、祖父は目を丸くした。
* * *
王都に店を持つその商家は、大店とは言えないが上り調子で羽振りがよく、豪族などの有力者とのパイプを常に欲していた。
それもあって娘を王城の女使用人として送り込んだのに、役に立つどころか厄介事を抱えて帰ってきた。
愛人関係にあった底抜けの娼婦との間にできた初めての子と言うこともあり、無理やり引き取り育てたが、妻との間に息子も生まれた。
--引き取ったのは失敗だったな
あとは捨てるタイミングか。さすがに今の状態で切り捨てるのは外聞が悪い。どこかのタイミングで田舎にやってそのまま捨ておくのがいいか。
そんな風に考えている商家の主の元にその娘への面会を求める来客が訪れたのは、夏の盛りのある日のことであった。




