第11話「ハイドシークへようこそ」
車から降りた亮馬は、佐久間に案内され、ハイドシーク中央本部の正面玄関に向かった。
大きな扉から建物の中に入ると、そこに広がる景色はまさに壮観だった。
明るくひらけたエントランス。
現代的でスタイリッシュな造りの建物は、吹き抜けになっており、開放感がある。
亮馬は周りをキョロキョロと見回した。
とても広いエントランスには、多くの人が行き交っている。
渋い表情で電話をしている人、沢山の資料を両手で抱えて慌てて走っている人、受付係と何やら話し込んでいる人。様々な人がいるが、皆、一様に忙しそうだ。
「亮馬くん、ここがハイドシークの本部だよ。結構良い建物で、ビックリしたっしょ?」
「はい」
亮馬は慣れない空気に圧倒されつつ、先を歩く佐久間とはぐれないよう、ついていった。
しばらく歩くと、エレベーターホールに着いた。
「あっ! 片桐さーん」
佐久間の目線の先には、二人の到着を待っていた片桐が立っている。
「遅いぞ」
片桐はドスのきいた声で、佐久間に言った。
「あ~、色々あって……。すみません」
佐久間は誤魔化すように笑いながら、ヘラヘラと謝った。
(色々って……)
亮馬は内心(アンタの運転のせいだろ……)とは思ったが、佐久間の名誉の為、黙っておくことにした。
「じゃあじゃあ、亮馬くんは無事に送り届けましたし、俺はココまでってことで……」
片桐の不機嫌な空気を察知したのか、佐久間はさっさと話を切り上げ、その場を去った。
「すまないな。ああいうヤツなんだ。ここからは、俺が案内する」
片桐は亮馬にそう言うと、エレベーターのボタンを押した。
エレベーターはすぐに到着し、扉が開く。エレベーターの中は誰も乗っていなかった。片桐が地下一階のボタンを押す。
二人きりのエレベーター内。
沈黙が流れる。
(片桐さんって、なんかしゃべりかけにくいな……。クールなタイプなのかな……)
亮馬がそんなことを思っていると、片桐が急に
「アイツの運転、下手だろ?」
と言ってきた。
亮馬は食い気味に
「はい! 下手です!」
と答えた。
「やっぱりなぁ……。その様子だと、相当食らったみたいだな」
「はい。散々でした」
亮馬がまた食い気味に言う。
「本当は違うヤツに運転を頼む予定だったんだ。だけどソイツに急な仕事が入って、代わりにアイツってわけ。本人、ノリノリだったんだが……。すまなかったな」
「いえ、全然。でも、死ぬかと思いました……。本当に……」
亮馬はドヘェ~っと疲れた顔をした。そんな亮馬の様子を見た片桐は「フッ」と少し笑った。
「帰りは俺が送る」
(良かった……)
片桐の言葉に、亮馬が胸をなで下ろしていると、チーンという音が響いた。
「着いたぞ」
扉が開くと、そこには近未来的な空間が広がっていた。
大きな機材や最新鋭のコンピューターが並んでいる。地下のフロアでは白衣姿の人々が忙しそうにしていた。
亮馬はSF映画のような風景に心を躍らせつつ、ズカズカと進んでいく片桐の後を付いていった。
「ハイドシークについて、佐久間から説明は受けたか?」
「いえ、詳しくはそんなに……」
「ったく……アイツ……」
亮馬の返答を聞いた片桐は、少しため息をつくと、ハイドシークについて説明を始めた。
「この間、俺達のことを“インフィニターの警察”と説明したが、ハイドシークの業務はインフィニターの監視だけではないんだ。特殊能力を持つインフィニター達が、日常生活に馴染めるよう、サポートしたり、インフィニターの生態を研究したりと、多岐に渡る。ハイドシークはインフィニターによって作られた、インフィニターの為の組織。いわば、インフィニターの何でも屋だ」
片桐は話しながらもどんどん先を進んでいく。とても足が速い。
亮馬は片桐の説明を真面目に聞きつつ、置いて行かれないよう歩いて行く。
「ハイドシークは、一応、政府公認の組織だ。しかし、その存在は非公開とされている。だから、この場所を知るのも、インフィニターとごく一部の非能力者だけだ。本部の建物も、普通のオフィスビルのように見えるよう、細工してある」
「へぇ~」
「この地下空間はラボになっていてな、インフィニターの生態などを研究しているんだ。初めてハイドシークが確認した異能力や、インフィニターは、必ずこのラボで分析を行う」
「へぇ~。そうなんすね~」
亮馬がよそ見しながら相槌を打つと、片桐が突然足を止めた。
「というわけで、君にもこれから分析を受けてもらう」
「え?」
気付けば亮馬は、地下一階の奥にある部屋までやって来ていた。分析ルームと書かれたその部屋には、パソコンのようなコンピューターがズラッと並べられていて、白衣姿の人々が様々なデータやグラフとにらめっこしている。
「片桐さん! お待ちしておりました!」
部屋の奥から、これまた白衣姿の女性が現れた。可愛らしくて、小柄な女性だ。
「遅くなった。彼が、今日分析を受ける、遠坂亮馬君だ」
片桐が亮馬を紹介する。
「あっ、どうも……」
亮馬はチョコンと頭を下げた。
「君があの“ウワサ”の……」
そう言うと女性はニコッと笑い
「初めまして! 私はこのラボで研究員をしている、滝野栞です。今日は、遠坂君の能力分析を担当します」
と挨拶した。
「あの、能力分析って? 何するんですか?」
亮馬は不安そうに尋ねた。
「大丈夫、大丈夫。心配しないで。痛いことはしないからぁ」
滝野は亮馬に優しく微笑みかけた。
優しげな滝野の笑顔を見て、亮馬の不安も和らいでいく。
「遠坂君の異能力が、どういった能力なのか、分析するんだよ。あの機械で!」
そう言うと滝野は、分析ルームに併設されたガラス張りの実験室の方を指差した。実験室の中には、機械仕掛けの大きなイスが鎮座している。イスの上にはヘルメットのような装置が吊り下げられており、装置からは太いチューブやパイプが何本も伸びていた。イス本体も鋼鉄で出来ていて、正直、拷問器具のようにしか見えない。
亮馬の心の中から消えかけていた不安は、拷問器具っぽいイスを見たことで、すぐに舞い戻ってきた。
「嘘!? アレ? アレに座るんですか? 僕!?」
怯える亮馬の肩を、片桐がガシッと掴んだ。
「大丈夫だ。何もしない。心配するな。なぁ?」
鋭い眼光で亮馬を見ている。いや、ほぼもう睨んでいる。
(もう逃げられない……)
亮馬は悟った。
気付けば、ヘナヘナと拷問器具っぽいイスに座らされ、能力分析が始まっていた。
「それじゃ、能力分析始めまーす!」
滝野のマイク越し声が、実験室に響く。
「まず、手足を拘束するねー!」
随分と物騒な言葉が、内容と似合わない明るい声で聞こえてきた。
「えっ!? ちょっと、ちょっと、どういうこと?」
亮馬があたふたしていると、目にもとまらぬスピードで、イスの肘掛けと足元から鉄輪が出現し、亮馬の手足を拘束した。
「はーい。分析中は絶対に動かないでねー」
滝野との交信がプツリと切れると、亮馬の頭の上にあった装置が、ウィーーーン!!!!と、もの凄い音を響かせて、降下してきた。
「うわぁ! うわぁ」
亮馬はジタバタしている。
ちなみに、実験室は防音になっており、中の音は聞こえないようになっている。その為、分析ルームには亮馬の悲鳴は届いていない。ガラス張りの実験室でジタバタする亮馬は、サイレント映画の一幕のようだ。
ゆっくりと降下してきた装置が、亮馬の頭にスポッとハマった。
(ヨシッ! 来い……)
亮馬は覚悟した。
装置はゴゴゴッと音を立て、ピカーッと怪しい光を放った。すると、亮馬の頭が、少しずつ温められていく。
亮馬は身構えた。が、それ以上、何もなかった。優しい適度な温度で、温められただけだった。
(えっ!? コレだけ……?)
亮馬はキョトンとした。そして、先程までジタバタしていた自分が急に恥ずかしくなった。
亮馬が温められている間、分析ルームのコンピューターには、様々な数値が映し出される。
「なるほど……。やっぱりスゴい……。かなり特殊な能力ですね……。今までデータベースに登録は無いようです」
「そうか……数値は?」
滝野の後ろで、片桐もコンピューターを見つめていた。
「全体的な数値を見ると、戦闘型の能力ですね。特に、凶暴性と変容性が高いです。感情によって、能力値の振り幅が大きいのも特徴ですね。能力タイプは“混合型”です」
「混合型か……」
片桐はボソッと呟いた。
キュイーン……
亮馬にすっぽりハマっていた装置が、音を立てて元の位置へ戻っていく。
カシャンカシャン
手足の拘束も解けた。
「はーい、お疲れ様でーす」
滝野の声が実験室に響く。
分析を終え、亮馬が実験室から出ると、興奮した様子で滝野が近寄ってきた。
「遠坂君! やっぱり君、スゴいよ! 私が脳内保管した2万5千件のデータの中でも、ずば抜けて特殊だよ! とんでもない研究対象だわ!」
「はぁ……?」
滝野の勢いに圧倒される亮馬。
「僕、そんなにスゴいんすか?」
「スゴいよ! スゴい。まず、君は混合型なんだけど、感情による能力の振り幅がスゴいの! それでね、感情が最高値に達した時の能力がこれまたスゴくて! やだ、私、スゴいしか言ってない。新たな研究対象発見の喜びに、私の語彙力がついていってないわ!! 今すぐにでも、データを脳内保管したいわ~!」
先程までとは別人のように、テンションぶち上げになっている滝野に、亮馬はちょっと引いている。
「あの……、混合型って? 頭温めて、何か分かったんすか? それに脳内保管って……なんです?」
亮馬の頭はちんぷんかんぷんである。
すると、片桐が近寄ってきて
「おい、滝野。落ち着け。彼を置いてけぼりにするなよ」
と滝野をたしなめた。
そして
「すまんな。滝野は何というか……異能マニアなんだ。彼女の異能は〈超記憶〉で、目にしたほとんどのことを記憶している」
と言った。
「そうなの。大抵のことは“この中”に保管してあるわ」
そう言うと滝野は自分の頭を指差した。
「私は、この世界にどんな異能があるのか知りたくて、この仕事に就いたの。これまで見てきたインフィニターに関する2万5千件以上のデータは、すべて私の頭の中にある。その中でも君は、トクベツってこと」
滝野は明るく亮馬に笑いかけた。
「滝野、悪いが、今日は時間が無い。分析結果と、異能の基本的なことについて、彼にサラッと説明してやってくれ」
片桐がクールに言う。
「はい。分かりました。じゃあ、こちらにどうぞ。座って」
滝野に促され、片桐と亮馬は、近くにあったイスに座った。




