閑話 ただ、立ち向かうもの 下
閣下の説明を聞きながら、ふと、浮岩は、なぜか、彼のことを思い出していた。
討ち果たされるべき約目を負った魔王に付き従っている、人間。自ら、禁書庫で写本士や書記者たちの見張りを請け負っていた。ただ人の身ながら、彼は、いかなる方法を取っていたのか、禁書の誘惑に耐えた。
それだけでも、称賛に値するのに、あの敵と戦い、そして、勝利に貢献した。いや、わかっている。
もし彼がいなければ、私達は負けていただろう。今でも浮岩は、あの時のことを夢に見ることがある。外見は、大きく変わっていないものの、まだまだ、考え方も行動も若くて向こう見ずで……よく言えば青く、悪く言えば無鉄砲だった。
「彼は、ただ人にしては、惜しい人材だった。せめて、あの時、……私が彼の言うことを受け入れてくれていたなら、彼はここに……いや、こんなことを考えるのは、おかしいことか」
浮岩は、口の中で小さく否定した。閣下も、NAも、戻れない時間の中で生きている。そして、今は、過去を振り返ることができる様な時期ではない。
それはわかっていた。
再び、浮岩は作戦指令書に目を落す。作戦は、科学技術継承機構で、作成された新型狙撃銃を使用し、対象を狙撃にて排除するというもの。当日は、生誕祭というイベントが催されている。爆撃や軍隊を使用した大規模戦闘はもってのほかで、ガンシップを始めとした大口径の火器も使用を制限しないといけない。この間の戦場のようにはいかないということだ。
ただ、今回の作戦は、その対象の目的の危険性から、早急な目標の撃破が必要になる。それに浮岩は気が付き、少しだけ足りないような気がした。
「以上が、今回の作戦だ。また、今回は、特殊な作戦であることを鑑み、現地協力者の力を借りることにした。」
一連の作戦の説明が終わる。ただ、ここにきて出てきた、現地協力者という言葉に、明らかに、リッチマンが不快な表情を浮かべた。
「閣下、現地協力者というのは――魔属領軍ではなく、もしかして、討伐ギルドのことですか?」
閣下は、少しだけリッチマンの視線を受け止め、静かに頷いた。リッチマンの目線がわずかに厳しくなる。王都シャンダラに本拠を置く討伐ギルドは、獣の討伐と人間の保護を目的にしている団体で、設立は、10年前とまだまだ若い団体だ。
そして、浮岩は、秘密裏にリッチマンに、その組織に属する、ある人物の真実を伝え、排除を依頼している。すでに3回戦闘を行っていて、陣内でも勘のいい連中は、何かあると思い始めている。ただ、閣下はこのことに気が付いているのか。もし気が付いているのならば、どう思っているのかは知らない。
浮岩は、それを聞いたこと、聴きたいと思うこともなかった。
「そうだ。そして、この作戦は、討伐ギルド。強いては、彼らの協力があってこそ成り立つ。すでに、アドバイザーにも入ってもらっている。……入ってもらってくれ」
閣下に視線で指示された、浮岩は一瞬リッチマンに視線を送る。かすかに頷く。ここで事を構えるつもりはないということだとわかり、ほっと息を吐く。ゆっくりと資料を椅子に置き、ドアへ歩く。一瞬、ドアノブを握ることをためらう。ごくっと、唾をのむ音が大きく聞こえた。
ゆっくりとドアを開ける。そして、そのまま、驚愕に目を見開いて固まった。慌てて平静を装う。
精鋭ぞろいの部屋の中でも、管理者補佐という特殊な立場と大倭の首長であるヘイゼン閣下の秘書である浮岩が、あまりに驚いているのを見た精鋭たちにも、かすかなざわめきが生じた。
「入ってもいいか?」
「あ。はい。どうぞ」
ドアの先から聞こえた声に、浮岩が慌てて道を譲る。少し遅れて、青年が一人入ってきた。右目は髪に隠れ、左耳には、人の顔のようなピアスを付けている。そして、足は悪くなさそうだが、肩に長めの杖を持っている。
「彼が、現在所用で、シャンダラから出ることのできない、ギルドの盟主並びに実務役に変わって、今回の作戦のアドバイザーを買って出てくれた。彼から、自己紹介をお願いしたい」
「ミトと申します。魔王領、魔王アッシャーナ様の下で、司書騎士をしております。以後、お見知りおきを」
すっと騎士の礼を取る。ただ、皆の視線は、浮岩に注がれている。
「な、ミト、あなた……姿が、あの時と同じ……ミトがなぜ?」
動揺した浮岩の声が、静まりかえった会議室に響いた。
「やはり知り合いだったか。」
閣下の声に、浮岩は頷いて返した。
「ええ、ですが。……。ですが。」
浮岩が、小言で何かつぶやく。その耳にミトがそっと何かをつぶやいた。さっと、浮岩の顔から、色が引く。次に沸き起こったのは、確かな怒りの感情だった。にらみつける。一瞬即発。その状況を止めたのは、ヘイゼン閣下の冷静な声だった。
「浮岩。君を試したわけではない。私は、君のことは、よくわかっている。君たちの間のことも十二分に理解しているつもりだ。だからこそ、彼に依頼した。ここは私の意をくんではくれないか。」
その言葉に、わずかに驚愕の表情を浮かべた浮岩だった。ただ、次の瞬間には、切り替えたのか割り切ったのか、いつものような表情を浮かべた。
「閣下……。……っ。私の記憶の通りであれば、彼の身元と実力は。確かです。私が、保証します。ここに宣誓します。私の存在にかけて、彼は信用のおける人物です。彼は、彼は、必ず私達を助けてくれます。――必ずです。」
何とか、涙をこらえて、浮岩は宣誓する。それに、ヘイゼン閣下は、ただ頷いた。
「浮岩の言に反論があるものは、この部屋から出ると良い。私は、それを責めることはしない」
ヘイゼン閣下から発せられてた言葉に、逆らうものはいなかった。
誰とも言うこともなく、立ち上がる。そして皆が立ち、敬礼を取った。
大倭、NA、そして、この世界の残存勢力が一堂に会する大作戦。のちに、失意回復(RF2)作戦と称される、大規模行動の方針が決した日だった。
当日談(場所は伏す)
「ところで、君が聞いた、浮岩の恋バナというやつを、ぜひ聞かせてもらいたいね」
「なに、悪趣味なの?」
「そうでもないさ、ただ、あれだけ浮岩が入れ込む彼に、興味があるだけだ」
「そうだね、ダーリン。やはり考えることは一緒ということだね」
「言っていろ。大事なことかもしれないからな。ピアス。浮岩は何と言っていたんだ?」
「30年前に、管理者補佐としては上位に位置する姉と、まだまともだったころの小帝国の聖騎士。そして、魔王配下の司書騎士とともに、敵対世界存在である存在を討ち取ったって。その後、司書騎士に思いを伝えたけど、返り討ちに会って。初恋を引きずっているのかなって、嘆いていたわ。」
「へえ、それは、悲哀だね。もしかして、その初恋の相手って」
「そう。愛称しか知らないけど、浮岩から聞いてる。その名前は……ミト」
「そうか。……ピアス、確認するが、その敵対世界存在について何か聞いていないか?」
「君はそれしかないのかい?まあ、僕も聞きたいけど」
「ええ、4人がかりで何とか倒したそれ。自らの名前を名乗っていたわ。
確かその名前は……アマンダ。女性型の敵だったって聞いているわ。4人の死力を尽くした攻撃で何とか倒すことができって。最期は谷底に落ちたけど、生死までは確認できていない言ってた。ただ、あくまで、最強に近い力は持っていたけど、あくまで使ってくるのは、人間の業だったから、生きているわけがない……どうしたの?リッチマン、顔が怖いけど」
「あ~あ、嫉妬しちゃうな。これって」




