生誕祭 1
「おはよう、ゼクスマキナ?今日の天気は?」
『おはようございます イハーブ 今日の天気は 晴 予想気温 15℃ 東の風 5m』
デルタの日常は、ゼクスマキナにおはようというところから始まる。ごはんの前に身支度。目立つ空色の髪の上から、ウィッグを被り、髪色を合わせる。眼鏡をかけると、準備完了。
「よし。」
『手慣れて来たな』
まあねと、頷く。もう、幾度となく、この儀式を繰り返している。あとは、アリアが挨拶に来るまで、時間があることを確認。
「さてと、ゼクスマキナ。あれやろう」
『ああ そう言うと思った 昇華物質の結合開始 再構築終了 検証――問題なし』
デルタの手の中に、丸い手錠が再構築される。あの日、自分に架せられていた手錠と足枷。戦闘姫になった後、それが、保管されていることを知ったデルタは、訓練用として、使うことをゼクスマキナに提案した。それを、ゼクスマキナは快諾。
デルタの眼の中で、手錠内の魔力は、それぞれの手の中で、○の形を出している。慎重に接続部をその魔力の流れに干渉させる。魔力の一部が、接続部を通して、デルタの中に流れ込む。
『ゆっくりとやれ』
「うん。まずは、くっつける」
デルタは、テーブルに置いたそれぞれの手錠に、接続部を合わせる。接続部を通じて、デルタの体の中で、手錠の魔力が合流する。その現象を確認して、ゆっくりと手を持ち上げる。手錠は、そのまま、デルタの接続部にくっついたように、重さを感じることなく、持ち上げられる。
「つぎ、曲げてみる」
左手の接続部にくっ付いている手錠の頂点に手を当てると、ゆっくりと、接続部をリアクターにして、エンジンの出力を上げていく。エンジンの魔力が手錠にいきわたったのを確認すると、デルタは、頂点に当てた手をゆっくりとひねる。手錠の魔力に干渉するように、ゆっくりと、手錠がねじ曲がっていく。1回半ひねったところで、手を止めた。
なんとなく、だけど、これ以上、手錠が持たない気がした。そのままゆっくりとひねって、元に戻す。
『出力調整がうまくなったな』
「褒めても何も出ないけど、ありがとう。さて、最後……」
そう思ったところ、階段を上がる音が聞こえてきた。おっと、と思い、手錠を取り外すと、両手を戦闘姫のそれに変える。新緑の籠。
「物質昇華開始」
『了解 物質昇華開始 各シーケンス問題なし 現在のエンジン出力5%追加 世界干渉レベル1 物質の保管は ファクトリーにて行う 物質昇華開始』
デルタの手から、手錠が消えてなくなる。それを確認して、デルタは、変身を解いた。その瞬間だった。
ノックの音。それは、やさしく、こちらを気遣ってくれている。
「デルタ?起きてる」
「はい!アリアさん。起きてます」
デルタは、満面の笑みを浮かべてドアを開けた。そこには、よく知った顔。デルタを見て微笑んでくれる。
デルタの朝は、こうやっていつも始まる。
「……やろう。ゼクスマキナ」
『了解した 世界干渉10+ 最終セーフティー解除 論理機構 肯定 世界再編1%未満 エンジン出力最大』
「ドレス、反転」
その夜。デルタは、ドレスの中で、すっと目を閉じる。瞼の奥に広がるのは、知りうることもない蒼の世界。その深源に触れる。
「力の開放。索敵形態」
『了解 力の開放による索敵を行う』
上空1000m以上から青い光が月光に混じり振りまかれる。それは、誰にも知られることなく、地上にまで到達すると、まるで、意思があるように、地上にあるすべての施設の通気口などから入り込み、大聖堂の状況をあらわにしようとした。
『うまくできるようになった』
「ゼクスマキナの指導のおかげだよ。外殻温度30度以上45度未満の対象を全抽出。マルチロックオン。……ええと、今日のところは、30を限界値にして」
『対象数は 20 問題ない』
大聖堂の内部、全ての対象をロックオンする。
「昨日は多かったけど……何だったんだろうね?」
『さあな? さて どうするデルタ』
ゼクスマキナの問いかけ。決まってる。やることなんて。
「全対象付近、集音開始。行くよゼクスマキナ!」
『全く持って人使いが荒いな 20の対象に対して集音機能 最大出力 デルタ 出力低下に備えろ』
「う……ん」
デルタは、一瞬にして大幅にエンジン出力を失い、一瞬体制を崩しそうになる。ただ、以前のデルタだったら、高度を落していたかもしれない。ただ今は、対象に、認知されることのない今の位置を保つことのができる。それこそが、デルタ自身にはわかっていない、デルタの大きな成長だった。そう、その事は、ゼクスマキナは十二分に感じていて、わかっている。
そして、わかっているからこそ、あえて何も言わなかった。
「何とか位置を固定する。特殊マニューバー:FFTS使用……特殊マニューバー:ブーレーキングを併用。慣性完全停止。ふぅ、ふぅ――はぁ……固定完了。……ゼクスマキナ、こっちは大丈夫」
すごく頑張っている。デルタは。本来の力を超えて。
確かに、散々に地上に堕ちてしまえば、戦闘姫は無力だと教えてきた。だからこそ、本当は教えたくなかった特殊マニューバーを訓えた。
デルタ……女王になんてならなくていい。忌むべき役割など果たさなくていい。
お前じゃないといけないなどと、誰が言ったのだ。お前は、お前のままでいい。爪はじきでも、最下位でも、そして、異端でもいい。
ゼクスマキナはそう言いたい。
ただ、それは決して許されない贅沢だとわかってはいる。
『彼……彼女に、もう一度会えたら なにか変わるのだろうか?』
「ゼクスマキナどうしたの?」
『否 ただの独り言だ 何でもない さて 集音データ 蓄積完了 撤退するか デルタ』
デルタの言葉に、デルタは頷く。情報収集用のドレス。そして、索敵用の長期開放系の力の開放とはいえ、デルタの消耗は激しい。これ以上は、明日の活動に、支障をきたすと判断したゼクスマキナは、撤退を提案する。それに、デルタは弱々しく頷いた。
本来は肩代わりするべき情報の保管を、ここしばらくは、デルタに任せている。
デルタが望んだことだとしても、それはもしかしたらやめておくべきだったのかもしれない。
ふとゼクスマキナは、もう、2か月近く前、会ったものを思い出した。赤い光が象徴的で黒い肌を持つ、魅力的な女性だった。
「あなた……いえ、あなたたちは、二人とも間違えている。役目に沿おうとしている。そして、もう片方は、役目に逆らい過ぎようとしている。両方とも間違えている。」
『そうかもしれないな。ただ、デルタは……否。我は、デルタ12のあの時の心を、必ず護る。あの時、護れなかったからこそ。そう誓ったのだ。たとえそれが、いかなるものに弓成すことになろうとも、誓った。』
それは、不意に微笑んだ。その微笑みは、とても、寂しくうれしそうに見えた。
「あなたが、私の言葉を聞いてくれる人で良かった。じゃあ、信用できる。だからこそデルタに返した。デルタを。あなたが、好きなデルタの記憶を……でも、あなたはどうするの?これからどうしたいの?」
『決まっている。デルタを支える。……だからこそ、敵であるあなたにお願いしたい。もし……』
その後出た、本心からの言葉。それを、ただ、それは、肯定した。
「わかった。でも、お願い。もし、その時が訪れたのなら、彼ではなく、あなたが、必ず迎えに行って。眠り姫を起こすのは、いつでも、王子さまって決まっているのだから」
「ゼクスマキナ?どうしたの?」
『いや 何でもない そろそろ潮時だな 引き上げよう』
ほどほどに疲れていたデルタは、うんと頷く。蒼い流星が天に上りそのまま、雲に紛れて、消えた。
そして、生誕祭の朝が来た。その日は快晴。




