戦闘姫 囚わる
「……ふふ、こうなってしまえば、戦闘姫もかわいいものですね」
いくつかの隠れ路を経て、しばし走る。帝都からはもう、大きく離れている。追手がいないことを確認して、のぞき窓を覗き込んでいた男はそう言うと、のぞき窓を閉め、カギを掛けた。
「もういいんですか?」
「ああ、いい。まあ、あんなものを打ち込めば、どんなものでもおとなしくはなるものだよ。……ふふ、私は、本当に幸せ者だね」
「まあ、どうでもいいですが、前回みたいなことは勘弁願いますよ」
「ふん、このルートが安全なことは、確認済みだ。君は、私の言うことを聞いていればいい。」
「そうですか。まあ、給金分はがんばりますよ」
『中身がない会話だな どうする?』
「相手がぼろ漏らすかもしれないから、このまま、聞いておく。った。もう、人の体だと思って、思いっきり刺してくれちゃって。アリアさんにまた心配されちゃう」
デルタは、身動き一つとらずに、ゼクスマキナと会話をしていた。
『まあ 無理を言うな 痛いのなら痛覚遮断処理をしておくが?』
デルタは、一瞬それもいいかと考えた。でも、
「でも、痛い方がいいかも。不自然になったら困るし。」
演技で誤魔化すのには、限界がある。デルタは、その事を、十分にわかっていた。となると、事実と演技を混ぜた方が、相手をだますことはたやすいだろう。デルタは、ふうっと息を吐くと自分の姿を観察する。
「手錠と足枷は、制圧完了。いつでも外せるようにしている、
でも……あ~あ、せっかくアリア母様とお出かけするつもりだったのに」
着ていた白色に蒼のワンポイントの入ったワンピースは、馬車に乱暴に投げ込まれた際に大きく皺になっていた。デルタは、心底がっかりとした表情を浮かべた。
『それは残念だ オルテガに貢がせればいいのではないか?』
「え?あの朴念仁に?う~ん。でも、せっかく買いに行くなら、リリムさんと一緒に行った方がいいかな?そうだ、オルテガにも来てもらってリリムさんの分も買ってもらおう。」
『オルテガの胃に穴が開くような真似は止めてやれ』
「冗談だよ。さて、ゼクスマキナ、通信は良好?」
『ああ 良好だ アリアとライトに待機を依頼していて正解だったな アリアとリリムは それは 良いプランだと言っている デルタ 今日一日 よくがんばったな』
デルタは満足げに頷いた。それは、2日前のこと、大聖堂で、手に入れた情報。
生誕祭にて獣を解き放つ。すでに銀翼の聖女は、我らの手の内
大勢から聞こえた、その情報は、その日のうちに帝立学園研究科に音声として、届けられた。
その言葉に憤ったのは、ライトとオルテガで、比較的冷静だったのは、アリアとリリムだった。そんな、対照的な2組を見ながら、デルタは、現在稼働できる部隊を確認した。
アリアの話では、ここにいる魔属領の部隊は、2個小隊規模しかない。ただ、その2個小隊は精鋭中の精鋭であると伝えられた。そのことデルタは、安どの息を漏らした。
そして、自ら作戦を提案した。当然、怖くてたまらない。あの時に戻るかもしれないとしても、提案した。もしかしたら、これが最後のチャンスかもしれないと思っていた。
皆が、不安に感じる中、まず、一人作戦に賛同してくれた。
「私は、イハーブの作戦に賛同するわ。合理的な作戦よ。准将、大佐。私は、3つの理由から、この作戦に賛同いたします。
1つは、現在のデルタの能力でしたら、大きな危険はないと判断しています。そして、イハーブには、きちんと、引き際を見定めることのできる賢さもあります。
2つ目は、相手は私達ほど、デルタのことを知りません。それが付け入るすきになります
そして、3つ目は……もう、最後まで言わせるつもりですか?私がイハーブの味方だからです。」
リリムがそう言って賛同すると、オルテガは大きくため息をつき、手助けするとただ一言を告げた。アリアとライトの許可を得て、これで、4:2と大勢は決した。当日、決して危ない真似はしないと念入りに言われ、そして、デルタもそう思った。
『ふぅ デルタ宛に通信が入っているが とりあえず作戦中ということでつながないようにしている ただ 伝えておきたい』
「なに?」
『メッセージの最後は皆同じだ イハーブが二人で、元気に帰ってきてくれることを祈っている 』
その言葉に、思わずデルタは目頭が熱くなる。銀翼の聖女……メアリと再び出会いたいからこそ。そう、出会いたいからこそ、こんな危険を冒す決心を得た。皆の言葉に、背中を押されて、デルタは決心を固めた。そんな折だった。
『とはいっても 他にも動いているやつもいるようだな 懐かしい言葉が聞こえる』
「懐かしい言葉?それって」
『すまないが後だ そろそろ到着するようだ 衝撃来る 』
その瞬間、デルタの体は少し跳ね上がり、馬車の前方へ転がる。結構な音が響いた。
「っ……痛ったいな、もう……痕が残ったらどうするのよ。はあ、……今は我慢。我慢。――ゼクスマキナ、当初の予定通り、活動レベルを低下。表層活動、昏睡。今後の覚醒タイミングはゼクスマキナに委任する」
『了解 デルタ活動レベル2に低下処理 各感覚器共有覚醒領域確保 各シーケンス完了 さて、一度感覚器と意識を切り離すぞ いいか』
デルタの手足の自由が消えていくのと、馬車のドアが開くのはほぼ同時だった。
「ありゃ……薄目開けてますが、……まだ寝てますよ。こいつ」
「まあ仕方ないだろ。即効性と持効力の高い薬を使ったんだ。明日の夜明けまで、ぐっすり、眠り姫だ」
手を持たれる感触。そのまま離される。だらんと力なく、床に手が落ちる。
「ありゃ、さっきの衝撃で、ぶつけたみたいですね。ありゃ、コブになってる。かわいそうに」
「まあ、これから、傷などいくらでも増えるのだ。くっく、今から楽しみで仕方ないよ。さて」
「到着か?ディ・ルッカ。帝都の作戦に参加していると聞いていたが。」
「ええ。ですが、目的を達したので戻ってまいりました」
「そうか、それは結構。……まあ、何も言うまい。おい、荷の搬入を手伝ってやれ」
何人かに担がれる感覚。床から視線が離れる。
「とはいっても、部屋がそこまで空いていないのがな……さて、こいつをどうするか?」
「これ以上の拘束は必要ないでしょう。最期の自由な時間を満喫させてる。それくらいの慈悲は持ち合わせているつもりです。どのみち、これは明日の朝まで、目を覚ますこともないでしょうから。囚われの小娘が一人増えたところで、問題はありません」
「……にやけすぎだ。まあ、猟犬が、戻ってきているからいいものの」
「ありゃ、あのわんこ。また逃げ出したのですか?」
「口を慎め。あれなりに考えがあってのことだ」
「はいはい。では、準備をしておきますか。ああ、そこ、指を床に当てるな。もっと丁重に扱え。よしそれでいい。特に指。私はね、白い指から爪がはがれて、その時、口からこぼれ出る悲鳴が大好きなんだ。
ああ、考えただけでも、興奮が、けいれんが治まらない。(薬剤がこぼれる音、何かをかみ砕く音)この戦闘姫がどんな悲鳴を上げるのか、早く聞きたい。
ああ、だめだだめだ。そうだ、今やっても意味がない。
明日が、明日が本当に待ち遠しい。ああ、この世に一つしかない戦闘姫の上げる悲鳴が聞けるなんて。私はなんて幸せなんだ!!」
歓喜に満ちた声が遠くなっていく。緩やかに揺られながら、振動が伝わる。1,2,3……11,12。
「まあ、言っちゃいけないけどよ」
「じゃあ、言うなや」
「あんな人だけど給料はいいんだ」
「そうか」
ドアの開く音。
誰かが細く息をのむ音。が聞こえる。
「さて、ゆっくり降ろせ。ああ、聖女様。お気遣いなく。今日一日、相部屋をご了承ください」
「余計なことを言うな。」
体にわずかに接地感。ゆっくりと地面に降ろされる。地面に何か敷いてあるのか、そこは柔らかく、痛みはない。
「さて、ごゆっくり」
足音 ドアの音 施錠の音 足音が1つ去る。
『デルタ 覚醒プロトコルを解凍 覚醒に向け 各シーケンスを開始』




