実験棟の戦闘姫 1
デルタは夢を見ていた。決して、自分の記憶からは出てくることなどない夢。
ただ、その臨場感は、デルタにして、現実として見せるだけに十分なことだった。
「部隊を前に。命を矢と盾として、後衛の安全を確保する。総員。命を惜しむな。約目たるを為せ」
管制塔から、攻撃許可の命令が下される。地上の争いの前の露払い。3億の命をもって敵を撃つ。それは放たれた矢となり、空を覆った。
「長距離砲撃カウント30。敵隊を切り裂いてみせる。その後は、混成旅団のお披露目よ」
「了解……って、そんなにうれしいのですか?昨日までの敵ですよ」
傍らに控える子がげんなりとした表情で問いただしてくる。それに私は応えなければいけない。
「当然。女王として采配を振るわせてもらうわ。el部隊は、各員展開。部隊員に自由作戦行動を認める」
「巨人の女王様よ。それじゃ作戦行動って呼べないぜ。統率ってものが必要なんじゃないか?」
声が聞こえてくる。抗議の声。
「いえ、彼女の意見に従うとしましょう。彼女はそれ事が。それこそ重要とわかっています。故にです。
さて、わかっているわね。わが弟よ」
「へいへい。引きこもりの姉君のご意見とあれば。って、足を出してくるな。この間までいかに快適に引き込もるかどうかで大議論を巻き起こしていたくせに……。いた、いたた。姉様!肘は止めてくれ。痛いって!」
発言した女性を茶化す発言をした男性を、女性が折檻をしている。それを見ながら中性的な見た目のそれは、ほぅっと溜息を吐くと、向き直った。
「姉と母にかまってほしくて様々な狼藉を働いて、未だに反省の弁もなく、そのためにこのような無粋な争いばかりを起こしている。こんな、救いようのない愚弟だが、なにとぞ笑って許してもらえればうれしい限りだ」
「気にはしていない。我らも似たものだからだからな。正直うらやましいのだ。貴公らが。今ならばわかる。たとえ、我身に全知があろうとも。この場所には決して一人では立てなかった。そして、このようなことも決してわからなかった。こんな単純なことを訓えてくれたのは貴君らだ。故に」
「そうだ、故にだ。全く。貴君らに当てられたものが、独自の攻撃に入ってしまった。
いやはや、これは困った」
その声を聴いて、これは、と少し困る。ふうっと、ひと呼吸冷静になる。
「そのよう。でも、今から間に合う。連隊。大隊の補佐を行い、退却の指示を指せよ」
指示を受けた連隊は上昇を開始、あっという間に、雲の中に入り、その場にいる者の目ではとらえられなくなる。それでも、捕えているものたちに、この軍の解釈が伝わればいいが。
「連隊は高度300を維持。管制塔、相対距離教え」
「距離200、相対速度120」
「対象との相対距離、80で、馬鹿どもに空戦近接火力支援を行う。全小隊は、警戒を厳にしろ。転送兵器には、特別な警戒を行え。中隊は、防衛網を抜けた敵を自由射撃。小型が多いと思うが、油断はするな」
的確な指示の飛び交う戦場。それは、戦争みたいとデルタは思った。瞼の裏には重そうな鎧を着た人たちが、空を飛んでいた。
「でも、ドレスみたいできれいだな」
夢の中の空は、少し曇天の空だけどデルタは、少し空を自由に飛ぶことのできる夢を観れて満足だった。
「すごい恰好で寝ているな」
アリアが、ドアを開けたときの状況は、一瞬我が目を疑うものがあった。椅子の上に寝ていたはずのデルタは、床に落ちて、令嬢としては憐れまれるような状況を呈していた。それでも、デルタの目は覚まされることもなく、幸せそうな微笑みとよだれを垂らしながら、爆睡していた。
それは、出発の時まで泣いていて泣きつかれてしまった。というのにしては、あまりにも穏やかな寝顔だった。
「お~い、着いたよ起きて」
アリアは、デルタをゆっさゆっさと揺すると、デルタは、う~んと口をむにゃむにゃとさせて、うっすら目を開く。特にどこかをぶつけたというわけではないようで、アリアはほっとした表情を浮かべた。
「ええと、ここって」
「はい、到着ですよ。ここでね、デルタは実験体として過ごすの。今日は、もう遅いから、部屋まで案内するわね」
露骨な言われ方に一瞬むっとしたが、デルタは、言われるがままに馬車から降りた。その目の前には、白い大きな建物が、立ちふさがっていた。それを見たときデルタは、まるで要塞か砦のようだなと思った。
そうおもったときには、その扉が開き、デルタとアリアを迎え入れた。
その入った先には、10人ほどの白衣を来た男女が、到着を待ちわびているようだった。
「ようこそ、研究棟へ。実験体デルタちゃん。歓迎するよ」
「ええと、あ、ありがとうございます。でいいのかしらこの場合」
デルタは、不思議な歓迎を受けて、言葉を詰まらせた。研究科は、実験体に無理な実験をさせて、1か月で使い切ってしまう場所ではなかったのだろうか。不思議そうに見ている、デルタに、アリアが話しかけた。
「紹介するわ。ライト博士よ。」
その一団の中から、ひときわ目立つ長身の男性が、デルタの前に進み出た。
「そこまで緊張する必要はない。明日からは、いろいろな実験に付き合ってもらう。今日のところは、アリアに、部屋へ案内してもらえ」
「もう、大事な実験体ちゃんに、なんてこと言うの。心配しなくてもいいからね。デルタ。さっきも言ったけど、実験は明日から始めるから。ふふ、そんなに心配そうな顔をしないで。じゃあ、施設を案内するわ。ほら、そこ、ぼさっとしていないで、実験体の荷物くらいは持ってあげなさい!」
アリアに怒られた大柄な男性の研究者が、デルタから、荷物をもらって、先導する形で歩き出した。デルタもそれに倣う。階段を上って、左へ右へ、迷路のような回廊を通って、やがて、一室にデルタは案内された。
「ここが部屋だよ。カギは外からしかつかないけど、部屋の中は広いから自由にしていもらっていいよ」
お前は、この部屋から出られないのだぞと、暗に言われているようで、デルタは、表情をこわばらせた。
「こら、そんな風に怖がらせたらダメでしょう?」
「はは、そうだね。ただね、実験体デルタ。これだけはわかってほしいけど、ここにいる間は、決してあなたを無下に扱うことはしない。これだけは約束しよう」
デルタは、ライトの、そのあいまいな言葉に不安を感じた。ただ、否定をするだけの理由はないと思い。頷き、部屋の中に入った。中は、消毒に使ったのだろうか、少し薬臭いにおいがしていた。簡素な部屋だったが、大きなベッドと、机がセットされていて、横には鏡台がセッティングされていた。ベッド近くには、クローゼットもあり、今までデルタが暮らしてきた部屋よりも遥かに良い部屋に見えた。
「もう少し案内するね」
『デルタ 部屋をスキャンした 現時点における問題になるような事案はない 部屋の空気は正常 入っても大丈夫だ』
うんっと、デルタは頷くと、アリアに促されるままに、部屋の中に入っていく。その部屋の隣にはシャワールームが完備されていて、洗面台と埋め込み型の鏡、そして、大きなシャワーが設置されていた。
「あの、これって」
「ええ、実験中は、危険な薬品なんかも使うことがあるから、実験後は必ずシャワーをすることが決められているの。あと、この部屋は、適温に保たれるようになっているけど、汗ばむことも多いから、少しでも不快だなって思ったら、シャワーを使ってね」
洗面台には、歯ブラシ、石鹸などの用品が置かれていたが、小さな瓶など、デルタにはいくつか用途不明なものもあった。
『うん?あれは 乾燥を防ぐためのものだ』
「あら?これが気になっているの?」
アリアは、そう言うと、その瓶のふたを開けて、左手に持った瓶を2,3回右手に振った。そして、その右手を、そっと、顔に伸ばすように塗っていく。
「これはね、お肌の乾燥を防いで健康を保つための薬なの。人体に有害なものは全然入っていないから、使っても問題ないわ」
「ええと、はい!」
1か月で廃棄されるのに、なんでお肌の健康とかを気にしないといけないのですかと、一瞬口に出かかったが、デルタは、それを喉までにとどめて、その説明を真剣に聞き入っていた。
その後も、まるで、健康に留意ししていると言っているような話が続いた。デルタは、その事に、いちいち疑問を煩瑣ことなく、ただ受け入れていった。
「じゃあ、これで説明は終わりね」
アリアにより、部屋の設備の大まかな説明が終わるころには、デルタはくたくたになっていた。
『デルタ この施設は 至れり尽くせりではないか?何が不満なのだ?』
「いや、まあ」
ちらっと、アリアの方を盗み見る。特にこちらに注意が向いていないようだったので、その間にとおもい、自分にしか聞こえないくらいに小さな声で話した。
「だって、聞いた話だと、実験体は、1か月しかここでは生きることができないんだよ。でも、なんでそんなに優しくしてくれるのかなって思って」
『残念だが データ不足で我にはわからん 直接本人に聞いてみたらどうだ?』
デルタは反論してくるなんて、不思議な精霊だなと思ったけど、言われたとおりにして、アリアたちの機嫌を損なうことは避けた方がいいと思い、それ以上は何も言うこともなく、鏡台の調整をしているアリアを見ていた。
「はい、終わり。デルタちゃん……でよかった?」
「え、あ、はい」
デルタは、頷くと、アリアに誘われるがまま、鏡台の近くに近づいた。そこには、いくつかの見たこともないものが、並んでいた。
「ええと、これは?」
「う~ん、一週間分の化粧品といったところかしら?」
け……化粧品?
「ああ、あの、わたしって、失礼ですけど……本当に実験体なんですよね?」
その言葉に、アリアは、首をかしげた。
「ああ、そうだ。君は実験体だ。だが、だからと言って、ここで人生が終わるわけじゃないさ。今後というものがあるだろう」
答えたのはライトだった。
「ええ、そうよ。でも、デルタったら、なんだかさっきから、ここで人生が終わるような悲壮な雰囲気を出してて。ふふ、たしかに、そんな噂もあるのは否定しないけど」
アリアがその意見に同調した。
『この場合は とりあえず 無害を装って 少しでも相手を探ったほうがいいと思われるな』
精霊の言葉に、デルタは内心で頷いた。
「ええと、そういうものなんですか?」
「ええ、そういうものよ。噂は噂」
特に隠すこともなく即答したアリア。その答えに、デルタは少し安堵した。だから、今日初めて大きく息を吸うことができた。ここでは、まだ生きて行くことはできそうだ。
「さて、これで、部屋のメンテナンスは終わりだ。疲れただろう。夕ごはんはどうする?」
「ええと……」
どうしようかと少し悩んだデルタだったが、精霊さんとまだよく話をしていないなと思い、部屋で食事を取ることにした。




