闇の中の戦闘姫 2
結局何もなかった。
無情にも、ただ打ち出された一枚の紙に、デルタの運命は決まったと言っても仕方がなかった。
デルタは、魔力量こそ、常人の十倍以上もある。本来ならばそれだけで素晴らしい結果ではある。ただ、それを、外に出す方法がない。その魔力は属性を持たずに、接続部へと常に注がれそして、全身をめぐっている。異常な体質でこそあるが、その接続部は魔力の発動を妨げる様な仕組みになっている。
それは、杖の形状をした魔術の発動補助器を使用したときに起こった。
「では、イハーブ。その杖を使い、魔力の発現を行ってみてください」
「は、はい」
デルタが杖に自らの魔力を流した瞬間だった。
杖が不意に砂になったかのように崩壊したのだ。
場を沈黙が支配した。
あるものは、その杖の先から巨大な魔力が迸るのを期待していた。
あるものは、魔力に耐えきれず、杖が爆発するだろうと考えていた。
そのいずれでもない、意外な結果。
魔力を使用した場合、手に持った補助器を崩壊させる。このものに、魔力を発現させる方法はなし。
それが分かった後は、デルタの持つ魔力用の多さというメリットよりも、その発現の方法が一切ないというデメリットの方が多く目につくようになった。そして、興奮が冷め、やがて落胆と失望の空気が部屋を覆った時。
デルタの運命は、自分のあずかり知らないところで決まってしまった。
デルタ、
お前は、この世界で、
生きている価値のない
存在だ
と、その紙から、死刑宣告にも似た言葉を浴びせられているよう。デルタは、その紙から視線を逸らすと目の前の神像を見上げた。
「神様。わたしは、皆が言うように、この世界に必要ない存在なのですか?わたしは、誰かに愛してほしいと願ってはいけない存在なのですか?」
不意に口から弱音が出る。当然その像から何かの言葉があるわけではない。慈悲深い面持ちで、デルタをただ見ているだけだった。
魔力の裁定の後は、精霊との対話が待っている。そこでなら、そこでならなにかの精霊が応えるかもしれない。だれかに、私を見てもらえるかもしれない。淡い期待。
ただ、デルタが神像を見上げている間も、次から次に、名前は呼ばれ、裁定は行われいる。
その時だった。それが行われていると聞いている、その一角から、大きな歓声のような物が聞こえた。それは、波紋のように広がる。おそらく、メアリだろう。待合室に使っている聖堂の中にもその声は響いてくる。それは、衝撃のように、細波のように広い聖堂に広がっていく。今までの期待感を伴ったどこか軽い空気がそれで一変する。
「次、……」
次の仔が呼ばれる。なんとなく居心地わすそうにしていたその子は、意を決したように立ち上がり、その人について行く。
その次は、私だ。
重苦しい空気の中、聖堂に多くの教会の人に囲まれたメアリが、やってくる。私を見つけたメアリは、何か硬い表情のまままっすぐに向かってくる。周りを囲んでいる教会の人はその行動に驚いているようだったが、それを手で制する。
「イハーブ?どうかしたのかしら?あら、それは……」
「ええと、メアリ義姉様……っあ」
デルタが、手に持っていた紙を取り上げられてまじまじと見られる。思わず、手を伸ばして返してもらおうと思うけど、周りを固める教会の人たちの目が怖くて、デルタは、そのまま、椅子に腰かけたまま、メアリから紙が返ってくるのをただ待ち続けた。
「……よかった。」
その声色は、まるでこの結果になってよかったとでもいうように安心していた。この結果を望んでいる。そうと取れる声。
「約束通り。これで、デルタを保護してもらえる。……あら?意外そうね」
「ええと、メアリ義姉さま?」
だけど、そこから出た声は、意外な言葉だった。言葉の真意がわからずに、デルタは意外そうに、メアリを仰ぎ見る。当のメアリは、今は、慈母のような優しい笑みを口元に浮かべていた。デルタは不意に悟ってしまう。きっと、今のメアリに聞いても答えは帰ってこないだろう。
「ふふ、イハーブ。これからの人生を期待しているわ。」
メアリはそう言うと、ゆっくりとした所作で、デルタの手の平へと、その紙を返す。
「役立たずで、成り損ない。あなたを護ることもできないような主の元から……早く逃げ出しなさい」
メアリの声が、小さく耳元に響いた。その言葉の意味に、デルタが驚き顔を上げたときには、すでにメアリは背中を向けていた。優雅に去っていくメアリを見ながら、デルタは、再度ただ俯くしかなかった。
「次」
デルタの番が回ってくる。言葉を交わすこともできず、デルタは立ち上がり教会の人の元に向かう。何を答えたのかも覚えていないような簡単な確認の後に、裁定式の式場に続く廊下を、デルタは歩いていた。
その時だった。男の子が、視線の先からやってくる。自分の前に呼ばれた子だ。周辺がかすかに陽炎が立ち、微かに火の粉が散っているように見える。おそらく火の精霊と契約を結んだのだろう。大股で大きく手を振りながら、歩いてくる。
「危ないな」
デルタは、そっと、壁によって、男の子を躱す。男の子は、そんなデルタに気が付かないように、機嫌よく鼻歌を歌いながら、前を通り過ぎていく。さっきの光景を見ていたデルタは、その気持ちが分かるような気がした。その男の子の背中が角を曲がって消えるまで見送って、デルタは、裁定式の会場へと続く大きな扉の前に立った。
「……」
開けたいという気持ちと、開いてほしくないという気持ちが複雑に混ざり合いながら、心を締め付ける。でも、結局は、知りたいと思っているのだろう。
「イハーブ・デルタ12。入ります」
「……」
扉の奥から声が聞こえた気がした。それを肯定と取ったデルタは、扉に手をかけて手前に引き寄せる。
「えっ?」
中にあったのは、予想したような光景ではなかった。距離も何もかも失わせるような蒼一色の風景。その先に、一人の女性が椅子に腰かけている。
「私たちの12番。そして、」
その人は、ゆっくりと立ち上がり、こちらにやってくる。とても怖いのに、なぜか懐かしい。そのことを思っている間に、その人は、目の前に立っている。きれいな晴天を思わせる空色の髪。私のように、色が抜けたような紙じゃなくて、きれいな空色。
「デルタリーダー。よくここまで戻りました。」
デルタは、意味を分からず、首をかしげる。確かに扉を抜けた感触はある。
「あの?あなたは、裁定の儀の神官様ですか?」
その質問に、その人は何も答えない。ただ、
「あなたに、お願いしたことがあります」
「?」
お願い?この人生で初めて聞いた言葉だった。
「あなたは、この世界に一姫しかいない。……よ、……れ、女王の……を…………と共に」
よく見ると、その誰かは、酷く、ぼやけたようになってきている。また、一言放すたびに揺らぎ、今にも消えようとしている。
「ま、待ってください、あなたは、何なんですか?」
「………………よ、戦闘姫」
「待って!」
差し出した右手は空振りする。そして、いつの間にかさっきの光景は消え失せていた。
「デルタ・イハート。何かあったのか?」
デルタは、いつの間にか、部屋の中に入っていた。そこには、今回の裁定式を任されたのであろう、豪勢な服を身に纏った神官長の姿。周りに、おそらく補佐する神官だろうか?が高みから、デルタを見下ろしていた。
「いえ、何もありません」
「ならばいい。時間が押しているのだ。すぐに、円陣の真ん中に進むがいい」
デルタは、言われるままに、円陣の真ん中に進み出る。
「待て、イハーブ・デルタ。それは何だ?金属のようだが?」
「何って?……あっ?」
デルタが、指さされた箇所を見ると、接続部のすべてがむき出しになっていた。特に、興奮したりしたこともなかったけど、こんな風になったのも、初めてのことだなと他人事のようにデルタは思った。
「これ……これは、体質みたいなものなので、あまり気にしないでください」
目の前の、ところどころに、蒼いクリスタルのようなものが、ある少女を目の前に、一時は、神官たちは、何かを話し合っているようだったが、やがて、それは無視しようという結論に達したようだった。
「待たせたな。では、儀式を始める。イハーブ・デルタ。両手を胸の前に汲み傅いて。精霊の声に耳を澄ませろ」
やがて、デルタは、魔法陣の中心に傅いた。そして、祈りが届くようにと、両手を胸の前に汲み、目を閉じ、耳を澄ませた。
「さあ、イハーブ・デルタに対話を望む精霊はいるか?」
デルタは、頭を振る、多分どの精霊も応えてはくれないだろう。
真言が響き、魔法陣が起動する。
『お願い、誰か、応えて、誰か』
デルタの祈りが虚空に吸い込まれる、
もし、この時、精霊を見ることができるものがいたら、その者の命はなかっただろう。
「ふむ」
カチッ
「精霊の対話は」
カチッ
「なしか」
カチッ
『ああ、神様……私は……』
カチッ!
「この音はなんだ?あと、その光はなんだ?」
神官が訝し気に、デルタを見る。
デルタも、何が起きているのかわからず、あたりを見回す。そして、自分を見下ろすと、全ての”接続部”から蒼い光が強く発せられていることに気が付いた。
「知りません、こんなの、知りませ!!」
ゴーン!!
その部屋の中に、不意に不気味な鐘の音が響いた。神官たちは、驚き、腰を抜かしてしまっているものもいる。
『驚かせて済まない。そして、遅くなって済まなかった』
デルタの目に文字が書き込まれる。見知っていてひどく懐かしいような初めて見る様な光景だった。
「あなたは?」
『ああ、デルタ。すまないが、我のことはここでは言にしないでほしい。あと、デルタには伝言をもらっている。』
その言葉に、デルタは、心の中で頷いた。なぜか、その言葉に反論しようとか、そういう気持ちは湧き起らなかった。
「イハーブ・デルタ。精霊は見えたか?声は聞こえたか?」
ようやく、混乱から回復したらしい神官長が震え声を上げた。それを見ながら、デルタは正直に答えることにした。
「いえ、神官長様。精霊は見えませんでしたし、声もかけてはもらえませんでした」
訝し気に、神官長はデルタを見つめた。デルタは、自分の両手を見ると接続部はいつの間にか、消えていた。あれは何だったのだろうと、思っていると、目の中に文字が浮かんだ。
『デルタ。接続部、正確にはリアクターの制御システムの回復を試みた。完全ではないが、これで、必要なときに、リアクターを露出させることができるようになる』
必要な時という言葉が気にかかったけど、それ以上の追及は必要がないかなと思いデルタは、沈黙を貫くことにした。もし、目ざとい神官がいれば、その様子に違和感を抱くことがあったかもしれないが、
「わかった。イハーブ・デルタ。お前の生涯に幸あらんことを」
神官長の声が、その場に響いた。




