闇の中の戦闘姫 3
デルタは、退出を命じられて、神官の開けた扉から、廊下に出ていく。その廊下には、半分再会を予想し、半分、出会いたくもなかったその人がいた。
メアリ・フォルフォード
「あら、イハーブ、どうだった?精霊と契約はできた?」
心配をしているようなその声色。慈愛がこもっているような言葉に、一瞬だけだけど心が絆されてもよいとさえ思った。ただ、デルタは、ただ事実だけを伝えて何も言わないことにした。
「いえ、メアリ様。私、無属性だったし、精霊は見えなかった。私には、だれも話しかけてこなかったわ」
「まあ、かわいそうなデルタ」
メアリは、その瞳を大きく見開き、ただ悲しそうな表情を浮かべ、デルタに抱きついた。デルタは困惑しながらも、メアリを受け入れる。
「あなたにはそれがお似合い。こんな怖ろしいものに魂を委ねる必要なんてない。本当に、お似合い」
小声で、メアリは、デルタに耳にそっと囁く。さっきから違和感が続いている。
「わたしは、聖属性だったわ。それに、光の精霊契約出来た。これで、聖女になれちゃう。
だから、ここからは魔法を切るわね。
きっと聞こえていない。わかってる。
デルタ、あなたの生涯に幸あれって祈っている。私はあなたのことだけを祈ってる。昔も今も。
でも、不確かな未来の果て。お互いに無事だったら、いずれどこかで会いましょう。私のこと、お願い。私のことを忘れないで。
いじわるな姉がいたその事実だけでもいい。あなたを省みられなかった。それでもいい。
その顔、……ああ、そうね。たぶん私が言っていることはわからないと思う。
私は、あなたに本当にひどいことをした。
だから、あなたを救わないといけない。あなたを、幸せにしないといけない。
だから、貴女は、私の義妹。
あなたが無事に生きられるようにって、わたしとお母さまはずっと願っている。
もっと言いたいけど、これで終わり。さようなら」
足音に気が付いたメアリは、立ち上がると今まで見せたことのない笑顔をデルタに見せると、背を向けまるで離別するように立ち上がる。
そのまま、神官たちの輪の中に入ると、神官に開けてもらった扉に飛び込んでいった。
『泣くな』
デルタの目に、文字が浮かぶ。あの精霊だろうか。
「大丈夫です」
デルタは気丈を装った。最後にまるで気遣っている大事にしていると言っていた。ならば、なぜ、それを見せてくれなかったのかその疑念をぶつける相手もなく、困惑さえしていた。ただ、その様子を精霊にまで心配されてはダメだと、何とか、耐えた。
『まったく、強い子だ。それでこそ■■■■■■■12だ。少し安心した。われと契約する素質も十二分に持ち合わせている』
おおっと、扉の奥から歓声が上がるのを感じた。おそらくメアリが聖女として認定されたのだろう。どこか、メアリの思うとおりに物事が進んでいる。そのことに驚きを感じながらも、このままいるのもまずいと思い、扉に背を向けると歩き始めた。
『待たなくて 良いのか?』
「そろそろ、行かないと。鉢合わせになったら、たぶん、お互いに困ると思う」
『そうだな 落ち着いたら われのことを教えてやろう そして お前のこともな』
自分のこと?デルタは、首を傾げた。自分に何の秘密でもあるのだろうかと、不思議でならなかった。
そのすぐ後、デルタの姿は、教会近くの村の広場の中にあった。手元には、教会で預けてあった荷物が整列して置いてある。その数が合わないことに少し驚いたデルタだったが、「ご意志でございます」と的を得ない回答され、それ以上の問いを止めて素直に受け取ることにした。
「信じられないよ。そんなこと」
『そうでもないではないか どこかで我の言うことに耳を傾けている それは お前の意志が成せることだろう?』
そうなのかもしれない。でも、そうでもないかもしれない。でも、混乱が少なかったのは……本当のことだった。
「本当にあなたは、普通の精霊ではないのね。」
『是だ ただ 今のデルタに対するこれ以上の説明は その理解力の限界を超えると判断した 我のことは精霊でいい また詳しいことは今日の夜にでも教えてやろう』
ふぅっと、息を吐く。食事を取ろうとした、口の中を潤すように、ぬるくなった水筒の紅茶に口を付けた。そして、ふと、その水筒を見る。それは、太陽の光を浴びて、きらきらと輝いていた。そのまま、空を見上げる。雲一つない青い空が広がっていた。
「……空」
『空が どうした?』
その空は、この3年間見たことのないような。いや、見れなかったような爽やかで、高く晴れ上がっていた。それは、どこまでも青く、どこまでもどことなく、それはとても蒼かった。そんなことにも気が付かなかった。
「今日……こんな天気だったんだね」
『そうだな 今日の天気は快晴 湿度52% 風速南西の風2mから無風 絶好の日和だな』
帝国共有測法で使用されるメートルとか、オールクリアという単語が出てきた。ただ、とりあえずそれはわからなかったけど、とりあえずにデルタは、バスケットのキルティングをめくってみる。中は、おいしそうなクラブサンドイッチと焼き菓子が入っていた。
早速、クラブサンドイッチに手を伸ばす。新鮮な野菜やベーコンのうまみ、卵のおいしさが、口一杯に広がる。マリーや料理長の心遣いがうれしく感じられた。そうして、紅茶と、サンドイッチ、そして、焼き菓子に手を伸ばして、黄色いクリームを口の端につけるほどにおいしそうにほおばっている時だった。
カッーン!カーン!カーンッ!……カーンッッ!!
高らかに四回、教会の鐘が鳴り響いた。周りを見ると、その金の意味を知っている人々は、皆作業や食事の手を止めて、教会に向かい、頭を地に打ち付けている。その中には、感極まったような泣き声が混じり込んでいるようだった。嗚咽と静寂。それが場に広がった瞬間だった。
カッーンッ!
5回目の鐘が、その場のすべての音を奪い去った。それは、確信だったのだろう。その人のところどころから、聖女、聖女様だ!と声が上がった。教会の周りが、あわただしくなる。おそらくメアリが聖女として仮認定されたのだろう。
『どうやら 宗教上の何かがあったらしいな』
デルタは頷くと、頬のクリームをクロスで拭い去り、静かにお昼ご飯の後を片づける。今たぶんだけど、メアリの姿を見るのは目に毒だ。まだ、出てくるまでは時間はあるはずと、そっと、そこから離れようとした。
喧騒が近かったからこそ、気が付かなかったのだろう。誰かに、腕をいつの間に掴まれていた。そのことにすら。
デルタは、腕を掴まれていることに気が付き、怒ったように振り返った。
「あの……」
「失礼。帝立学園研究棟研究科のものです。イハーブ・デルタ12さんですね」
デルタが見たこともないファッションだった。深いカーキのベストに男物を改造したようなシャツに女性には珍しいタイトなスラックス、ショートヘアのオレンジ色の髪が男物のハット棒から零れる活発そうな女性だった。
左手に、デルタの写真と、契約書を持っている。すぐにその人が迎えだとわかった。
「はいそうです、イハーブ・デルタ12です」
デルタが観念して発したその言葉。それをまるで待っていたというように、その女性は、デルタから手を離した。その手を自らの胸の前に持っていく。
「私は、アリア・ホワイトヘッドと言います。これからよろしくね、実験体さん」
そうか、そうだった。現実なんてとても残酷だ、と、デルタは、再び悟った。私は、約束通りにこの人たちの実験体になるしかない。それは、きっと死ぬまで続くのだろう。もう空を見上げることもできないんだ。それはとても残酷な現実を突きつけられてしまったよう。
『デルタが実験体? 今のはどういう意味だ?』
ゼクスマキナの問いかけにすら回答できない。デルタは一瞬でくじけてしまう。
そうだった。忘れていたわけなんかじゃない。でも、自分の未来なんてものがそんな簡単に色あせるものだと知ってしまう。そう考えてしまうと、その双眸から涙がこぼれてしまいそうになる。
「ああ、そんな顔をするのは、少し待って、もう少しだけ。」
アリアは、手際よく、帝立学園の馬車までデルタの手を引いていく。そのまま、御者の開けた扉にそのまま載せ込んだ。そして、外から、カギをかける。
デルタは、その音が、自分の死刑を宣告したように聞こえた。そう感じたデルタは、今まで出したことのないような大きな声で泣き始める。
「ここは、防音だから、思いっきり泣いていいわ、荷物を取ってくる。着いたら起こすから」
アリアとしては、やさしさのつもりだった。ただ、それが、デルタに伝わったとはとても思えない。その言葉は、返って、不安を与えてしまったみたいだ。その泣いているデルタの車室の窓を閉めると、その喧騒に包まれたその場所に向き直る。アリアは、そのまま手早く、そして手際よくデルタの荷物を掻き集めた。それを抱え込むと、すぐに馬車に戻り、固定した。
手際よく荷物を積み込むアリアをほんのわずかに手伝った御者は、自らの職責は果たしたとでも言いたげにあっさりとその席に戻っていた。
「しかし、アリア準佐」
「……うん?なに?」
御者の言葉に、アリアは少し困ったような表情を見せ、そして顔を見合わせる。
「いえ、学園研究科って因果なものですね……なかなか活動が知られていないではないですか」
「世の中は、イメージで動く。仕方ない。そんなことわかっている。極悪非道、実験体をたった1か月で使いつぶす研究科。……それでもいいのよ」
アリアは、残念そうに顔をゆがめ、背伸びをする。つい、あくびが漏れる。
「ここしばらくのことでお疲れのようですね。少し眠られてはいかがですか?昨日は対応で寝ていないのでしょう。ゲストの様子はこちらで確認しておきます」
アリアは、ただ、ありがとう。と、御者に礼を言う。ご厚意に甘え、ほんのわずか、目を閉じることにした。眠りに落ちるほんのわずかな間、まるで、自分にい聞かせるように、そっとアリアはつぶやく。
「私たちも、もっと世間に認められるように頑張らないと、あの子たちがやるせないわ」
眠っている二人を乗せた馬車は、1時間ほど走ると、帝都のはずれにある、学園に吸い込まれていった。




