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闇の中の戦闘姫 1

ハイファン路線です

 たった2回起きてベッドに入っただけで、ついにその日はやってきた。

 その日は、よく晴れていた。その青空の下、デルタは久しぶりに、フォーディン家の庭を歩いていた。

 手には小さな荷物をまとめたものを持って、そして、メアリのおさがりの服と靴を身に纏って。


 その後ろには、マリーが、着いてきているが、その表情は晴れ晴れというのには、ほど遠い表情だった。特に会話もなく、門にたどり着く。3年前は、きっと期待に胸を膨らませながら通った。その場所を、今度は、絶望に身を焦がしながら通ることになるなんて思ってもいなかった。でも、それでいいのかもしれない。


「デルタ様」


 マリーの心配そうな声が、デルタの耳朶を打った。デルタは、その声に、思わず、3年間過ごした家の方へと振り返る。そこには、気丈にしているが、今にも泣きそうな、マリーの姿があった。


「裁定の後、今日の日だけはお戻りになられてもいいのですよ。ご主人様たちには許可はもらっております」


 泣きそうな声でありながらはっきりとした声。デルタは、自分のことを思ってくれる人が一人でもいるその事実と、その言葉にうれしくなって、思わず涙ぐみそうになる。でも、これ以上心配を掛けさせるわけにはいかなかった。マリーには、まだ、フォルフォード家での大事な仕事がある。

 だから、何も伝えることができない。


「ありがとう、マリー。でも、いいわ。」


 今日の審判の日で、何かを得られないと、ここに戻ってきてもきっと同じことが続くだけだ。それに意味なんてない。そして、心の中で今まで軟禁同然で、何のいい記憶もないこの家になぜか激しい郷愁を感じてしまう。

 その混乱をきっと見透かされたのだろうと、デルタは考えることにした。なぜか、かすかに浮かんだ涙を手の甲で拭くと、マリーに向き直る。

 その時、偶然にも2階の窓にメルファお義母様の姿を見つける。口元を扇で隠しそして、じっとまるで睨み付けるようにデルタを見下ろしていた。

 わかっていたはずなのに、

 わたしは、最後まで家族になんてなりえないとわかっていたのに、なぜ、帰ることを片隅にでも考えてしまったのだろうか?答えなんて出るはずもない。

 デルタとの視線が合ったことに気が付いているのだろうか、メルファお義母様はそれでも、視線を動かさずにいた。思わず、居たたまれずに、視線を逸らす。


「今日から、王立学園でお世話になります。マリー。今日までありがとう。義母様……ご党首様にもよろしくお伝えください」


 まるで、自らの無力さを吐き出すような少しの吐息。その後、いえ。と、マリーは俯きながら、デルタの近くに歩み寄り、手にしたバスケットを手渡した。


「料理長からです。あなたの好物を詰めましたということでした。お昼にでも食べてください。」


 ほとんどの部分がキルティング布で隠れている。その横から、きれいなガラス細工が施された水筒が顔をのぞかせていた。


(なんでこんなに高そうなものを?)


 そうデルタは思ったけど、その疑問を出すのは止めた。

「マリー、今日までありがとう」

 と、マリーにお礼を言うと、そっと2階の窓に視線を移す。まだ、そこにメルファお義母様はいた。ガラス一つと庭までの距離。何を思っているのだろうと、考え。そして気が付く。メアリのことを心配しているのだと。時間は守らないといけない。

 デルタは、マリーから差し出されたそのバスケットを受け取ると、屋敷に背を向ける。そのまま振り返らずに、急ぎ足に3年間暮らした大していい思い出のないフォルフォードの家に背を向けて、馬車の方へと歩き出した。

 もう、ここには戻ってくることはない。戻ってなんかこれないとそう言う思いで馬車に自らの足で乗り込む。


「もう十分だったかしら?」


 御者の人の手を借りて、慣れない足取りでステップを上がる。目の前には、まるで、これから何が起こるのか決まっているかのように着飾っているメアリがいた。かすかに怒っているように感じる。デルタはそれを感じ、少し身構えた。


「いえ、すいませんでした。メアリ様をお待たせしてしまって」


「ふふ。デルタ。裁定式が終わるまでは、大事な家族なのだから。今日だけは、義姉さま。いえ、メアリ義姉様と呼んでほしいわ」


 メアリは、そう言うと、嗜虐的な気配のある笑みを浮かべた。そこから見える陰の気配に、ゾクッと、デルタは怯えた。ただ、それ以上何かあるわけでもなく、メアリは自らの席の隣にデルタの着席を促し、馬車は走りだした。メアリは、少し外を確認すると窓を閉じた。そして、そっと自らの左手をデルタの右手に重ねた。少し驚いた表情を見せたデルタに、優しい表情を見せた。それは、屋敷の中でもめったに顔を合わせることのないメアリが初めてデルタに見せた表情だった。


「デルタ。緊張しているかしら。少しお話をしていいかしら?」


「メアリさ……メアリ義姉様?はい。大丈夫です」


 そう言うと、メアリは、何かを考えているように、そして呼吸を整えるように目を閉じた。


「これから審判の終了までは、普通の姉妹として振舞うこと。私もあなたのことを義妹のイハーブと呼ぶわ。イハーブ。私の義妹。きちんと返しなさい」


「ええと。はい。」


 デルタは、微かに困惑した。てっきりもっと無理難題を課せられるものだと思っていた。それに慣れない名前。イハーブ。それは、屋敷で呼ばれることのなかった名前だ。メルファお義母様がつけてくれた名前。でも、なぜかその名前を呼ばれることはなかった。


 

「この……は、イハーブ――――」


「……イハーブ。その名前が大きな意味を持つのかもしれない。ただ、……の機能が……と……にある以上は、本来は、その名は教えない方がいいのかもしれない。でも」


 

 見たこともない部屋の中、メルファお義母様とマリーの声。そして聞いたこともない声がした。

 

「ちょっと、イハーブ。聞いておりますの?」


「あ、すいませんメアリ様」


「違うでしょ。メアリお義姉様」


「メアリお義姉さま、申し訳ありません」


 心配そうな声に、驚いていつものように呼んでしまう。それに少しむくれたような表情を見せたメアリだったが、すぐになぜかどこか寂しさを感じる。それでも安心したような表情を浮かべた。


 そんな時だった。不意に馬車がカーブを曲がった。それは、僅かな揺れだった。ただ、馬車というものに乗ったこともなくて、そして、驚いていたデルタはそれに、反応すらできずにそのまま、メアリの方へ倒れ込んでしまう。その瞬間、メアリは手を伸ばし、デルタの体を支える。

 デルタは、メアリに、意図せず抱きしめられる形になった。

 驚きの前に焦燥がやってきた。


「め、メアリ」


「私の大事な義妹。イハーブ。もう大丈夫。これからは、怯える必要なんてない。

 今日までみたいなことは起きない。

 だから、今日までのこと(辛かったこと)を忘れることができたなら、それに気が付いたのならば。

 あなたは……すこしずつでいい、本当の自分に戻りなさい」


 今まで聞いたことのない違和感にまみれたメアリの声。はっきりとは聞こえるものの、それは、分厚いガラスか何かの向こう側から声だ聴こえているかのようにその焦点を得ない。だから、それに対して何かの感情が芽生えるより早く、訪れたのは驚きだった。


「メアリ……お義姉様?」


 はっと、気が付いたようにデルタは、メアリの体から剥がされる。その一瞬に見せたメアリの表情は、寂しそうに微笑んでいた。外からの振動はない。馬車は止まっていた。まるで、そのタイミングを見計らったようにドアからノックが聞こえた。


「到着しました」


「ご苦労様です。さあ、イハーブ。あなたの最後の舞台よ」


 さっきの表情は気の迷いだったのかと思うほどに消えて、浮かんだ表情はいつものメアリだった。その表情から、返しの言葉を期待しているのかを考え、デルタは頷いた。


「はい、メアリお義姉さま」


「行きますわよ。さあ、イハーブ」


 今まで見たこともなくて、聞いたこともないはじけたように明るい、そのメアリに困惑したデルタだったが、その声に、頷くと、御者に手を引かれるままに馬車から降りた。荷物については、御者の人が、荷室を開けて、そこから、メアリの大仰な荷物と、デルタの小さな手荷物を取り出していた。メアリの荷物は、すぐに駆けつけてきた教会の人と思われる人に手渡される。


「こっちは控室に。イハーブあなたの荷物はどうするかしら?」


 その声に、持ってきた荷物をもう一度確認する。ランチの入ったバスケット、そして、あの部屋の全てが入った小さなバッグ。大したものは入っていない。わたしと同じで価値なんてないのだから。


「大荷物でしょう。預けてた方がいいわ」


「ええと、では、お願いいたします」


 教会の人に荷物を渡す。その人が、私の荷物を見て、一瞬目を見開いたのが分かる。


「この子の荷物については、所定の取り扱いで構いませんわ」


 畏まりましたと教会の人が頭を下げた。教会前のやり取りが終ると、御者の人が声をかけてきた。


「では、お嬢様。後ほどお迎えに上がります」


 ここで、お嬢様たちと言われなかったのは、きっと、私を迎えには来ないということの返しなのだろう。


「行くわよ。イハーブ」


 メアリの有無を言わさない表情に、こくっと、デルタは頷き、差し出されたその手を取った。




「愛の仔に、裁定式を受けさせるために一緒にいらっしゃるなんて。メアリ様は、お優しいですわね」


「今日は大事な日ですから。この子が怯えてしまわないように気を使っているのですわ。本当に、人見知りで3年間の間、一度も外に出たこともないの」


「そうなのですわね。フォルフォード家は、誠に愛の家にふさわしいですわ。そのような子を、きちんと裁定式までお育てになるなんて」


 笑い声が、頭の上を通り過ぎていく。これで、3人目だ。皆がメアリをほめたたえる。横にいるデルタは、声を掛けられたこともない。デルタは、そっと、メアリを覗き見る。メアリは、微笑みながら、あくまで優雅にふるまっている。視線を合わせることもない。やがて、教会が近づいてくると、教会の服を着た人たちが、駆け寄ってくる。


「では、デルタさん。ここまでですわ」


 そっと振り払うように、解かれた手。視線の先で、メアリが、規則正しい礼をしている。デルタも慌てて、返礼をする。



 カッーン!カーン!カーンッ!



 教会の鐘が強く鳴らされる。裁定の始まりだ。デルタは、少し急ぎ足になって、教会の扉をくぐった。

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