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生誕祭 2

「かつて、魔王は、我らに敵成す様々なものを引き連れて、我らへ戦いを挑みました。我らは弱く、魔王に蹂躙されるがままになりました。そんな時、天の御使いが、我らに力を与えたのです。御使いの力を借り、我らは魔王より、大地を取り戻しました。その御使いが受肉された日。それが、この日なのです」


『だそうだ  イハーブ』


「もがっ、にゅちゅっ……もくっ もく……どうかしたの?ゼクスマキナ?」


 屋台で買った炭焼きの肉にかぶりつき、悪戦苦闘しながらそれを飲み込んで、デルタは、ようやくゼクスマキナに応えた。ここしばらく、安全に、だが、多くの人に見られるように、飛んできた。そして、情報収集のために、力の開放を1日1回のペースで使ってきた。

 久しぶりの休みとなったこの日。この日を楽しみにしていたからこそ、がんばれたと言っても過言ではないだろう。


『いや なんでもない  しかし 』


「うん、多いね」


 デルタは、口元についたソースを口に運びながら、そっとゼクスマキナの言葉に同意した。デルタの目につく範囲でも、銀翼の御使いをかたどった小物を身に着けた人々を見ることができる。

 銀翼の聖女メアリ。

 皆、その登場を待ちわびている。デルタは、それを複雑な気持ちで見つめていた。


「かくして、御使いは自らの聖女を定め、この世界の安定を求めたのです」


 どうやら、吟遊詩人の語る叙事詩も終わりらしい。いつもはどうかわからないが、今日は実入りがよさそうだと感じた。


『しかし 物語(おとぎばなし)があふれた場所だな  そんなに 魔王や魔族などという敵対種族がいたとは考えにくいが』


「そうだね。魔属領のみんなも優しかったから、魔王とかがそんなことするとは思えないんだけど。

みんな見たこともないものをここまで信じられるんだね。でも、……まあ、私も人の事言えない。」


『そうだな  いまのところ 魔属領の住民が このおとぎ話にいう 魔王や魔族と呼ばれるものである可能背は高いか』


「でも、みんな人間の為に頑張っているのに。こんな風に言われると、なんだか、かわいそう』



 デルタは、あの戦場を思い出すように、空を見上げた。きっとこの空の下のどこかでまだ、獣と人との戦いは続いているのかもしれない。ただ、この小帝国では、その戦いの記憶が嘘のように、ただ、穏やかに時間が流れているように感じた。

 話の終わった吟遊詩人は、話を聞いた子供たちに飴を、そして、その親たちに聖石と言って小さな鈍く光る金属のような物を渡していく。


 その様子を、漫然と見ていたデルタだった。その吟遊詩人と偶然にも視線が合った。その時だった。

 

「あれ?」


 視線の先の建物。2階の窓、微かな鎧戸の隙間。その闇の中から、白いものが、見方によっては骸骨のように見えるものが、こちらをじっと観察していたような気がした。


『どうした デルタ』


 思わず、望遠視覚を使用しようと思いデルタが声を出そうとした時だった。デルタの顔に影が落ちた。


「あれ?久しぶり。今日は、ひとりか?」


「え?いえ、待ち合わせをしていて」


 落ち着いた声が下りてくる。デルタは、驚き、その人を見上げた。服に隠れているが、立派な体躯。赤く燃えるような髪。騎士服のようなものを身に纏っていることから、おそらく帝国の騎士なのだろう。座っているデルタに目線を合わせるようにかがんで話しかけてきた。


「へぇ!?待ち人?すぐに来るのか?」


「ええ。」


 デルタは頷いた。アリアとライトも、仕事が終わり次第駆けつけることになっている。ただ、それは、聖女のお披露目が終り、一時的に大聖堂付近から人が少なくなった時。迎えに行くと言ってはいたが、メアリの聖女姿には、何の興味もないらしい。


「そうか、それならいい」


 すっと立ち上がる。


「もし何か起きたら、待ち人が悲しむ。できるだけ遠くで見ていろ。そして、何かが起きたら振り返らず、まっすぐに走って逃げろ」


 小声で、つぶやくように男性が発した言葉をデルタは、驚きながら聞いた。


「あれ、人違いか。ああ、すまない。知り合いによく似ていたからな。いかんな。全く、あいつは、どこにいるんだか?」


 言い訳をするようにまるで自分にも言い聞かせるように、いいながら、男は去っていく。デルタは、ぽかんとしながら、その後ろ姿を見ていた。


「あ、そうだった!」


 デルタが、再び、建物に視線を向ける。だが、閉じた鎧戸が見えるだけだった。


 変なのと思いながら、さっきの人を探すが、あれだけ目立つ格好だったのに、その姿を見出すことはできなかった。


「ねえ、ゼクスマキナ?」


『どうした? デルタ?』


 デルタが、口を開こうとした時だった。


 大聖堂の鐘が、鳴り響く。それは、帝都中に響けと、なっているようだった。それは、福音のようであり、


 

 それは、警報のようだった。




 

「今戻った」


「おせえよ。なぁに、やってんだ?」


 大聖堂の中、目の前には、聖女候補4人に囲まれて、ご満悦のようにも見える男がいた。本来、それを抑えるべきはずの聖職者たちは、虚ろな目をして、ただ、その光景をあるがままに受け入れていた。男は、興味はなさそうに一通り、視線を巡らせる。


「銀翼のやつはどうした?」


「ああ、あれなら、既に移している。連れは、谷底に落としておいた。全く、手品の種は割れているのだから、無理などしなければいいもんを。まあ、あの時、お前が負けなければ、もっと、手っ取り早かったんだが。

 まあ、俺にチャンスが巡ってきたから、役得というやつか」


 その言葉に、わずかに男は眉をひそめたものの、それは、暗闇の中では誰も気が付くことはなかっただろう。


「お前も、笑えよ。命令だ」


「フンッ」


 その言葉を鼻で笑う。その眼前に獣が顕現し、男を警戒するように、威嚇する。男はそれに取り合わず、その獣とつながっている聖女候補の一人を見る。その聖女候補は、既に、疲労困憊と言った様子で表情はさえない。


「無理をさせるな。これから、」


「これから、餌場に繰り出すんだろうが。皆腹に還るために」


 男はその聖女候補の腰を持つと、聖女候補は、力尽きたように男の胸に崩れ落ちる。男は空いた手で、無造作に近くの皿に盛られていた葡萄に手を伸ばす。口に含む。手に掴み切れなかった粒が床に零れ、果汁が男の胸を濡らす。それを聖女候補は何の疑問も持たず、嘗め取る。


「悪趣味だ」


 男が、その光景に、不快そうに発した言葉に対して。言われた方は、楽しそうに膝を叩いて笑い出した。

 

「悪趣味……悪趣味か?お前は、ずいぶんと高潔な趣味を持っているようだな。そうだな。悪趣味。その通り。だが、俺らの盟主。彼の言うことには、世には定理っていうものがあるってな。


 

 俺の定理はこうだ。運動の後の飯と酒は、実にうまい。


 

 それが、事を成した後であればなおさらな!」


 言うべきことは云ったと立ち上がり、床に落ちた葡萄を踏みつぶした。


 男は、ふうっと重く息を吐くと近くにあった屑鉄の塊を手に取った。


 

「さあ、仕事をしてもらうぞ。誇りしかない負け犬。聞こえるだろう。あの声が。獣の愛し仔たちが、我先に獣に還りたいと待ち望んでいるぞ。」


 耳をすませば、確かに聞こえてくる。その声が。待ち望んでいるその声が。


「ああ、行こう。仕事の時間だ」


 男はそう言うと、屑鉄を口元に運んだ。



 そして、迷うことなくかぶりついた。

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