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閑話 ただ立ち向かうもの 上

 コトッ


「いやあ、君は頑張った。」


 血にまみれた奇怪な道具をコンスタンスが置くと、ようやく、この忌むべき儀式が終わったことを痛感した。ただ、目の前の惨状からは、思わず目を背けたくなる。ただ、その光景をともに見ている、リッチマンが何一つ表情を変えていないのを見ると、この惨劇から目を背けるべきではないと、改めて感じる。眼前の彼、コンスタンスとは、普段は、隣を任せる関係。時には、軽口を叩くことすらある。ただ、この瞬間はわかる。こいつは……こいつの本性は、あの時から何も。そう何一つとして、変わっていない。


 もはや、対象は絶命している。そうでありながら、彼は、壊れたおもちゃで遊ぶ子供のように、最後の最期まで……おそらく彼には、もはや見えてすらいない、彼のものに残されていた、最期の尊厳すらも踏みにじり、そして、糞のようにすりつぶした。

 

「満足したか?」


「いや、まだまだと言いたいけど、観客が離れたら、こっちも困るからね。そう思うだろう」


「ああ、そうだな。仕事としては、最高の出来だ。……お前はどこまで行っても、相変わらず、悪趣味だ」


 3人で、彼の者から十分な、そして、必要な情報をすべて引き出した。ありとあらえる手段を使った。彼は、敗北を知れたのだろうか?それを知って、ただ幸せの中に消えたことを祈る。この死が屈辱ではないことを祈る。せめて、この死が彼にとって。立ち向かうべき、そして、再び立ち上がるべき敗北であってほしい。その全てを凌辱し、嬲りつくし、穢しつくした。そのことを知らないでほしい。


 

 不条理(ディ・コンスタンス)に耐えた。貴公の自死(自らの死)を誇ってほしい。無言でそう思い、その無残で、全てを喪失した亡骸に思わず目を閉じた。


 

「言っただろう、最初から任せてくれてもいいって。」


「その通りと言いたいけど、遠慮しておくわ。言っておくけど、ルーキーの憧れなのよ。あなたは。ならば、なお一層、こんなことをしてる姿見せられないじゃない」


 明るい声にも、今はうんざりとするが、それでも、彼を頼るものは多い。特に、ルーキーはそう。危険な天秤。それでも、彼女には光を感じた。


「そう?まあ、そうでもあるね。まあ彼女は、どちらかと言えば、僕よりも、君の方に憧れると思うけど」


「……残念だが、俺が相手にするのは、大怪獣でも外宇宙からの侵略者でも。日本軍や、ましてや北中国軍でもない。お前のような奴だけだ。ただ、」


「その必要があれば闘うし、対処もする。……なに、セリフ取られてひがんでいるの?やだな。君と僕との仲じゃないか、ダーリン」


 その声に初めて表情をわずかに歪めたリッチマンだったが、不意にドアの方を向く。



 まるで、その視線に気が付いたように、ドアが開いた。


「派手にやったものだな」


 扉から姿を現したのは、浮岩とヘイゼン親王だった。


「なるほど、貴君が、不条理……そう呼ばれる所以(ゆえん)が少しはわかった気がする。ただ、この力は十分に頼もしい」


 ヘイゼン閣下は、そのまま、その死体に近づく……いや、きっとわかっているのだ。


「苦しかったか。赦せ。」


 閣下は、その……彼の者のもはや人とは言えない姿になり果てたその姿に触れ、異形とかしているそのものの瞼を閉じてやる。少しの後、その者の内から炎が生じた。それは、ゆっくりと確実に、そして完全にその存在を滅した。残ったのは、一片の灰それも頼りなく、風に吹かれて消える。


「へえ、さすが、閣下。お見事な手際で」


 コンスタンスが、素っ頓狂な声を出した。わずかに浮岩が、不快な表情を浮かべるが、閣下は、それに応えることはなかった。次に言葉を発したのは浮岩だった。


「さて、貴君らの持ち帰った情報、そして、それを裏付ける情報が潜入工作員からもたらされた。それを基に……」


「ああ、ちょっといいか?ウキイワ」


 コンスタンスが、手を上げた。それを見て、浮岩は、ほんのわずかに眉をしかめた。


「なんだ、コンスタンス?」


「その話は長くなりそうか?」


 浮岩は、虚を突かれたように、一瞬パチッと瞬きをした。


「いや、この匂いは最高で、たまらないけどさ。一応ね。僕は、今、一仕事終えたばかり。忙しいのはわかるけど、着替えくらいは認めてくれないか?」


「……まあ、そうだな」


「ああ、許可する。コンスタンス、4番作戦司令室に、10分後に来てくれ。」


 コンスタンスが手を振ると、閣下は、浮岩に後始末を依頼し、そのまま、元入ってきたドアを開けてそこから出ていった。


「あー、もう少し遊びたかったけど、まあ仕方ないか。閣下からああいわれたから、着替えてくるよ。」


 コンスタンスが、部屋から出ていく。残ったのは、リッチマンと浮岩、そして、ようやく解放されたように息を吐いたピアスだけだった。


「無理はしなくていい。現実を友して生きている貴女には、この光景はかなり衝撃が大きかっただろう」


「リッチマン。ありがとう。ふぅ。こんな時、本当に私ってダメね。覚悟はしているはずなのに、


 ……今でも、ここにいるという選択を悔いるときがあるの。彼と共に最期を迎えられたら、どれだけよかったかって。ただ、そればかりを考えることがあるの。」


 リッチマンは、ピアスの言葉に、ただ、視線だけを返した。いつしか部屋の中には、清掃の任務を受けた兵士が入ってきて、少し狭さを感じるようになっていた。浮岩に、促されるままに、退室すると、作戦司令室に向けて歩き始める。


「気にすることでもない。ここにいるすべての人間は、あの時の選択に対する後悔がある。死出の片道切符。補陀落渡海。とまで言われた行為で、追放された。我々が、このような場所にまさか至るとはだれも考えてもいなかった。そして、誰にも、この事を伝えることもできないまま、既に5年近い年月が経ってしまった」


「そうね。元の世界はきっと穏やかに過ごしていると思っている。そして、彼も、自らが望んだその未来を見ながら、きっと穏やかな気持ちでいる。そう考えることにしているはず。そうだったはずなんだけど……」


 ピアスは、そう呟くと、ふと、中庭を見た。レディスパーダが、ファインゼーにさっきの失敗を叱られてしょぼんと項垂れている様子が見えている。ただ、レッドが、慰めるようにレディスパーダに声をかけている。そこまではいつもの光景だ。

 ただ、今日は、その光景に慣れていないのか、あたふたしている新入りの少女が見える。白いドレスに蒼に輝く何か、甲賀長官の分析でもただの金属と以上は判別できなかった何かが流れている。ファインゼーは、その光景に毒気を抜かれたように、肩をすくめた。

 ピアスのいる位置からでは、彼女たちの声は聞こえない。ただ、その表情を見ると、まだ出会ってさほど時間は経過していないが、きっと、いい関係を築けていると信じるのには十分だった。


 

 その光景は、一時記憶の奥底にしまい込んだ、彼との思い出を思い出させた。懐かしくて、でももう戻れないことがわかっている、優しい夢になってしまった過去。彼とはもう出会うことも言葉を交わすこともできない。


 でも、窓ガラスに映るピアスの顔は確かに微笑んでいた。それに気が付いたピアスは、そっと、視線を逸らし、その場から離れる。


「……」


 リッチマンは、それを待っていたかのように、過酷な現実を語り掛けてくる。


「しかし、今回は厄介だ。敵の戦力にこちらも全力で当たることが最適解だろう。しかし、それは、こちらの戦術を狂わせるものだ。彼女の姿を日中、人目に晒すわけにはいかない。少なくとも今は。その上で、現時点では、われわれが、表立って動くわけにもいかないからな。」


「そうね。ただ閣下には、何か腹案があるようだから、今日は、それをきちんと聞くことにしましょう。さあ、時間ね。」


「そうだね。間に合ってよかった」

 

「あら、コンスタンス……おいつ……な、何やっているのよ!!」

 

 ピアスがそう言って不用意に振り向き、そして、思わずわれを忘れて叫んで、羞恥心と恥とで、真っ赤に顔を染め、目を逸らした。


 そこには、ブーメランパンツ一つを、身に纏った、コンスタンスの姿があった。小憎らしいことに、その体が、十二分に絞られていて、見栄えがすることだけが。憎たらしくも感じる。


 


「あれ?どうしたの?顔真っ赤だよ。やだな。ピアス。そんなこと想像したら」


「い、ちゃんと服くらい来てよ!コンスタンス!」


 コンスタンスはうんっと考えるように自らの顔を下に下げ、よくわからないと言った困った表情をうかべ、リッチマンを見た。


「一応、これが、会議とかに臨む時の、僕の正装なんだよ。全く、今は気安く、手品もできないっていうのに。ああ、気にしないで、くれると嬉しい。君をふくめるつもりはないけど、皆、僕のこと疑いすぎだよ。


 みんな仲間。仲良くやるのが、一番じゃないか。ほら、君らの言葉で言う。ラブアンッドピースってやつだ」


「と、本人の弁解だ。どうするピアス。私としては、問題が一つでも減ってくれるなら、歓迎はしても、問題とすることはないと思っている。だが、ピアスに問題があるというなら、閣下に提案することとしよう。さて、どうする?」


 ピアスは、ふぅっと大きく息を吐いた。ああ、いいように扱われている、いいようにからかわれていると、自身でもわかったようだ。

 

「全く、あんたたちの間に入れないって知ってるけど。お二人には呆れるわ。――問題ないわよ。ええ、問題ありませんとも。そうです。問題なんてあろうはずもありません。


 少し……ほんの少しだけ私が、驚いただけです。


 このことに対する問題は無くなったので、わたくしも随行いたします。これでいいですか?満足?リッチマン。コンスタンス。」


「そうそう、素直が一番。君には、それこそが、素晴らしい(ふさわしい)と思っているよ。もう少しだけそう言うのを出してくれてもいいと思ってるけど、」


 コンスタンスの言葉に、少しむっとしたような表情を浮かべたピアスだった。特に反論もなく、歩き始めた2人の後を追う。ただ、さっきまで強く感じていたはずの、郷愁や後悔がわずかにでも軽くなったように、歩きながらに笑みが浮かんでいたことは、ピアス本人も気が付くことはなかった。

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