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第14話「悪の談笑」


真柴と別れた後、亮馬と片桐は帰路につくため、駐車場に向かっていた。


思い返せば、今日は本当に色々なことがあった……。


亮馬は今日一日の出来事を頭に思い浮かべると、少し疲れたなという顔で「フゥ~……」とため息をついた。



二人が駐車場に到着すると、一台の黒光りした車が()められていた。

亮馬が行きに乗ってきた車と同じ車だ。


しかしなぜだろう、先ほど見た時よりも、今の方が頼もしく感じる。


ドライバーが片桐に変わっただけで、車自体の印象も変わってしまうとは。

佐久間がハンドルを振り回して迎えに来た時は、霊柩車にすら見えていたのに。


行きの時とは違い、亮馬は晴れやかな表情で、車に乗り込んだ。



「それじゃ、行くか」


片桐がそう声をかけると、亮馬達を乗せた車は、ハイドシーク中央本部を出発した。


★ーーー★



都会の街並みを颯爽と走って行く車。


片桐の運転は想像以上にスムーズで、プロ級の腕前だった。


車内はピクリとも揺れず、リビングでくつろいでいるかのように快適で、このまま眠れてしまいそうな心地良さだ。


亮馬はゆったりと後部座席に座り、移り変わる車窓の景色を眺めていた。

安全運転のありがたさと大切さを、改めて噛みしめる。


「今日はアチコチ連れ回して悪かった。今後のことで、何か聞いておきたいことはあるか?」


片桐がハンドルを握りながら、問いかけた。


「うーん……そうですね……」


亮馬は少し考えると


「今日のこととは、あんまり関係ないんですけど……」


と恐る恐る話し始めた。


「皆さんは、その……自分がインフィニターだってことを、周りの人には打ち明けてるんですか? 家族とか、友達とか……。どうしてるのかなーって、気になって……」


亮馬の質問に、片桐は淡々と答えた。


「あまり(おおやけ)にするのは望ましくないが、家族や親しい人物くらいなら、打ち明けても問題はない。実際、親族や友人に異能のことを打ち明けているインフィニターはたくさんいる」


「へぇ~……」


「ただ……」


片桐の声のトーンが落ちる。


「インフィニターはこの世界にとって異質な存在。簡単に受け入れられるものではない。たとえそれが、血の繋がった家族であっても、長い年月を過ごした友であっても……。打ち明けることで、これまでの関係性がガラッと変わってしまうこともある。人々から奇異の目に(さら)されることは、この世界を生きるマイノリティにとって、一つの運命(さだめ)なのかもしれないな……」


片桐の口から放たれた言葉には、どことなく重みを感じる。

亮馬は少し黙った後、口を開いた。


「あの……片桐さんはどうしてるんですか?」


そう問いかけると、片桐はミラー越しにギロッとこちらを見てきた。


「あっごめんなさい。気になって……」


「…………。俺は、日頃関わる人間がインフィニターばかりだからな。これといって打ち明ける相手がいない」


「ご家族……とかは?」


「家族か……。“今は”いない」


(“今は”いない……?)


亮馬の心の中で、片桐の言葉が引っかかる。


「あまり参考にならない答えだったな」


「いえ! 急にいろいろ聞いちゃってすみません……」


片桐は再び、ミラー越しに亮馬へ視線を向けた。


「まあ、異能について周囲の人に伝えるかは、君の自由だ。しっかりと考えた上で、自分で答えを出すといい」


もし、自分が異能力者だと伝えたら、周りの人々はどんな顔をするだろう……?


亮馬は、窓に映る景色を見ながら考える。

家族や友人達と過ごした時間を思い返しているうちに、異能を伝えることが怖くなってきた。大切な存在だからこそ、簡単に答えは出せない。結局、車に乗っている間の短い時間では、答えは出せなかった。



亮馬と片桐を乗せた車は、目的地である亮馬の自宅付近に到着。佐久間の運転と比べると、およそ半分ほどの時間で到着した。


「じゃ、今日はこれで」


片桐はドライである。


「ありがとうございました」


亮馬がお礼を述べ、車から降りようとすると、片桐が何かを思い出したように「あっ」と言って、亮馬を引き止めた。


「そう言えば、一つ聞きたいことがあるんだ」


「何ですか?」


「学校で起きた事件の時、君は野獣に変身したが、野獣になったのは、あの時が本当に初めてか?」


「はい……初めてです……」


「本当に()()()()()()()()んだな?」


「ない……ですけど……」


「そうか……。分かった」


片桐は少し怪訝(けげん)そうな表情を浮かべた。


「では、また連絡する」


「ありがとうございました」


亮馬を降ろすと、片桐を乗せた車はすぐに走り去っていた。亮馬は車を見送り、家路を急いだ。




★ーーー★ーーー★


都内のとある雑居ビル。

ほとんどが空きテナントのさびれたこの場所で、唯一、夜が更けても明かりが灯っている部屋がある。


人を寄せ付けない空気を放つウッド調の扉。

固く閉ざされたその扉の向こうでは、三人の男が、思い思いにくつろいでいた。


ピコン! ピコン! ピコン! バシュ!


隠れ家バーのようなムーディーな内装。

そんな部屋の雰囲気に似合わない電子音を、大音量で響かせているテレビ。


「あぁ~っ! クソ! またヤラれた!」


テレビの前でゲームのコントローラーを手に、声を荒げているのは、あの日、月丘高校で起きた事件に、大きく関わったインフィニター“静間来土(しずまらいど)”である。


大きなソファにドカッと座り、目の前のローテーブルにはコーラとポテチ。ゲームをするには最高の環境だ。大好きなパンクバンドのTシャツに身を包み、テレビ画面を凝視する静間は、画面に熱中するあまり、手元の操作が追い付いていない。


そんな静間を見かねたのか、テレビがある部屋の隣の部屋から、怒涛の指示が飛ぶ。


「静間! 違う違う! そこは右ルート! ああもう! その敵はブーメラン投げてくるから気を付けろって、さっきも言ったぞ! ほら! 今、ボタン押すの遅れたろ! 違う! そのボタンじゃなくて、ここは左スティックを押し込むんだよ! あ~だから、違うって!」


「うるせぇなぁ!!」


細かい指示に、静間はブチ切れた。


「“クリちゃん”! 千里眼持ってるからって、隣の部屋から指示出してくんのウゼぇって!! 遠くでやんや言われたら、頭おかしくなるわ! 遠くで見てんのと、ここでやんのとは違ぇんだよ! なあ、“流次(りゅうじ)”からも言ってやってくれよ!」


「ん? あぁ」


キッチンからコーヒーを持って現れた鷺村流次(さぎむらりゅうじ)に、静間は同意を求める。


隠れ家のような部屋でリラックスしているのは、静間(しずま)鷺村(さぎむら)栗原(くりはら)の三人。皆、月丘高校での事件を引き起こした組織『レボルター』に属するインフィニター達だ。


「おい、そんなことよりも、いいのか? アイツ、爆死したけど」


鷺村がテレビを指差す。

画面には大きく“GAME OVER”の文字が。


「あっーーー!!!!」


画面の中のゲームキャラの頭は燃え、物悲しいBGMが流れている。静間がブチ切れている間に、ゲームの中のアイツは、非業の死を遂げたのだ。


「はいっクソゲー。はいクソゲー確定でーす。どうしようもないゲームがここに爆誕しました~」


静間はそう言うと、ふてくされたようにコントローラーを(ほお)った。 


「おいおい、さっきまで『コレ、マジ神ゲー!!』とか言って、三時間ぶっ通しでやってたじゃねぇか。そんなこと言わずに、もう一回やってみろよ」


鷺村がコントローラーを拾い上げ、静間に手渡す。


「そうだぞ。もう一回トライしてみろ。次はもっと画面に集中するんだ。あと、左スティック忘れずにな」


栗原もエールを送る。


「あぁ!? 誰のせいで集中切れたと思ってんだよ……」


ガンを飛ばす静間。

栗原は涼しい顔をしている。


静間は「チッ」と舌打ちした。


「そう言えば、ゲームもいいが、ちゃんと荷造りはしてるんだろうな?」


鷺村の急な問いかけに、静間はキョトンとした。


「このアジトもそろそろ引き払う。この前話したろ?」


「あぁ~。そういやそんなこと言ってたな。ボスからのお(たっ)しだったけ」


「静間、お前が荷造りをしないなら、そのゲーム機も、お前が勝手に買ってきたロデオマシンも、全部置いていくからな」


鷺村が静間を脅す。

アジトには、静間の趣味で置かれた雑貨が大量に(あふ)れていた。そのほとんどが、静間が勝手に買ってきたもので、壊れたオモチャや、古ぼけたブリキ看板など、一見、ガラクタに見えるものも多い。


「ハイハイ。やるって……」


静間は気だるそうに返事をする。


「はぁ~あ。こことももうオサラバか……。結構気に入ってたんだけどな……」


栗原は感慨深そうに、辺りを見回す。


「ここ最近、レボルターに対するハイドシークの監視の目が厳しくなっている。その他の組織も、我々の動向を探っているようだ。これからは俺達も、もっと短いスパンで、アジトを変えなければならないかもな……」


「はぁ……」と息を吐くと、鷺村は話を続けた。


「我々の真の目的を達成するためにも、行き過ぎた行動は避けるように。分かったか? “静間”」


「なんで俺だけ名指し?」


静間は自分を指差し、再びキョトンとした。

そんな静間の様子に、栗原は呆れている。


「バーカ。問題行動をしているのは、いつもお前だろ。そのせいで、レボルターが目つけられてんだよ。この間だって、遠坂亮馬(とおさかりょうま)の件で、やらかしたらしいな。学校で派手に暴れたんだって? タベちゃんが言ってたぞ」


「ん? あ~、そんな大したことねぇよ。あの後、流次がボスの所にいろいろ報告しに行っても、お(とが)めなしだったって言うし……。なあ、流次? そうだよな?」


静間の問いに、鷺村は淡々と答えた。


「あぁ。むしろ『遠坂亮馬のポテンシャルが知れたので良かった』と言っていた」


「ほら。俺、ファインプレーじゃん」


静間は得意げに、ニヤニヤしている。


「ったく。ボスは静間に甘いんだよ。お世話するこっちの身にもなってほしいぜ……。それでボスは、遠坂の件について、他にはなんて?」


栗原が鷺村に尋ねる。


「遠坂の件については、引き続き、慎重にことを進めるようにと。あと、これからは、ハイドシーク以外の組織にも気を付けろと、ボスからの忠告だ」


「そうか。静間が派手にやったせいで、遠坂の噂はインフィニターの世界で広まっただろうからな……。そりゃあ、他の組織も嗅ぎつけてくるわ……」


栗原は静間の方をチラッと見るが、静間は全く気にしていない。


「遠坂亮馬ってのは、そんな逸材なのか?」


「ボスが言うには『インフィニターの世界を変える可能性を秘めている』と……」


「へぇ……」


鷺村の言葉に、栗原は黙り込む。


「アイツはホンモノだぜ……」


静間が突然、真剣なトーンで言い放った。


「アイツとバトった時、俺は久しぶりにヒリヒリした……。体中を駆け巡る血液が、強炭酸になっちまったようなあの感覚……!! あんな感覚になるのは、いつぶりだ……!? 最高だったぜ……。俺はいつまでもアイツと戦っていたい……!!」


静間は手をビリビリとスパークさせた。

その瞳は爛々(らんらん)と輝いている。


「あっそ……そんなの思うの、お前だけだからな。それにしても、そんな化けモノが今までよく、誰にも目をつけられずに、普通に生きてこられたな……」


栗原は不思議そうに言った。


「確かに。そう言えば、ボスは『彼を手中に収めた者はまだいないが、収めた気になっているヤツはいる』と言っていたな……」


鷺村はそう言うと、ブラックコーヒーをすすった。


「“手中に収めた気になってるヤツ”? 誰だ?」


首をかしげる栗原に対し、静間が急に大声で「どうせハイドシークのことだろ!」と言い切った。


「今頃アイツら、遠坂くんを(おり)で囲って、したり顔さ。あ~嫌だね。異能を潰す、犬コロ集団が……」


静間はイラついている。


「まあ、なんにせよ、俺達のやることは変わらない。任務遂行のために、全力を尽くすだけだ」


鷺村が落ち着いた声で言った。


「そうだな」


栗原もうなずく。


話も一段落し、カラになったコップを洗いに、鷺村がキッチンへ行こうとすると「あっ! そうだ! なあなあ流次~」と、静間が呼び止めた。 


「この前のあの件、大丈夫だった~?」


「はっ?」


「ほら、月丘高校の生徒に異能を使ってるとこ見られたって言ってたじゃん? 流次って、意外とそういうところドジだよな~」


からかうように言う静間。

そんな静間を睨みつける鷺村の眼差しには、明らかな怒りが()もっていた。


「テメェ、誰のせいでそうなったと思ってんだ……。元はといえば、全部お前が悪いんだろうが……。バレたら終わりの偵察中に、普通、騒ぎを起こすか? しかもあの学校の生徒相手に……」


「おやおや、これは事情がありそうだね……」


栗原が合いの手を入れる。

それにつられて鷺村が話し始めた。


「俺と静間が月丘高校を偵察している時、コイツが勝手に持ち場を離れたんだ。嫌な予感がした俺はコイツを探したが、俺が見つけた時にはもう、校舎裏の方で静間が一人立っていて、月丘高校の制服を着た生徒達が数人、意識を失って倒れていた。その様子を見た俺は、すぐに状況を理解した。コイツといると、こういう面倒ごとは、日常茶飯事だ……まったく……」


「なんだよ流次。言っとくけど、あれはな、アッチから仕掛けてきたんだぜ。俺がフラフラしてたら、あの学校の不良どもの方から、ケンカふっかけてきたんだ。だから俺は軽くあしらってやっただけ。異能も使ってねぇから、インフィニターとはバレてないはずだ。殺してもいねぇんだし、大丈夫だろ」


静間の言い分に、鷺村と栗原はやれやれという顔をしている。


「意識ぶっ飛ぶまでボコボコにしといて、よく言うよ……」


「はぁ……。騒がれてはマズいと思った俺は、とっさに翼を生やし、静間を抱えたまま飛んだ。陸路で逃げれば、誰かに姿を見られると思ったんだ。近くに人がいないか確認したつもりだったが、上空での姿を目撃された……。そこは完全に俺の落ち度だ」


「災難だったな、鷺村」


鷺村に同情する栗原。


「飛んでるところをガッツリ見られたのか?」


「いや、ガッツリだったかは、分からないが……。今回の目撃者が、月丘高校の生徒というのが、少し厄介だ。念のため、もう手は打ってある」


「ほう……どんな?」


「“清掃人〈クリーナー〉”という人物に、仕事を依頼した。組織外の人物だが、信頼できると聞いている」


「“清掃人(クリーナー)”? なんだそりゃ?」


静間はポカンとしている。


清掃人(クリーナー)か……。噂は聞いたことがあるぜ……」


栗原が説明を始めた。


清掃人(クリーナー)に仕事を依頼すると、指定した人物をキレイサッパリ消してくれるらしい。遺体どころか、そういった痕跡すら見つからない……。跡形もなくターゲットを抹消するその仕事ぶりは、まさに闇の掃除屋さん……」


「へぇ~。そいつ、インフィニターなのか?」


「さあ、それは分からない。誰も清掃人(クリーナー)の正体を知らないんだ。それどころか、本人の顔を見た者も、声を聞いた者もいない」


「はぁ? だったら、どうやって仕事を頼むんだよ」


「すべて代理人を通じて、やり取りしているそうだ」


「確かに。俺もそうだった」


鷺村がボソッと(つぶや)く。


「なんだか、いけ好かないヤツだな」


静間は目の前のポテチをバリバリとつまみながら、話を聞いている。


「正体不明の清掃人(クリーナー)だが、最近ではその確かな仕事の腕を買われて、インフィニター、一般人問わず、裏社会的な人達から大人気なんだとよ。他の業者と比べてギャラが安いのも、清掃人(クリーナー)に依頼が殺到する理由なのかもな……。最近こういう業界では、よく聞く名前だったけど、静間……お前、知らなかったんだな」


栗原が静間に冷たい視線を送っている。


「ケッ。俺はそーゆーの興味ねぇんだよ。ジャマなヤツは、全部俺がぶっ飛ばす! それだけだ」


「あっそ」


そう言うと、栗原は呆れたように、隣の部屋へ戻っていった。鷺村も、コップを洗いに、キッチンへ。


一人、ソファに座り、GAME OVERと映し出されたテレビ画面を見つめる静間。


「あ~あ、また遠坂くんに会いたいな~。またアイツと、本気で殴り合いてぇ……」


静間は無邪気な笑みを浮かべると、ワクワクとした気持ちでコントローラーを握り締め、コンティニューのボタンを押した。






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