第93話こんな事
私がこの場所まで逃げてくることを知っていたかのように、周囲から感じる多くの気配。一歩行動を間違えれば死に至る可能性もある。
だからここは冷静に動かなければならないのだけど、この圧倒的不利な状況の中で、どう冷静に動けばいいか……。
「どうした、自ら敵陣の中に突っ込んでおきながら、今更怖気付いたか」
「怖気付いてなどいない」
「強がりもいい所だ、やれ」
男の指示で気配が一斉に動き出すのを感じる。この数を人形で対処するのは難しい。ならば、
(リンシア達の前では使えなかった。けど一人の今なら、これを使っても)
憎しみと怒りを魔力に変え、そして私はそれを纏う。
「この魔力、何故たかだか一冒険者であるお前などが」
「知れた事。お前達はこの魔法で私が消し去る」
この世界で禁忌とされている闇の魔法。私はこの魔法を使うたびに多くの業を背負ってきた。それが間違った道なのも、この魔法を使うようになってからとっくに分かっている。
「くそ、その魔法は危険だ!一時撤退を」
「逃さない。闇魔法『死の風』」
私を中心にして風が吹き荒れる。それは私を襲った敵達を包み込、そしていとも簡単にその命を奪い去った。
「馬鹿、な。あれだけの軍勢を一瞬で」
最初に会った狐の男は、運が良かったのか偶然にも生き残ってしまう。私が彼に近寄り、トドメを刺そうとしたその時、
「こんな所で何をしているんですか? アリス」
宿を出た私を探しに来ていたのか、この場所にリンシアがやって来た。魔法を使った後だったからよかったものの、
「その妖狐族の方は一体……」
「ひ、ひぃぃ!」
妖狐族の男を取り逃がしてしまう形になってしまった。男が立ち去った後、辺りに倒れていた敵を見ながらリンシアは私に尋ねてくる。
「こんなに狐が倒れて……アリスがやったんですか?」
「奴らはミルセンを取り返そうとして、私を襲ってきた。だから私達の敵なのは間違いない」
「私が聞きたいのはですね」
「あ、リンシアにアリス。こんな所で何やっているの?! ミルセンが帰ってくるの遅いって怒ってるわよ」
リンシアが私に何かを聞こうとした所で、スズカもやって来てしまい結局この話の続きをすることはなかった。とはいえ、この状況をミルセンが見たらどう思うのかと考えると、少しだけ胸が痛む。
(しばらくは警戒しておかないと……)
「スズカ、ちょっといいですか?」
「どうしたのリンシア。深刻そうな表情をして」
「少し二人きりで話をしたい事があるんです」
■□■□■□
翌日、昨日と同じように温泉のための穴掘りを始めた私達。昨日とは違ってミルセンの力も借りての作業だったので、多少効率はよくなったものの、それでも重労働なのは変わりなかった。
「昨日からこうして同じように穴を掘っているわけだけどら一向に温泉が見えないわよ」
「スズカの堀り方が悪いんじゃないの?」
「あのね、そういうのは同じ仕事をしてから言う台詞なんだと思うけど」
「私は楽しいよ? 皆で温泉掘るの」
「きっとそれを言っていられるのは今日だけよ。明日になれば嫌になるから」
「そうなの?」
「だからどうしてそれをアリスが言うのよ」
昨日と変わらず適当な会話をしながら作業を続ける私達。しかし昨日とは違って、リンシアがなかなか会話に入ってこなかった。
「リンシアもなんとか言ってよ。さっきからずっと黙ってて」
「……」
「リンシア?」
「え? な、何か言いましたか、スズカ」
「さっきから会話に入ってこないから心配してたのよ。今日ずっと黙ってばかりだから」
「そ、そうですか? そう思わせてしまっていたならすいません、しっかり仕事はしますから」
「いや、そうじゃなくて」
結局仕事の間リンシアはずっとこんな様子だった。何度スズカが話しかけても、返ってくる言葉は変わらずに、気まずい時間だけが私達の中で流れ続けていた。
「どうしたんだろう、リンシア」
事情を知らないミルセンが呟く。その言葉に誰も返す事ができず、ユドラシアにやって来て二日目も終わりに近づいていた。
そんな夜の日のこと、私はリンシアではなく何故かスズカに二人で話しがあると呼び出されていた。
「どうしたのスズカ。私だけ呼び出すなんて」
「どうしてもアリスとは話がしたくって」
「いつもしているのに?」
「そう言う次元の話じゃないから……多分」
「多分って……」
リンシアの曖昧な回答に、私は少しだけ苛立ってしまう。彼女が私に何の話をしたいのかそんなこと分かりきっている。
きっとそれをスズカ自身も理解している。だからこそ苛立ってしまっている自分がいる。
「ああもう、面倒くさい。率直に聞くけど、昨日私が来る前にリンシアと何かあったの? いや、何かあったよね。昨日は聞かなかったけど、あの状況も明らかにおかしかったし」
「スズカが考えているようなことはなかったとだけ言っておく」
「ならどうしてリンシアは今日ずっとあんな調子なの? それに昨日だって」
「昨日?」
「あ、ううん、何でもない」
「隠し事?」
「違う、そうじゃない。けどどうしても気になるの、こんな事初めてだったから」
「初めて、か」
私は何度も経験しているよ、こんな事。




