1-1 定年退職して異世界転生したら、異世界でも農政に泣かされた
「……以上をもちまして、稲穂タケル君の定年退職壮行会を終了いたします。長い間、本当におつかれさまでした。第二の人生でも頑張ってください。」
拍手が起きた。
四十二年間勤め上げた会社の会議室で、俺は深々と頭を下げた。
長かった。
上司の無茶振り、終わらない会議、意味のわからない経営方針、そして毎年更新されるだけで誰も読まない社内規定。
それらすべてから、ようやく解放されるのだ。
俺は退職金の振込予定額を思い浮かべ、満足げにうなずいた。
「これからは自由だ。好きなことをして暮らすぞ」
その夜、俺は第二の人生に向けて、老後資金の計算を始めた。
日々の業務、引継ぎ対応にかまけて、今まで正面から向き合ってこなかった。
年金収入。生活費。住民税。健康保険料。
そして住宅ローンの残債。
「……あれ?」
電卓を叩く指が止まった。
「ちょっと待て。なんで会社を辞めたのに、こんなに金が出ていくんだ?」
現役時代には給与から天引きされていた税金や社会保険料が、退職後には自分の生活を正面から殴りに来る。
しかも、前年の所得を基準に計算されるものがある。
つまり、収入が減った翌年に、現役時代の所得を基にした負担がやってくる場合があるのだ。
「おいおいおい! 俺はもう会社員じゃないんだぞ! 収入は減ったのに、請求書は現役時代の俺を基準に来るのか!」
誰も答えてくれなかった。
そのとき、電卓の液晶が突然まぶしく光った。
『人生再設計システムを起動します』
「なんだこれ。怪しい広告か?」
『定年後の第二の人生における失敗要因を分析しました』
「ほう。優秀じゃないか」
『分析結果:老後資金の見通しが甘い』
「うるさい!」
『追加分析:退職後の収支計画に重大な欠陥があります』
「わかった! わかったから、もう少しオブラートに包め!」
『転生先を選択してください』
「……は?」
画面には三つの選択肢が表示されていた。
・剣と魔法の冒険者
・王宮勤めの文官
・米農家
俺は迷わず三番目を選んだ。
「農家だ! 自分で食べる米くらい、自分で作る! もう会社にも役所にも振り回されない生活を送るんだ!」
『選択を受け付けました』
『転生先:農業行政制度が複雑な王国』
「待て。最後の一文は何だ?」
画面が爆発した。
「うわああああああっ!」
俺の第二の人生は、こうして始まった。
よりによって、農政の複雑な異世界で。




