第15話「レジェンド」
亮馬はこの日、ドキドキしていた。
なぜならそれは、今日が記念すべき、トレーニング初日だからである。
真柴に指定された通りに、スポーツウェアに着替え、ハイドシークのトレーニングルームで一人待つ亮馬。
一体これからどんな日々が始まるのだろう。
期待と不安が胸の中で入り混じる。
ハイドシーク本部には複数のトレーニングルームがあるようだが、亮馬が呼び出された部屋は、その中でも一際大きい部屋だった。
これだけの広さがあれば、どれだけ暴れても大丈夫……といったところだろうか。
近未来的な雰囲気のこの部屋には、壁や天井に監視カメラが埋め込まれていて、正直、落ち着かない。
しばらくすると、真柴が「おまたせー」と言って、部屋に入ってきた。
真柴の傍らには、なぜか、見知らぬ男性がいて、彼も一緒に部屋に入ってきた。
「ごめんね、待った?」
「いえいえ、全然」
「今日からいよいよ始まるね~。大変なこともあると思うけど、がんばってね!」
「はい!」
にこやかに言葉を交わす真柴と亮馬。
しかし、今は何よりも、隣の男性が気になる。
(この人……誰……?)
ミリタリーファッションに身を包んだ謎の男性は、見たところ、年齢は50代~60代くらい。
丸太のような太い腕に厚い胸板、広すぎる肩幅、とても屈強な体つきだ。
「エ~ゴホン。真柴君、彼が君の言っていた遠坂亮馬君かい?」
謎の男性が口を開いた。
男性は野太く渋い声で、落ち着いた話し方だ。
「はい。そうです」
「ほぉ~。そうかぁ~」
すると、男性はグッと顔を近づけてきて、亮馬の瞳を覗き込んだ。
「う~む! 良い目をしているな~! 瞳の奥に未来への希望と揺るぎない意志を宿している。可能性に満ちた広大な空へと、今、まさに翼を広げ、飛び立とうとしている若人特有の目だ。これは鍛えがいがあるぞ~。アーッハッハッハ! アーッハッハッハ!」
「アハ……アハハハ……」
苦笑いを浮かべる亮馬。
男性について何の紹介もされていないが、これだけは分かる。メチャクチャ、クセの強い人だ。
亮馬は、男性の持つ独特な空気感に終始、圧倒されている。
「え~っと、さっきから、かなり気になってると思うんだけど……」
戸惑っている亮馬の様子を察した真柴が、ようやく謎の男性の説明を始めた。
「彼は、藤崎猛さん。ハイドシークの訓練士よ。今日から亮馬君のトレーニングを担当してもらいます」
「ハ~ッハッハ。よろしくぅ」
「あっ、よろしくお願いします」
亮馬はペコッと頭を下げた。
「訓練士というのは、インフィニターの実践的トレーニングを指導するプロフェッショナルなの。実践的な部分は、私達、生活課の職員じゃ、まかなえないところがあるからね。彼らのようなプロが必要なのよ。藤崎さんはね、その中でもレジェンド的存在なんだよ」
「いやいや、何をおっしゃる。照れるなぁ~」
鼻の下を人差し指でこすりながら、照れくさそうにする藤崎。この仕草を本当にする人、初めて見た。
「藤崎さんはね、元々、保安課の捜査官だったんだけど、第一線を退いてからは、後進の育成にあたっているの。今まで指導した数は、なんと1000人以上!」
「せ……1000人!?」
思わず亮馬も声が出た。
「フフッ……200人以上の特殊部隊も訓練したことがあるからね……」
目を細める藤崎。
何だか、話が壮大になってきたぞ。
「最近はレジェンド級の藤崎さんに指導してもらえるインフィニターは、ごくわずかに限られていたんだけど、今回は藤崎さんから直々の申し出もあり、特別に亮馬君を担当してもらうことになりました。藤崎さん、彼のこと、よろしくお願いしますね」
真柴がチョコンと頭を下げると、藤崎はポンと自身の胸を叩き「あぁ!! 任せたまえ!」と高らかに言った。
そして……
「遠坂君!!」
「はいっ!」
急に名前を呼んできた。
藤崎の声は常にデカい。
「う~む。良い返事だ。遠坂君、私はね……君を……“真のサムライ”に育て上げたいと思っているんだぁっ!!」
「えっ……? サムライ!?」
亮馬は困惑した。
「そうっ! サムライだ!! サムライにはねぇ、心・技・体、すべてが備わっている。一人前のインフィニターにもねぇ、心・技・体、この三つが必要だと、私は考えているんだ……。人とは違う、特別な能力を扱う……そういう意味では、サムライもインフィニターも同じだ。強い力には必ず大きな責任が伴う。たとえ武が優れていても、インフィニターの心が貧弱であれば、その異能は自身を飲み込み、いずれ他者をも飲み込むだろう……。そして、心が優れていたとしても、異能を制するだけの体力がなければ、インフィニターの異能は騎手を失った馬のように暴走する。心・技・体……この三つすべて……何一つとして欠けてはいけない。遠坂君、私は、君をサムライに育てるために、全力を注ぐ!」
藤崎の熱い語りはまだ終わらない。
「君は、私とのトレーニングで、数多の困難に直面し、時には自分の未熟さに打ちのめされるかもしれない。しかし! そんな時こそ思い出せ! 君は一人じゃない!私は常に共にいる! 必ず、君を導く! 共に泣き、共に笑い、共に成長するっ!! あぁ~今からワクワクするなぁ~。さあっ! 君も、サムライになりたいだろっ!!」
「サムライ……」
亮馬は藤崎のものすごい圧に、圧倒されっ放しだ。藤崎は亮馬の目をまっすぐに見つめ、答えを待っている。
正直、自分がサムライになりたいのかどうかは、よく分からないが、強くなりたいし、一人前のインフィニターにはなりたい。それに、あれだけ熱く語られた後では『なりたくない』とは答えにくい。後々、面倒なことになりそうだし……。
亮馬は考えた末、元気いっぱいに
「な、なりたいです! サムライ!!」
と答えた。
「かあぁ~……あぁ~……」
独特なうなり声を上げる藤崎。
「私は猛烈に感動している……。この質問に『なりたい』とはっきり答えたのは、1000人以上の生徒の中で“君が初めてだ”!!」
「えっ!?」
しまった!!
めっちゃサムライになる気満々のヤツに思われた!
変に期待を抱かせてしまったかもしれない……。
「そうかぁ~そうかぁ~……そんなになりたいかっ! サムライにっ!! いいなぁ~いいなぁ~、良いやる気だ!! 燃えてきたぞー!! さあさあトレーニングだっ!! アーッハッハッハ! アーッハッハッハ!」
豪快に笑う藤崎。
「僕……サムライになるのかな……」
亮馬のこれからの日々が、ますます分からなくなってきた。
トレーニング開始前、これまで二人の様子を見守っていた真柴が、亮馬の元にササッと駆け寄ってくる。そして、コソッと耳元でささやいた。
「あの……さ……もう気づいてると思うんだけど、藤崎さん、少~しクセのある人だから、何というかその……“上手く”付き合ってあげてね」
「はい……」
「でも、すご~く、すご~く良い人だから、安心してね」
フォローする真柴。
「はい。それはもう、すごく伝わってきます。あんなに熱くなってくれて……僕、頑張ります!」
これは亮馬の本心だった。
藤崎の圧に困惑したのも事実だが、それと同時に、藤崎の熱意に感銘を受けていたのだ。
亮馬の言葉に、真柴も安心した様子だ。
「さぁ、来たまえ、少年」
藤崎は目を細め、ニコニコしている。
亮馬は気合いを入れるように小さく「うん」とうなづく。
すると急に藤崎が「ぬおっ!?」と大声を上げた。
何事かと思う亮馬と真柴。
「侵入者だ!!」
「え!?」
藤崎の言葉に亮馬に身構えるが、侵入者はどこにも見当たらない。
「フッフッフッフ……」
一人、不敵な笑みを浮かべる藤崎。
藤崎は腰元に付けていたサバイバルナイフを取り出すと「フゥンッ!!」と、突然、雄叫びを上げ、何もない空中を一直線に切り裂いた。
「!?」
何が起きたのかと、あ然とする亮馬と真柴。
そんな二人の様子を見て、藤崎は豪快に笑った。
「アーッハッハ。邪魔者がいたものだからね……。ホラ……」
藤崎の足元をよ~く見ると、真っ二つに切断された“ハエ”が。
なんと、藤崎は、空中に漂っていたハエを瞬時に捉え、目にも止まらぬ速さで一刀両断していたのだ。
「えっ……スゴっ……この人、本当にサムライ……」
藤崎の見事なナイフさばきに驚嘆する亮馬。
そんな亮馬をよそに、藤崎はこれから始まるトレーニングに、胸を弾ませていた。
「私はトレーニングはマンツーマンで行う主義でね……。申し訳ないが“部外者”にはご退室頂いた…………。さあっ! 少年! トレーニングを始めようかっ!!」




