第8話 阿無堂巣鬼亜数
俺たちは神社に突入した。
ボロボロの賽銭箱の向こうにある扉は、不用心にも鍵がかかっていなかった。今回に限ってはそれでよかったが。
奥から湿った生臭い臭いが突風とともに噴出した。
そして俺の視界に写ったものをみて、俺は思わずつぶやいた。
「ば・・・ 化け物・・・?」
それは顔が2つあった。
それは馬の顔だった。右の顔はユニコーンのように1本の角が生えており、左の顔は2本の角が生えていた。
それは4本の腕を持っていた。それぞれハンドサインをしているようだが、俺にはその意味は分からなかった。
それはまるで生きていた。銅像のようだが目はまるで本物の目のように血走り、こちらを睨みつけていた。
「ほう・・・ 非常に興味深い見た目の像ですね。寺ではなく神社に収められているというのも妙ですが、これは果たしてどのようなルーツをたどってきた神なのでしょう?」
塩を握りしめたまま、桜上刑事が近づく。
「俺にはとても神様や仏様には見えませんがね・・・」
ラジカセをかかえた鶴谷刑事には半分同意したが、もう半分は俺の中の【神】というものに対するイメージから同意しかねた。
神という人智を超越した存在がこの世界には存在するとして、それは気まぐれや勝手な理屈で人間を振り回してると俺は思っている。 ならばこの不気味な像はそんな神にふさわしい醜悪な姿ではなかろうか。 神と悪魔は表裏一体あるいは同一の存在なのではないかとも思えるからだ。
ガチャッ
ラジカセの音楽が止まった
「しまった! 鶴谷くん、はやく巻き戻してください!」
なんてこった。データやCDと違って、カセットはループ再生できない!
後方には村人たちが封印の歌を引き続き歌ってくれてはいるが、体力の問題もあってか、心なしか声に元気がなくなりつつあるような気がする。
キュルキュルとカセットは巻き戻るが、すぐに再生してもまた曲が終わってしまう。
「刑事さん、なんかヤバくないですか」
俺がそう言わずとも、刑事さんたちも視線の先は同じだった。
あの不気味な像が、動いた。
「「あぁあああああああああああ!!!」」
二つの馬の口が開き、歌った。 そのメロディはまさに、あのフリー音源と同じ、呪いの曲のそれだった。 しかし、これはその重みのようなものが違った。
「い・・・き・・・が・・・」
声が出ない!いや呼吸ができない!
横にいた刑事さんたちも、ひざをつく。同じような症状なのだろうか。一週間の猶予もなく、この歌は俺たちを呪殺しようとしているようだ。
なにか・・・ 何か手は・・・!?
そのとき、何かのファンタジー小説で出てきた「反対呪文」を思い出した。
呪文を反対から読むと逆効果の魔法が発動するというものだ。
おれはポケットからスマホを取り出し、もしかしたら使えるかもと保存しておいた呪いの曲の逆再生版を探す。
「・・・っ ・・・ぁ」
たしかこのMP3ファイルだ。 マズイ、意識がもうろうとしてくる。
「・・・く」
食らえと言おうとしたが言葉が出なかった。だが、逆再生バージョンの呪いの曲は俺のスマホから再生された。
「はぁ・・・ はぁ・・・ と、とりあえず息はできるようになった!」
スマホの音量を最大にしてもとりあえず即死を回避しただけで、問題は何も解決していない。
テープはまだ巻き戻しの最中か
ズドン!
鼓膜がおかしくなるような重い音が響いた。
音のした方を見ると、鶴谷刑事がその太い腕に見合うゴツイ見た目の銃を構えていた。
ズドン! ズドン! ズドン!
続けざまにその銃は火を噴き、像の歌をかき消すだけでなく、その胸元に風穴を開けた。
ぎゃあああああああああああああああああああ!!!!
像が悲鳴をあげた。
と、同時にラジカセからカチッという音とともに、巻き戻しが完了した。
「もういい加減・・・ 消えろおおお!」
俺はラジカセの再生ボタンを押し、そのラジカセをかかえて像に突入した。
そしてそのスピーカーを、穴の開いた胸元に押し付けた。
どれほど時間が経過しただろう。
数分だったかもしれないし、数時間かもしれない。
カチっとテープが終わる。
不気味なほどの静寂が、俺たちのもとへ訪れた。
像はもう動かない。モノクロの霊も消えた。
「終わった・・・のか?」
最初に沈黙を破ったのは、思わず口を開いた俺自身だった。
「とりあえず、この場は収まった・・・ということでしょう」
桜上刑事はそう言ってくれたものの、不安感はまだ残る。
「まずは1週間後、俺たちが無事なら封印成功ってことですかね?」
鶴谷刑事も銃を隠すようにしまい込んだ。
「・・・鶴谷くん、刑事らしからぬ銃なんて、いつのまに所持してたんです?」
「へへへ・・・ こんなこともあろうかと、押収品からちょっと拝借を」
刑事さんたちの肩から力が抜けていくのを感じる。
俺も緊張がゆっくりと解けていく。
ふと後ろを振り向くと、守部氏が神社の中に入ってきていた。その向こうには他の村人たちも見えた。
「祭り・・・ 必要な儀式だったんですね・・・」
守部氏が胸に風穴の開いた像を見ながらつぶやいた。
「あの幽霊のようなやつらのなかに、兄がいました。 ・・・死者を眠らせるためにも、必要なことだったんですね」
その表情は、悲しみとも虚しさともつかない、複雑な感情が読み取れた。
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