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第13話「背筋を正して、決意を宿せ」


片桐に案内されるまま、亮馬はエレベーターに乗り込み、地下一階から地上三階のフロアにやって来た。


地下フロアとは雰囲気がガラッと変わり、明るいオフィスといった空気だ。


片桐は相変わらず、歩くペースが速い。

スタスタと進んでいく。


「ここはな、ハイドシークの職員以外の人間も、よく出入りするフロアなんだ」


「へぇ~、そうなんですね~」


亮馬は辺りを見回した。

片桐の言葉の通り、このフロアにはスーツ姿ではない人も沢山いる。

本が置かれた図書スペースや、休憩できるカフェスペースなどもあり、人が訪れやすいような工夫が(ほどこ)されているようだ。


先を歩く片桐について行くと、ある部屋の前にたどり着いた。


部屋の中の様子を(のぞ)くと、そこは教室のような造りになっていて、授業のようなものが行われている真っ最中だった。


「授業中だったか……」


片桐が静かに呟いた。


部屋の中では、一人の女性がホワイトボードの前に立ち、何か話している。講師か何かなのだろうか?


そして、その講師風の女性の話を、熱心に、あるいは退屈そうに、少年少女達が聞いていた。


片桐と亮馬が部屋の外で待っていると、ちょうど授業が終わったらしく、十人程の少年少女達が部屋からゾロゾロと出てきた。


皆、亮馬と同じくらいの年代の子達だ。

片桐に連れられた亮馬を、珍しそうにチラチラと横目に見ている。


その中で一人、亮馬の方にガンを飛ばしてくる少年がいた。鋭い目つきでこちらを見てくる。


(何だ? 知り合い……? 悪いことでもしたかな?)


亮馬がそんなことを思いながら、キョトンとした顔をしていると、少年は何も言わず、みんなと同じように去って行ってしまった。


(何だったんだろう……。あの子……)


亮馬が不思議に思っていると、部屋の方から 


「はーい。お待たせ。ちょうど終わったから、入って入って」


と言う声が聞こえてきた。先程の女性講師だ。


片桐は亮馬を連れ、ズカズカと部屋へ入っていった。



「忙しいとこ、悪かったな。彼が話しておいた、遠坂亮馬(とおさかりょうま)君だ」


片桐が亮馬を紹介すると、ホワイトボードの字を消していた女性講師は手を止め、二人の方に振り返った。

そして、亮馬の姿を見るなり


(きみ)が亮馬君か~! 私はハイドシーク生活課の真柴理音(ましばりおん)です。よろしくね」


と、明るく言った。

真柴はどこか凛々しい雰囲気のする女性だ。


「どうも」


亮馬はペコッと会釈(えしゃく)した。


真柴は亮馬にニコッと微笑(ほほえ)み返すと、視線を片桐の方に変え


「てかさ~、片桐、アンタもっとニコニコ出来ないの? アンタが仏頂面(ぶっちょうづら)でコッチ見てると、生徒達怖がるでしょ? ここら辺ウロウロする時は、一般の人もいるんだから、そんな伝説の殺し屋みたいな顔で歩かないでよね」


(くぎ)を刺した。


「悪かったな」


片桐はふてくされたように言葉を返した。

これまた、仏頂面をしている。


「まあ、いいわ。アンタがニコニコしてても、逆に怖いしね。そんなことより、今回私は、亮馬君のトレーニングを担当すればいいんだっけ?」


「おう。これが彼の分析結果だ」


そう言うと片桐は、亮馬の分析結果がまとめられた用紙を真柴に渡した。先程、ラボで(もら)ったものだ。


(トレーニング……?)


勝手に話を進める二人に、亮馬はついていけない。頭の上には、はてなマークが浮かんでいる。


「あの……すみません。トレーニングって何ですか?」


おいてけぼり状態の亮馬は、二人に疑問を投げかけた。


亮馬のポカンとした様子を見た、真柴は


「片桐! アンタ、亮馬君にトレーニングのこと、説明してないの!?」


と問い詰めた。


「まあ、口で言うより、ココに連れて来た方が早いだろ」


片桐が涼しい顔で答える。


「あーもう。これだから保安課は!! 本当にこういう時、雑なんだから! 説明しなきゃ、何も分かんないでしょうよ!」


そう言うと真柴は「ハァ~」と息を吐き、頭を抱えた。


片桐は何も言わない。やはり、仏頂面だ。


「ゴメンね。亮馬君。この“ぶっきらぼう”のせいで……」


真柴は片桐を指差しながら、言った。


「い、いえ~。全然……」


亮馬は苦笑いしている。


ぶっきらぼうと言われてもなお、片桐は黙っていた。


「まったく。いつも言葉足らずなんだから……」


呆れ顔をしつつ、真柴はハキハキと、説明を始めた。


「じゃあ、まず、生活課のことから説明するわね。ハイドシークでは役割ごとに様々な部署があるんだけど、私達、生活課はインフィニターの生活をサポートするのが業務なの。異能に関する相談や、日常のささいなお困りごとの解決まで。インフィニターの生活に関わること全てに対応するのが、私達のお仕事。その中にインフィニターの教育というのも含まれているのよ。ここまでOK?」


「はい!」


亮馬は元気良く返事した。

何だか真柴は学校の先生のようで、つい背筋がピンとしてしまう。


「よろしい。ハイドシークでは、インフィニターを対象に、私達、生活課職員が講師となって、講習会を開いたり、トレーニングを行っていてね、異能との上手な付き合い方や、感情のコントロール方法などを教えているの。時には実践も交えて、異能の扱い方を訓練するわ」


「へぇ~。じゃあ、さっきの子達も……?」


亮馬が(たず)ねる。


「そう。さっきのも、少年少女達を対象にした講習でね。ちょうどあのくらいの年頃から、異能のパワーも強まってくるし、思春期で感情のコントロールも難しいじゃない? だから、十代の少年少女を集めて、成長による変化に対応し、能力の暴走を防ぐ授業をしてたんだ~。それで、今回は、亮馬君も自分の異能をコントロール出来るようになる為に、ハイドシークのトレーニングを受けてもらいたいって話!」


説明を言い終えた真柴は、一休みするように「フゥ~」と息を吐いた。


「片桐、このくらいはアンタがちゃんと説明しといてくれないと」


真柴が片桐を(にら)む。


「ワリ」


素っ気なくそれだけ言うと、片桐はバツが悪そうにソッポを向いた。


亮馬はほんの数分間、片桐と真柴のやり取りを見ていただけだが、なんとなく二人の関係性が分かった気がする。


「よーし。話はこんくらいにして、早速、トレーニングルームに行きますか~」


「えっ!? もう、今日からやるんですか!?」


驚く亮馬をよそに、真柴はもう部屋を出ている。

そして、扉から顔だけをチョコンと出して


「タイムイズマネーだよ。亮馬君」


と言うと、ヒョイヒョイと手招きをした。


亮馬は手招きにつられるように、部屋を出た。先を歩く真柴を、慌てて追いかける。


片桐はゆったりと、そんな二人の後を追った。



★ーーー★



真柴に連れられるまま、亮馬はトレーニングルームにやって来た。


そこはとても広い部屋で、体を鍛えるトレーニング器具なども沢山置かれている。体を動かすには最適な場所といった感じだ。


「ここはトレーニングルーム。インフィニターが実践的な訓練を行う場所よ。ではでは、早速、亮馬君のお手並み拝見といきますか。ハイ、コレ着て」


真柴は亮馬にスポーツウェアを手渡した。


「え? あ、ハイ」


亮馬は言われるがまま、更衣室に案内され、今どきのスポーツウェアに着替えさせられた。


「おー! 似合ってるジャーン」


トレーニングルームに戻ると、真柴がキリッとした笑顔で待ち構えている。


「ヨシ! それじゃあ、コチラヘ!」


「ハ、ハイッ!」


真柴の指示通り、指定された位置につく亮馬。足元の床を見ると、等間隔に三本線が引かれている。


(コレって、どこかで見たことあるような……?)


亮馬がそんなことを思っていると、突然、真柴の大きな声が響いた。


「では、これから亮馬君の体力テストを行います!!」


「ヘッ?」


亮馬はポカンとした。


「インフィニターが異能を操るには、知識や心得はもちろんだけど、何よりも“体力”が必要! 特に、亮馬君みたいな戦闘系インフィニターはね。というわけで、これからトレーニングするにあたって、参考にさせてもらう為に、現在の亮馬君の基礎体力を測らせてもらいまーす。やることは普通の体力テストと同じだから、安心してね。それじゃあ、亮馬君、準備はOK?」


「アッ、体力テスト!? ハイッ! 何かよく分かんないけど、準備OKです! 頑張ります!」


亮馬はシャッキーンとした。

どんな状況であれ、こういう時に少しでも良い結果を残して、カッコつけたいと思ってしまうのは、男の(さが)だろう。


運動神経は自称・人並み、遠坂亮馬、16歳。

良い結果を残せるのか……?


亮馬の体力テストが始まった。


「まずは反復横跳び。始め!」


号令と同時に、素早く動き始める亮馬。

皆さんおなじみ、あの三本線を華麗なサイドステップで踏み越えていく。


シュッ シュッ シュッ!!


(結構、イケてる!)


どうやら調子は良さそうだ。



「……はーい、そこまでー! お疲れ様ー」


「フゥ~」


第一種目を終え、亮馬は手応え十分だ。

(良い汗かいたな~)という顔で、爽やかに汗を拭い、次の種目に挑む。


「じゃあ、次の種目いこうか~」


こんな調子で体力テストは進んでいった。


立ち幅跳びやシャトルランといったオーソドックスなものから、ランニングマシンや筋力マシンを使った独自のものまで、あらゆる種目を行い、体力を測定していく。


奮闘している亮馬を見守る真柴と片桐。


テストの途中、ふと、片桐にしか聞こえない声量で、真柴が(つぶや)いた。


「アンタ、あの子をどうするつもり?」


二人の視線の先には、ランニングマシンをひた走る亮馬がいる。


「さあな。知らない。俺は上から言われた職務を、こなしているだけだ」


片桐が素っ気なく答える。


「アンタって、本当に素直じゃないよね~。実は結構、気にかけてるんでしょ? あの子のこと」


真柴の指摘に、片桐は黙っている。

この時、真柴は気付いていた、片桐が本心を隠していることに。

少しの沈黙の後、片桐は口を開いた。


「俺は、彼の異能の暴走を防げれば、それでいい。彼が自分の異能と、きちんと向き合えるだけの強さを身につけられたら……それで十分だ」


「ふーん……あっそ……」


片桐はまだ本心を語っていない、真柴はそう直感したが、それ以上、追求はしなかった。


「でも、アンタも分かってるんでしょ? あの子の異能が、簡単に扱えるものじゃないってこと。下手したら、インフィニター自身が異能に飲み込まれてしまう、それ程の強い力……。操るには、相当の技量とセンスが必要。私もやれるだけのことはするけど、正直、あの子の才能次第ってとこもあるわね……」


真柴は浮かない表情だ。


「もし、彼が異能を制御出来なければ……。()()()()()は、分かってるだろ?」


片桐がクールに言い放つ。


「分かってるわよ。 だから、やれるだけのことはするって言ってるじゃない。 アンタも、()()()()()を避けたくて、あの子をココに連れて来たんでしょ? とにかく、精一杯、頑張ってみるしかないわ……」


真柴は凛々しい表情に戻っていた。



こんな会話を二人がしているとはつゆ知らず、亮馬は体力テストに没頭していた。


テスト開始前の真柴の言葉とは裏腹に、ハイドシークの体力テストは、普通よりもハードなもので、最初は余裕だった亮馬も、終盤にはヘロヘロになっていた。


「ハイ! ラストスパート! ガンバレガンバレ~!」


「ハイッ!」


真柴の声援が遠く聞こえる。


「3……2……1……」


ピピピピッ ピピピピッ ピピピピッー!


テストの終了を告げるタイマー音が、鳴り響く。


「は~い。お疲れ様でした~。これで全部の種目が終了でーす。結果すぐ出るから、ちょっと待ってて」


真柴の言葉を聞いたと同時に、亮馬はその場に座り込んだ。


「ゼェ~ハァ~、ゼェ~ハァ~……」


亮馬は肩で息をしている。

テストがこんなにハードなものだとは、思ってもいなかった。


「お疲れ。よくやったな」


片桐が亮馬に水の入ったペットボトルを手渡す。


「あ……ありがとうございます」


亮馬は水をがぶ飲みした。


そこに、テスト結果がまとめられたタブレットを手にした真柴が、戻ってきた。


「結果が出たわ。早速、発表するね」


テストの結果はいかに……? 

期待の眼差しで、亮馬は真柴を見つめる。


「亮馬君の今回のテストの結果は、S・A・B・C・Dの五段階評価中……“C”です! うーん……まあ……ギリギリセーフってとこかなぁ……。中の下って感じ……?」


「そ、そんな……!」


亮馬は愕然(がくぜん)とした。

そりゃあ、自分がスポーツマンタイプではないことは、自覚している。でも、せめてBくらいは取れると思っていた。今日は調子も良かったし……。それがまさかのC判定。


これからのトレーニングの雲行きが怪しくなる結果に、真柴と片桐も苦い表情をしている。


何とも言えない空気が漂うトレーニングルーム。


真柴がとっさにフォローした。


「まあ、ハイドシークの体力テストは、普通よりも厳しい判定基準になってるから、そんなに気にしないで。普通なら、中の中くらいだよ! きっと!」


「おい、それ、フォローになってんのか?」


片桐がすかさずツッコむ。


(ココは、もっと良い結果を出さなきゃダメなトコだよな……。二人にも気を(つか)わせてしまっている……)


そんな空気を察知した亮馬は、申し訳なさそうに下を向いた。


「すみません……こんな結果で……。もっと出来ると思ったんですけど……」


(うつむ)く亮馬の肩に、真柴はポンと手を置いた。


「何言ってんの。ここから育て上げるのが、私の仕事でしょ? やり甲斐ありそうじゃん! めっちゃ、燃えてきたわー! 任せておきなさい、私があなたを、一人前のインフィニターにしてあげる! 亮馬君……だから一つ、私と約束して。私も本気で挑むから、亮馬君にも本気で挑んでほしいの。その“覚悟”はある?」


真柴は真っ直ぐに亮馬を見つめている。


“覚悟”という言葉を聞いた瞬間、亮馬の頭の中では、あの時の記憶が呼び起こされた……。そう、人生を一変させた、あの日の出来事……。



あの襲撃事件以来、亮馬はずっと“ある恐怖”を抱えていた。


“もし、再び野獣に変身したら……”


いつ野獣に変身するかは分からない。野獣に変身してしまえば、理性はなくなり、また暴走してしまうかもしれない。そしたら、今度こそ、誰かを傷付けてしまうかも……。


そう思うと、怖くてたまらなかった。

異能を制御する力もなく、野獣を操る(すべ)も知らない亮馬は、自身の異能に気付いた時から、ただただ不安と戦うだけの日々を過ごしてきた。


そんな日々を、今なら変えられるかもしれない。

怯えるだけだった自分を、今なら……!


(異能を制御出来れば……)


亮馬の願いは切実だった。


そして今、真柴の問いかけに、亮馬の願いが呼応する。


亮馬は顔を上げた。


「僕はインフィニターとして目覚めてから、ずっと自分の異能に怯えるだけでした。また暴走したらどうしよう、人を傷付けたらどうしようって、そんなことだけが頭によぎった。何をしたらいいのかも分からず、ただただ不安で……。でも、今、ようやく自分が何をするべきなのか、ハッキリと分かった……。僕は野獣〈ビースト〉を、制御出来るようになりたい。真っ直ぐに自分の異能と向き合える……“インフィニター”になりたいです!」


そう高らかと宣言した亮馬の()み切った瞳には、強い意志が宿っている。


亮馬の決意を聞き、真柴はニッコリと笑った。


「オーケー。その答えが聞けて良かった。これからよろしく。亮馬君の場合は短期集中でいくから、その分厳しくビシバシやるよ~。早速、明日からおいで。タイムイズマネー……だからね」


「ハイ!」


亮馬は大きな声で返事をすると、背筋をピンと伸ばした。





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