第二章 六分の一の透過光、万札を羽ばたかせる烏
太陽光がガラスの反射率により、実存する物の影をより薄くする。白蟻である私の影もまた、白色に近い透明へと置き換えられていく。私の足と床の境界にある影は、不安定なグラデーションを描きながら、今にも光と影が反転しそうな恐怖を孕んでいた。スクランブル交差点ですれ違う人々の、六人のうち一匹は白蟻であった。私は、二階のカフェでアイスコーヒーを一口啜り、その風景を無感情に眺めながら、キーボードを「打設」する。ストローを伝う冷たい液体が、外骨格の奥の消化器官へと通り抜ける微かな音すら、都市のノイズにかき消されていく。太陽光はガラスに反射され、蓄熱体の多いこの空間を灼熱に変えていく。室内において、空調機というシステムが無ければ生存すらできないことが、この都市の「普通」だった。空調の冷気に混じって、モニターの向こうから漂う粘り気のある生臭い匂いが、私の鼻腔を微かにかすめる。フラットなガラス面に映り込む自身の平坦な複眼と、十二角柱のグラスに歪められた自身の立体的な顔は、同じ一つの顔をしている。しかし、どちらもガラスという性質を持ちながら、その形状が異なるだけで、私の輪郭は容易に歪められていく。だが、一日千文字を書き、あるいは千文字を消費する私たちにとっては、すでに歪められていることこそがデフォルトだった。網膜に焼き付いた文字の残像が、思考の回路を少しずつ蝕んでいく。そこにいまさら絶望など抱くことすら烏滸がましい。何故ならば、それはレトリックではなく、ただの事実であるのだから。巣への帰り道、頭上の電線には、常にお札で出来たカラスが止まっている。彼らは万札の羽を不気味に羽ばたかせながら、私たちがシステムにとっての「良質な餌」に育つことを、じっと見下ろしながら願っているのだ。その濁った瞳には、数字に変換された私たちの肉体が映っているに違いない。だが、私はまだ、奴らに食われることはないだろう。私は決して「良質」なプレイヤーではないのだから。怯えたふりをしながら、私は自分の巣へと戻る。それすらも、自分にはまだ市場価値が残っているのだと思いたいがための、滑稽な虚言行動と言えた。
誰もいない薄暗い洗面台の前、口元で、左右非対称のニ本のシャープな牙を不自然に広げながら、鏡に向かって人間のような歪な笑みを浮かべてみる。その行為すらも、本能を、そして世界を論理的に記述できたかのような錯覚を生み出し、脳内の神経伝達物質のバランスを一時的に調整するための、ただのプログラムされた振る舞いであった。




