閑話 後悔するもの
「想定外って言葉、マリーと――お母様が嫌いなの知っている。……でも、今の事態は完全に想定外」
私は、髪を梳かしもらっているマリーにそう問いかけた。
「ええ。想定外という言葉は私は嫌いですが、今の状況は、メアリお嬢様の言う通りですわね。あの一件で私達は、注目の的になってしまいましたから」
「ええ、本当に、
運命って残酷で見境がないものね……」
すっと、マリーが髪から手を離す。鏡の中に自分に何かを問いかけるように真剣な表情を浮かべる。その鏡の中では、真白の聖女服が朝日を浴びて輝いているように見える。それが、ただ、とても虚しかった。メアリは、不快そうにも、泣きだしそうに見えるように、ただ表情を歪めた。
鏡の中には、2つ空っぽの椅子が並んでいる。この半年、全てがうまく行っていたら、そこには、メルファお母様と……この1年我慢を強いざる負えなかった。そして、これから、本当の意味で家族に、妹になってくれるはずのデルタがいるはずだった。
「うまく行くことを望んではいけないって言うことは、十分知っているつもり。マリー。今まで、ありがとう」
「メルセス家の愛の仔。その危険性があれほどのものとは思ってもいませんでした。そして、それに対処しきれなかった私の責任です。メアリ様……」
悔いる様なマリーの声に、ううんと、メアリは首を振った。
少しの間、2人の間に沈黙が流れた。いつしか目覚め始めた町が、生きている証の音が立ち始めている。
「それでも……逃げないわ。私は。」
メアリは、自分に言い聞かせるように、強く言い放った。
「私を逃がすために、全てを投げうってくれたお母様のため。生きる意味を私に初めて与えてくれた。もういない、デルタの為に。私は、最期の最期まで道化を演じてみせる。じゃないと、あの世に……死の下にいる皆に、顔向けが
……顔向けができないから。
だから、最期まで闘う。」
その決意に満ちた声を聴いた、マリーは、静かに頷く。もはや、勝負は決した。傾いた天秤はもはや戻ることはない。ただそれが、処刑台に上るだけの行為だとしても、メアリを止めることなどできないだろう。
「最後までお供いたしますよ。」
「危なくなったら逃げてもいいのよ」
いつもの口調に落ち着きつつあるメアリの声に、マリーは微笑みを浮かべた。
「あの日救ってもらった時から、私の命はお二人のものです。メアリお嬢様、メルファ様。
一緒です。ずっと一緒です」
メアリは、その言葉に、頷いた。
「そうね、いつでも一緒。さあ、マリー行きましょう」
「ええ、メアリ様お手を」
マリーに手を添えられて、メアリは立ち上がると、3面開きの鏡台を名残惜しそうにゆっくりと、ただ、しっかりとした手つきで閉じた。
「ありがとう。私を取り巻くすべてのもの。皆にお別れを言うわ。今日まで本当に、ありがとう。……もう、会うことはないでしょう。
さようなら。」
布ずれの音 足音 そして、扉の音が、主の戻ることのない部屋に、寂し気に響き渡った。




