生誕祭
カッーン!カーン!カーンッ!……カーンッッ!!
高らかに四回、大聖堂の鐘が鳴り響いた。帝都の空に、まるで福音のように響く。
「始まったみたいだね」
『そうだな デルタ どうする?』
デルタは、少し考えるそぶりをした。近くで見たいという欲求もある。ただ、さっきの人が、言っていた、遠くで見ていろと言う言葉が気にかかっていた。すでに、パレードのコースは、人垣が出来上がっていて、安易には近づけそうにない。
「これだけの人がいたら、簡単には見えないよね。」
『白銀の銃を使うか?』
「今日は、必要ないよ。そう、今日は……っ?」
デルタは、何気なく、空を見上げた。ついさっきまでは、確かに雲一つない晴天だったが、今は、どんよりとした雲が垂れ、いつでも雨が降り出してきそうな曇天の空模様になってきている。デルタは、改めて、人並みの方を見るが、それに気が付いているようなそぶりを見せている者は誰一人としていなかった。
『世界干渉値を測定。世界干渉1』
「世界干渉1……って、私は空を飛ぶときはその世界干渉だけど、この世界の取り扱いは、どうなのかしら?」
デルタの問いかけに、ゼクスマキナは少し沈黙をもって、考える様なそぶりを見せていた。ただ、すぐに考えがまとまったらしい。
『おそらくだが この場所に存在する 事象の変換が起こると思われる ただ イハーブのように即座に物理的な事象が顕現するわけではなく 』
「精神的なものということ?それってどういう……」
‡……‡
声が聞こえた。確かに声が……。
「ゼクスマキナ……なんか声が聞こえたんだけど……」
『――あの時と同じ いや 違うタイプの簡易型事象変換 この世界において これほどまで 普及しているものだということとは 甘く見ていたのは我と言うことか 』
「ゼクスマキナ?なにかあったのね 」
『デルタ 察しがいいな 最悪の場合を想定して 戦闘行動が可能なすべてのサブドレスの起動を行う』
昨日の夜、デルタは、これからのことを考えて、ゼクスマキナと話をしていた。その時に、生誕祭の場は安全だと思い込んでいた。だからこそ、酷使してきたドレスたちに、丸一日かかるフルメンテナンスを行う様にしていた。
「だめ。今は無理させられないわ」
デルタは、そのメンテナンスの進捗を確認して、声を出した。現在、最もメンテナンスが終っている白銀の銃でも、50%ほどだった。他のドレスに至っては、20%~30%。この状態でメンテナンスを切り上げてしまえば、この場はしのげても、大きな問題が起きてしまう。
歓声と踏み鳴らす音が、地を揺らしている。明らかに、異常と言えるほどの狂乱がこの場を支配しようとしてた。
「お姉ちゃん、あなたも獣に還る」
そんな時だった、不意に声がかけられる。足元には子供の姿がある。うかつだったと、デルタは、望遠視覚を切りその声の方を向く。なぜか、生暖かい風が、首筋を撫でた気がした。
『……囲まれているな』
さっき、吟遊詩人の唄を聞いていた子供や、その親がデルタを囲んでいた。目に正気はなく、取りつかれているかのように
「皆腹に還るのです。さあ、あなたも」
強く右腕を握られる。デルタは、思わず強く座っていたベンチを握りしめた。
「あら、抵抗なんて無駄です」
あっさりと、手が離れる。そのまま、放り投げられるようにデルタ空を飛んだ。投げた本人は、訝し気にその手を見ている。
「ゼクスマキナ」
『敵集団構成 小型30 中型12 どうする』
「逃げるって言いたいけど……」
着地。しかし、そこは集団の中心と言える場所だった。二重、三重にデルタは囲まれ、その輪は少しずつ狭くなってきている。
「やるしかないかな?」
『同意だ』
手袋の下の接続部を露出させ、デルタが覚悟を決めたその時だった。人垣が倒れるように割れた。
「いや、探しましたよ。……今の内です。さあ、こちらへ」
そこから、帝国の騎士服を着ている先程とは違う人物が出てきた。ふと気が付いてあたりを見ると、小規模ながら戦闘が始まっているらしく、剣撃の音が響いていた。
「ええと、助けてもらってありがとうございます」
デルタの差し出した左手をその男性が取る。そして、ぐっと引き寄せた。
「ええ、あなたは、こんな場所で倒れるべきではないですからね
ここで保護させていただくということです。」
「言っている意味が分からないですけど?それってどういう」
デルタが驚いて、その顔を見上げる。その瞬間、掴まれていた左肩に激痛が走った。左肩に大きな、注射器が刺さっている。
「あなたが、私に保護されることを望んでいる。さあ、あの時は忌々しい小娘のせいで取り逃がしてしまいましたが、……幸運とは常に隣にあるものですね」
「……」
デルタは何かを口にするが、言葉になることはない。
「ええ、もう逃がしません。戦闘姫。さあ、実験を始めることにしましょう。……ふむ、ですが、ここは少し騒がしいですね。全く、バカ騒ぎしかできない低能どもにはうんざりします。ただ、今回は非常に都合がいいですね。
貴女もそう思うでしょう。
とりあえず、移動することとしますか。」
デルタは、肩に担がれて、用意されていた馬車に放り込まれる。
「ふふふ、ようやく手に入りました。今回は前回のようにはいきません。私には関係がないことですが、この狂乱。利用させていただくとしましょう」
馬車の扉が閉まると、四頭立ての馬車はその場から逃げるように、走り始めた。
「ファントム1より、オウル3。現状の確認をしたい」
「オウル3了解。1時間前、ゲストハウスに会場から、貴重品が到着した。対象の軌跡は、2日前と完全に一致する」
「相手は素人か?だが、こちらとしては、十分にありがたい。チームファントムは、これより任務を開始する。フォローを頼む」
「オウル3了解。こちらは、上空より援護体制を整えてある。現在、待機中。」
「了解した。作戦開始時刻を当初の通り、2000と設定。陽動を頼むとシン大隊に伝えてくれあとは、」
「レディスパーダだろう。了解している。2000より作戦を開始する。こちらは現行任務を継続する。オーバー」
無線が切れて、あたりが静けさに覆われる。すでに夜のとばりが降りようとしていた。そんな中、ファントム1は、目の前の崖を見上げた。そのファントム1の隣に、女性兵士が並ぶ。ファントム1は、視線を女性に向ける。
「さて、お嬢さん。崖登りは大変かもしれないが。」
「問題ないです。いけます。それに、私はお嬢さんではないです。」
たどたどしい会話だが、意思は読み取れている。わずかに沈黙。
「お嬢様は私ではありません。私が助ける方がお嬢様です」
「そうだったな。では、お前を戦力として期待してもいいか?」
女性は頷くと、ファントム1を見た。確かに目に光が宿っている。
「ええ。救われた命です。存分に戦えます。精霊魔術の力が、あなた方に決して劣るものではないということをお見せしたいと思います」
「それはよかった。その意気だ。マリー。さて、最終ブリーフィングを始める。」
森の中、そして周りの草むらから装備に身を固めた集団が現れた。
作戦開始まで15分を切ろうとしていた。




